180 / 247
14
牧原先輩は意外と「大人」
しおりを挟む屋上には、昨日降った雨が水溜りになって残っていた。これって、校舎の老朽化の指標になるんだって。
以前保健室登校してる時、教頭先生がやってきて一緒に屋上でお昼を食べたことがあって。その時に、そんな話をされたんだ。水溜りを見る度、それを思い出す。
「うま……」
「じゃあ、ずっと一緒に居ようね」
「それは勘弁」
「あはは」
俺は、牧原先輩に全部話した。
中学の話から、「断れない男」になってセフレで遊んでたこと、不登校の時のことや、美香さんのこと。鈴木さんの出会いは話してないけど、それ以外は洗いざらい話した。もちろん、仕事のことや母親のこともね。
先輩は、口を挟まずに俺の話を聞いてくれた。
身体の傷も、刺青の話もした。
けど、先輩は「見せて」とは言わない。ただ、「頑張ったね、ケーキ食べようか」と言って皿に乗ったケーキを渡してきただけ。
「もしそのモデルとセフレを止めたいなら、徹底的に無視しな。仕事以外では構わないで」
「でも、それで鈴木さんに危害が行ったら……。実際、奏が」
「反応すればするほどそう言う人はつけあがる。君に見てもらえるのが嬉しいからね、なんだってするさ」
「でも、俺も悪くて」
「でもでもだって君、逃げることも必要ですよ?」
「っ……」
そんな優柔不断じゃない!
そう言おうとするけど、さっきから「でも」しか言ってないことに気づいたから口を閉じた。
先輩の言っていることは、多分正しい。「逃げろ」は、昨日千影さんにも言われたことだ。
でも、ああ……。でも、だ。でも、そこで逃げたら俺は自分のことがもっと嫌いになりそうで。
俺は、口に運ぼうと思ったケーキを皿に置く。
「お互い遊びで始めたことに、相手が本気になってしまった。しかも、断れないのを良いことにつけ上がってくる。それってそもそも土台が変わってるし、もう説得不可能でしょ。僕だったら逃げるな。で、大切な人の側に居て何かあった時すぐ守れるようにする」
「……大切な人」
優先すべきは、鈴木さんだ。それはわかってる。
俺は、鈴木さんの笑顔を守りたい。
もし、俺が居ない方が笑っていられるならそれはそれで。視界から消えれば良いだけの簡単な話。
「君、なんだかんだ言って梓ちゃんのこと大好きでしょう」
「めちゃくちゃ好き、です」
「僕、君が付き合う気ないならいつでももらいに行く準備できてるからね。君以外の人に、梓ちゃんを取らせるつもりないし」
「先輩の方が、鈴木さんのこと考えてるしお似合いですよ」
「それ、本気で言ってるなら今すぐぶん殴るから立ってよ」
「……ケーキ、食べてからで良いですか」
仮にも、スポーツ科の人に殴られたら少なくとも全治1ヶ月でしょう。だって先輩は、結構筋肉の付きが良いから。俺なんかホチキスの針だ。すぐに折れる。
俺がそう言うと、先輩は笑いながら「ゆっくり食べて」と言ってきた。お言葉に甘えて、ゆっくり食べさせてもらおう。
「はあ。にしても、その状況はよくないねえ」
「……友達との喧嘩は内容知ってます?」
「知ってる知ってる。お友達ちゃんたちが、梓ちゃんがいつも早く帰る訳を知りたくて放課後に後をつけたんだって。それで、知らない彼女を見ちゃって「騙された」って憤慨してる感じ」
「え……。それ、鈴木さん悪くないじゃないですか」
「ねー。まあ、そっちは僕たち関係ないから口出しちゃダメだよ」
「……先輩は大人だ」
「大人ですよ。君が子供なだけ」
「反論できねえ……」
先輩と話せて良かった。
奏に眞田くん、千影さんに先輩に。俺は、恵まれている。
みんな俺の意見を尊重してくれるし、ダメなことはダメと教えてくれる。こんな環境に居るのが申し訳なくなりそうだ。
なんて思いながら最後の一口を食べ終えると、
「よし、じゃあ……」
「なんですか」
「殴る」
「は!? え、冗談じゃ……」
「なんかムカついてきた。僕の妹も泣かせて」
「それはちゃんと断って「わかってる、りっちゃんに聞いた。てか、毎回毎回梓ちゃんとイチャついて! 僕だって、梓ちゃんと色々ヤりたいことあるんだよ!」」
「佐渡さんのくだり要ります!? てか、不純な目で鈴木さんを見ないでください!」
「僕だって男だよ! 毎晩梓ちゃんをオカズに「やめろ、マジでそんな目で見るな! この、変態がァ!」」
尊敬したあの時間を返せ!
ジリジリと近づいてくる先輩に対抗できる武器を探すも、銀色の小さなフォークしかない。
こうなったら、これだ!
スマホを取った俺は、鈴木さんがにっこりピースしてる画像を印籠のように掲げて、先輩に見せつけた。すると、目の前にあった拳が消える。
「え、くれるの?」
「あげません! どうせ、オカズにするんでしょう!?」
「やだなあ、しないって。シナイシナーイ」
「棒読みやめろ!」
結局、先輩とはライン交換しただけで写真を渡すことはなかった。
そりゃあ、そうだ。鈴木さんをそんな目で見るやつに渡す訳ない。
マジで、油断できねぇなこいつ。
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる