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青葉くんは、強いな
しおりを挟む「あいつ、告白断った同級生の女からナイフで心臓付近めった刺しにされたことあんだよ。中学の時な」
「……え?」
その時、5限のチャイムが廊下に響き渡った。その音になぜか不安を感じてしまった私は、青葉くんの上着を両手で掴む。
「五月、学校で毎日のように女に告白されてたんだ。あいつすげー律儀なところあるから、ちゃんと1人ずつ話聞いてさ。後で刺した女の話も警察交えて聞いたけど、断られたら心中するつもりで告ったらしい。学校で起きたから、みんな大騒ぎだったよ」
「そんなことって……」
あの傷は、刃物傷だったんだ。ミミズ腫れになってるところもあったから、一生消えないだろうな。……ううん、身体の傷より、心の傷の方がずっと大きいわ。
「それだけマジになる人がいるほど、人気あったんだよ。人気というか、あれはもう狂気に近い」
「……だから、学校では顔を隠してるのね」
「そゆこと。あの刺青ピアスだって、人を近づけさせないための格好にすぎない」
「どっちの姿も、本来の青葉くんじゃないってこと?」
「それはわかんねぇけど。……刺青勧めたのはオレなんだ。日本じゃ、ファッションとしてはあまり受け入れられてねぇじゃん?そしたら、あいつすぐに傷跡のところに入れてさ。多分、気にしてたんだろうな」
「……そう」
「他にも色々あったけど、後は本人から聞いたら?あんま話すと怒られそう」
「聞けない……。思い出したら、青葉くんまた傷ついちゃう」
「あー、もうまた泣く!梓って泣き虫なのか?」
だから青葉くん、さっき最初に怪我について聞いてくれたんだ。……思い出させちゃったかな。
私がそんなことされたら、きっともう男の人に近づけなくなっちゃう。……ううん、家から出るのも嫌。
さっきのことなんか、青葉くんが経験したことに比べたら全然軽いわ。なんであんな動揺しちゃったんだろ。
青葉くんは強いな。私なんかと比べものにならないくらい。
「……泣いてない!」
「泣いてるって」
「泣いてないっ!」
「あー、ほら意地張んなよ。お前、結構頑固だな」
「うるさい……」
「あはは。とりあえず、五月来て落ち着いたらオレ仕事行くから。……もうちょいオレに身長あれば梓のこと運べるんだけどなあ。五月なら運べるから、後は2人で大丈夫だろ」
「……青葉くん戻ってくるの?」
あんな怒ってたのに?
私のこと見て、怖いくらい怒ってたのに?
というか、橋下くんに運ばれるの嫌だけど、青葉くんに運ばれるのはもっと嫌。だって、青葉くん、めちゃくちゃ足細いし……。絶対私の方が太い。
でも、まだ足に力が入らない。嫌になる。
「戻ってくる。さすがに何も言わずに帰ってこないようなことはしねぇやつだよ。だから、あんま足動かすな。捻挫するぞ」
「……気まずい。怒ってたら嫌」
「怒ってるけど、梓にじゃねぇって。一応オレ、五月と付き合い長いからその辺はわかんだわ」
「……歩けない。情けない」
「だーかーらー、泣くなって!!」
橋下くんには悪いんだけど、なんか妙に安心する。こんな人前で泣くような私じゃないんだけどな……。彼、パパに性格似てるせいかも。
そんなことを考えている時だった。
「……だれ」
視界が涙で埋れて歪んでいる。
けど、目の前には誰かが立っていた。
私は、無意識のうちに全身に力を入れる。すると、それを感じ取ったのか、橋下くんは、
「……お前も、あいつの仲間か?」
と、以前図書室で話しかけられた時のような鋭い声を目の前の人に発した。
涙を拭うために腕を動かすも、こっちも力が入らない。目をギュッと瞑って涙を流しても、次々と溢れてくるからどうしようもないの。
誰なの?誰が来たの?
橋下くんの態度からして、青葉くんではないのは確かね。
「お前も、こいつを傷つけるために来たのか?」
「……梓」
あ、その声。
……ふみか?
牧原先輩が戻ってきたのかと思った。違うなら、怖くないわ。
そう思ったら、すぐに涙が引っ込んだ。私って、やっぱり弱いな。
それよりふみか、なんでここにいるの?
学校来たんだ。でも、授業は?
「ふみか?」
「知り合いか?」
「クラスの友達。……ふみかでしょう?」
「……うん」
でも、いつものふみかの声じゃない。
やっぱり、風邪が全快してないのかな。無理して学校来たとか?
「梓、ごめん」
「……?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
ふみかは、何故か次第に涙声になっていく。
どうしたの?
なんで、謝るの?
私と橋下くんは、そんなふみかを見ながらも廊下にベタッと座り込んで動けずにいた。
渡り廊下は、相変わらず静かで誰も通りそうにない。
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