上 下
61 / 247
06

青葉くんは、強いな

しおりを挟む



「あいつ、告白断った同級生の女からナイフで心臓付近めった刺しにされたことあんだよ。中学の時な」
「……え?」

 その時、5限のチャイムが廊下に響き渡った。その音になぜか不安を感じてしまった私は、青葉くんの上着を両手で掴む。

「五月、学校で毎日のように女に告白されてたんだ。あいつすげー律儀なところあるから、ちゃんと1人ずつ話聞いてさ。後で刺した女の話も警察交えて聞いたけど、断られたら心中するつもりで告ったらしい。学校で起きたから、みんな大騒ぎだったよ」
「そんなことって……」

 あの傷は、刃物傷だったんだ。ミミズ腫れになってるところもあったから、一生消えないだろうな。……ううん、身体の傷より、心の傷の方がずっと大きいわ。

「それだけマジになる人がいるほど、人気あったんだよ。人気というか、あれはもう狂気に近い」
「……だから、学校では顔を隠してるのね」
「そゆこと。あの刺青ピアスだって、人を近づけさせないための格好にすぎない」
「どっちの姿も、本来の青葉くんじゃないってこと?」
「それはわかんねぇけど。……刺青勧めたのはオレなんだ。日本じゃ、ファッションとしてはあまり受け入れられてねぇじゃん?そしたら、あいつすぐに傷跡のところに入れてさ。多分、気にしてたんだろうな」
「……そう」
「他にも色々あったけど、後は本人から聞いたら?あんま話すと怒られそう」
「聞けない……。思い出したら、青葉くんまた傷ついちゃう」
「あー、もうまた泣く!梓って泣き虫なのか?」

 だから青葉くん、さっき最初に怪我について聞いてくれたんだ。……思い出させちゃったかな。

 私がそんなことされたら、きっともう男の人に近づけなくなっちゃう。……ううん、家から出るのも嫌。
 さっきのことなんか、青葉くんが経験したことに比べたら全然軽いわ。なんであんな動揺しちゃったんだろ。

 青葉くんは強いな。私なんかと比べものにならないくらい。

「……泣いてない!」
「泣いてるって」
「泣いてないっ!」
「あー、ほら意地張んなよ。お前、結構頑固だな」
「うるさい……」
「あはは。とりあえず、五月来て落ち着いたらオレ仕事行くから。……もうちょいオレに身長あれば梓のこと運べるんだけどなあ。五月なら運べるから、後は2人で大丈夫だろ」
「……青葉くん戻ってくるの?」

 あんな怒ってたのに?
 私のこと見て、怖いくらい怒ってたのに?

 というか、橋下くんに運ばれるの嫌だけど、青葉くんに運ばれるのはもっと嫌。だって、青葉くん、めちゃくちゃ足細いし……。絶対私の方が太い。
 でも、まだ足に力が入らない。嫌になる。

「戻ってくる。さすがに何も言わずに帰ってこないようなことはしねぇやつだよ。だから、あんま足動かすな。捻挫するぞ」
「……気まずい。怒ってたら嫌」
「怒ってるけど、梓にじゃねぇって。一応オレ、五月と付き合い長いからその辺はわかんだわ」
「……歩けない。情けない」
「だーかーらー、泣くなって!!」

 橋下くんには悪いんだけど、なんか妙に安心する。こんな人前で泣くような私じゃないんだけどな……。彼、パパに性格似てるせいかも。

 そんなことを考えている時だった。

「……だれ」

 視界が涙で埋れて歪んでいる。
 けど、目の前には誰かが立っていた。
 私は、無意識のうちに全身に力を入れる。すると、それを感じ取ったのか、橋下くんは、

「……お前も、あいつの仲間か?」

 と、以前図書室で話しかけられた時のような鋭い声を目の前の人に発した。
 涙を拭うために腕を動かすも、こっちも力が入らない。目をギュッと瞑って涙を流しても、次々と溢れてくるからどうしようもないの。
 誰なの?誰が来たの?

 橋下くんの態度からして、青葉くんではないのは確かね。

「お前も、こいつを傷つけるために来たのか?」
「……梓」

 あ、その声。
 ……ふみか?

 牧原先輩が戻ってきたのかと思った。違うなら、怖くないわ。
 そう思ったら、すぐに涙が引っ込んだ。私って、やっぱり弱いな。

 それよりふみか、なんでここにいるの?
 学校来たんだ。でも、授業は?

「ふみか?」
「知り合いか?」
「クラスの友達。……ふみかでしょう?」
「……うん」

 でも、いつものふみかの声じゃない。
 やっぱり、風邪が全快してないのかな。無理して学校来たとか?

「梓、ごめん」
「……?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 ふみかは、何故か次第に涙声になっていく。
 
 どうしたの?
 なんで、謝るの?

 私と橋下くんは、そんなふみかを見ながらも廊下にベタッと座り込んで動けずにいた。
 渡り廊下は、相変わらず静かで誰も通りそうにない。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...