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過去より未来に、顔を上げて

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 結局、あれから高熱を出して4日間入院した。退院してからも身体が思うように動かず、合わせて2週間近く学校を休んじゃったんだ。
 奏だけじゃなくて、小林先生も心配して何度か電話してくれたな。

 体力は回復したものの、その後も変わらず誘ってくる女性は絶えない。
 先日声をかけてきた女性なんか、終わった後に付き合っている人がいると笑いながら言ってきた。彼氏が居ながら、俺とヤるってどういう神経してんだろう。

 その人の彼に申し訳なくて、その夜は一睡もできなかった。相手の気持ちを考えれば考えるほど、うまく息が吸えなくて。
 でも、学校があるから。学校に行けばあの人が笑っているから、必死になって呼吸を繰り返したんだ。

『五月くん、買い物頼まれてくれないか?』
『はい、なんでしょう』

 バイトは、クビにならなかった。
 俺が居ないと、お店の売り上げが下がるからって。

 元々ここは、奏の親戚が経営してるタピオカ屋さん。だから、俺が倒れたこと、入院したことも筒抜けだった。
 店長さんは、俺の体調を心配しただけで、特に減給とかは言ってこない。なんだか、申し訳ないくらい優しくしてくれる。

『あそこのスーパーで、生クリーム買ってきてくれるかい?』
『わかりました。いくつ必要ですか?』
『2つかな。明日ストック届くから、それまでの繋ぎになれば』
『はい。他に必要なものは』
『ないよ。それより、早く帰ってきてね。五月くん目当てのお客さん多いから』

 ……らしいね。
 俺のどこがいいんだろ? 

 顔が整ってるのはわかってる。千影さんの息子だし。でも、それだけじゃん。
 不特定多数の女性と遊んでるし、過呼吸持ちのめんどくさい奴だよ。ストーカー紛いもしたことあるし、刺青だってある地雷ヤロー。
 きっとみんな、本当の俺を知ったら離れていく。外見だけしか、いいところがない奴だから。奏が特殊なだけ。

『行ってきます』
『気をつけてね』

 店長から貰った飴玉を舌の上で転がしながら、俺はスーパーへと向かった。

 そこで、鈴木さんと会ったんだ。

 学校で見る彼女と違ったけど、すぐわかったよ。だって、俺はメイクアップアーティストだから。


***



「へえ。じゃあ、イベントって千か……セイラのコスメイベントだったんだ」
「うん。サインもらっちゃったんだ。部屋に飾ってあるの」

 だから、プラネットのストラップをお土産にくれたんだ。
 ちゃんと聞いていればよかった。千影さんのサインなら、いつでもあげたのに。

 鈴木さんの家を出た俺らは、高校への道をゆっくりと歩いていく。
 あの後、鈴木警視長さんが静かになってさ。俺の顔に穴が開くか心配しちゃうくらい、眺められたよ。やっぱ、あの人は面白いな。

「鈴木さんがファンだったって知らなかった」
「そりゃあ、そうよ。最近気になり出したんだもの」
「最近?」
「ほら、橋下くんと一緒に出てるドラマの」
「ああ。あれ、俺がメイク担当してるんだ」
「え、そうなの!? ちゃんと見ておけば良かった~!」
「直接会いたければ、呼ぶけど」
「違う。青葉くんがしたメイクが見たかったの!」

 鈴木さんのこういうところ、好きだなあ。

 彼女は、俺を見て喜怒哀楽する。
 ただのクラスメイトの時は、笑った顔しか見たことがなかった。なのに、今はいろんな表情をしてくれる。

 俺がご飯食べてる姿を見て喜んで、
 スポーツ科の先輩に俺の外見を指摘され怒り、
 俺のことを傷つけたと勘違いして哀しみ、
 こうやって俺と楽しそうに会話をする。

 「……青葉くん?」

 ……なんてね。

 鈴木さんはいろんな人と関わるのに慣れてるから、俺なんかにもこうやって感情を出してくれるだけ。俺にだけ、なんて都合の良いことはない。

「どうしたの?」
「ううん。何話のメイクやったかなって思い出してただけ」
「話によって違うの?」
「そうそう。背景とか記録係も変わるんだよ」
「もしかして、青葉くんの名前も放送されてる?」
「うん。クレジットに載ってるはず」
「次は絶対見る! いつも、話が終わったら消しちゃってるの。悔しい!」
「あはは。俺も消す派」

 奏に、スポーツ科の先輩に。
 俺は、鈴木さんと付き合う気はないと言った。

 だって、鈴木さんに抱いてる感情は「好き」じゃなくて「依存」だから。
 わかってるよ、その違いくらいは。

「見たら、写メっとかなきゃ」
「そこまで?」

 ああ、でも。
 たとえ、依存だとしても。
 やっぱりその笑顔、守りたいな。

 高望みはしない。
 ただ、隣に居させてくれるだけで良い。
 鈴木さんに、大切な人ができるまでで良いから。

「だって、青葉くんがお仕事頑張ってる証拠でしょ?」
 
 彼女は、彼女だ。
 そうだ、過去の俺じゃない。
 過去の俺は、もうどこにもいないじゃんか。

「……うん。ありがとう」

 鈴木さんとこうやって居られるのも、あと2日。

 刃物傷を知って泣いてくれた、必死に呼吸をする俺を支えてくれた、そして、こんな俺と一緒に居てくれた彼女のために。
 俺にはまだ、やるべきことがある。

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