104 / 247
09
「鈴木」は平凡な苗字だけど、「鈴木家」は平凡じゃない
しおりを挟む俺が鈴木さんの家へ行くと、そこは戦場かと思うほど騒がしかった。……朝からこんなテンション上げられる人がいるんだ。
「早くどっか行ってよ!」
「待て待て。ここは僕名義の家だぞ!」
「名ばかりの場所じゃないの! ほら、おにぎりあげるから!」
「梓ちゃんのおにぎりだとッッ!!」
「もうやだあ。気持ち悪いこと言ってないで早く出てってよぉ。青葉くん来ちゃうじゃないの」
「あの顔だけ良い男が来るのかッ!」
「ちょっとそんな言い方やめてよ! 顔が良いことの何が悪いの!」
「全部だ!」
「顔も態度も悪い人が何言ってんのよ!」
鈴木さんの母親に案内されてリビングへ入ると、言い争いをしてる鈴木さんと父親が。……言い争いじゃないか。喧嘩するほど仲が良いってやつ?
それを聞いている鈴木さんの母親は、涼しそうな顔して笑っているだけ。
「ごめんなさいね、いつもこうなの」
「……あはは」
そこに、双子は居ない。玄関に靴もなかったから、きっともう学校に行ったんだろうな。……なんて考えていると、
「瑞季たち、五月くんに会いたがってたんだけどね。日直だから、早めに学校行っちゃったの」
「そうなんですね」
「いつも遊んでくれてありがとう」
「い、いえ。こちらこそ、いつもお邪魔してしまって」
「良いの。息子ができたみたいで、私も嬉しいわ」
鈴木家の人たちは、みんな優しい。父親だって、なんだかんだ言って俺のことを追い出しはしないし。
「さ! あの2人はほっといて、先に朝ごはん食べましょ」
「え、良いんですか?」
「待ってたら、遅刻するわよ」
……止めないんだ。
ああでも、止めてもまた別のところで始まりそう。
「あ、青葉くん……。お、おはよう」
「おはよう、鈴木さん」
やっと気づいてくれた。
「来たな、僕の敵!」
「お、おはようございます」
「朝から梓ちゃんのところ通ったって、僕は認め「青葉くん! 今日は、おにぎりでいい?」」
……2日目にして、この流れに慣れてしまった自分が怖い。初日でだいぶ慣らされた感がある。
「ありがとう。何か手伝う?」
「パパ、聞いた? これが模範解答よ。見習いなさい!」
「ふんっ」
「あはは。……お皿運ぶ?」
「うん!」
「わかった。……あ、鈴木さんのお父さん」
「誰がお父さんだッ! 梓ちゃんを嫁にやったつもりは「うるさーい!!」」
……なんて呼べばいいんだろう。
「えっと、鈴木警視長さん……?」
「なんだね、青葉くんとやら」
あ、正解だったっぽい。
しかも、俺の名前覚えてくれてる。意外。
「これ、お借りしてたTシャツです。ありがとうございました」
「こんな丁寧に返されても娘は「ありがとう。アイロンもかけてくれたのね」」
なんだか、このやりとり面白いなあ。……あ。そうだ、ぬいぐるみも渡さないと。
そう思うも、俺は完全に渡すタイミングを逃してしまう。
「全く、親の顔が見たいもんだね!」
「ちょっと! 青葉くんに失礼なことばっかり言わないでよ」
「あー。テレビお借りしてもいいですか?」
「は? 何を言っ「はい、何かやってるの?」」
この時間帯だと、連ドラやってるはず。
鈴木さんから受け取ったリモコンで、テレビをつける。チャンネルを1にして……ああ、居た居た。
「これ、母親です」
そう言って着物姿の千影さんを指さすと、そこに居た全員が固まってしまった。
キッチンからは、何か落としたような大きな音が響いてくる。
驚いてそちらを覗くと、鈴木さんの母親がこっちを見ていた。けど、視線は合わない。
「…………」
「…………」
「…………」
なにか、変なこと言ったかな。
あ、聞こえなかったとか?
「あの、セイラって芸名で活動してて……」
「…………セイラさんが、青葉くんのお母さん?」
「う、うん。知ってる?」
「知ってるも何も……」
よかった。聞こえてたみたい。
鈴木さんに言ったと思ってたんだけど、言ってなかったんだ。
「……待って。源氏物語の冒頭部分が、今ので吹き飛んだ」
「『いづれの御時にか、』だよ」
「あ、うん……。うん。『女御更衣あまた侍ひ給ひけるなかに、』ね」
「そうそう。覚えてて偉いね」
鈴木さん、古文苦手なんだよね。
俺は、いつもの癖でそのまま鈴木さんの頭を撫でてしまった。
父親から反感を買うと思った俺は、急いでその手を引く。けど、いつまで経っても文句は聞こえない。
恐る恐るそっちを向くと、鈴木さんのお父さ……いや、鈴木警視長さんは、放心状態でテレビを見ていた。
***
1年の2月半ば。
保健室登校を止めてから、1ヶ月が過ぎようとしていた。その間、何度も「鈴木梓」を探したけど、見つからなかった。
『鈴木、鈴木……』
こんなありきたりな苗字じゃなければ、もっと早く見つかったと思う。
けど、仕方ない。彼女は「鈴木」なんだから。
俺は、生徒会の手伝いをしつつ、その部屋で管理されている名簿も読み漁った。
……怪我、してないかな。泣いてないかな。
そう思いながら。
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる