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5:心優しいキメラ少女、サツキ

05-エピローグ②:それは、平和を象徴するバケモノ③

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 ナナオが風音家に来て2年が経った。
 その間も、特に問題なく彼は大好きな風音と一緒に生活をした。
 システム上、魔法使いとして一緒に任務へと行くことはできなかったが、それ以外は、できる限り同じ時間を過ごした。風音に「呪い」が増えてから積極的に散歩へは行かなくなってしまったが、家でゲーム、おかし作り、読書とやれる限りの遊びをした。そのおかげか、ナナオの料理スキルがグーンと上がったのが副産物だ。もちろん、笑顔も増えた。

「にいちゃん、抱っこ」
「おいで、ナナオ」

 それは、決して皇帝から「頼んだ」と言われたからではない。彼自身、懐いてくれる弟が可愛くて仕方がなかったのだ。
 話し方も、はっきりとするものになってきた。風音が、舌の使い方や言葉の言い方を1から教えたのだ。ナナオは、真剣な表情でそれを聞き実践を繰り返した。

「ナナオ、大きくなったね」
「うん!にいちゃんのご飯美味しい」
「そう言ってくれると、作りがいがあるよ」
「姉ちゃんたちのより美味しい」
「……それは、姉貴たちに言わないようにな」
「……?」

 きっと、聞かれていたらゲンコツのひとつでも食らったことだろう。……風音が。
 仕事で忙しい姉たちは、料理をする回数が低い。故に、風音の料理スキルもここ数年でグッと伸びてしまった。そう捉えられているのは仕方ないのかもしれない。
 なぜ言わない方が良いのかわかっていないナナオは、首を傾げるも答えは求めていない様子。クスクスと笑いながら、その話を受け入れていた。

 その時だった。

「!?」
「!?」

 ドーンと身体を伝うほどの振動が、地響きとなって2人を襲ってきた。地震かと思い身構えるも、1度きりだけ。
 風音は、急いで窓へと駆け寄り外を確認する。すると、

「……セントラルの方、煙が上がってる」
「う……?」
「何か落ちたのか?」

 遠くの方で、煙が上がっているのが確認できた。しかし、ここは1階。建物や木々に邪魔されてよく見えない。
 風音は、そのまま急いで2階へと走っていった。すると、後ろからナナオがぴったりと付いてくる。彼は、身体能力が良い。こういうところを見ると、キメラなのだなと実感してしまうのだ。

「……これは」

 とはいえ、そんな考えは今するものではない。気を取り直して2階で一番セントラルに近い窓から外を見渡すと、炎が上がっているのが確認できた。その時。

【――――全魔法使いに継ぐ】

 地域で固定されている有線放送から、機械音のような声が響いてきた。

【禁断の書が、何者かによって強奪された。繰り返す、禁断の書が】

 それは、緊急事態に流されるもの。聞いたことがなかった風音は、その「音」に思考が停止した。いや、それだけで思考が止まったわけではなかった。

「……ナナオ?」
「兄ちゃん」

 放送の音に驚いていないかを確認するために振り向くと、そこには見知らぬ……風音と同じ年齢だろうか、男の子が困り顔をして立っていた。

「ナナオ、どうした?身体が」
「……服、ごめんなさい」

 服装は、先ほどまでナナオが着ていたもの。元々ブカッとした服装を身に着けていたのだが、それが窮屈に見えてしまうほどに成長してしまっていた。彼は、ナナオで間違いはない。

「いや、いいんだけど……。何が」
「……」
「……ナナオ?」
「僕……」
「ナナオ」

 全く音がしなかった。
 ナナオの後ろには、いつの間にか時雨の姿が。走ってきたのだろう、額に汗を滴らせて苦しそうな表情で立っていた。

「ナナオ、大丈夫か」
「お父さん、僕」
「大丈夫だ。爆発音に、石が共鳴したんだろう。聞いたことがあるよ」
「……うん」
「前もこの姿になったことがあるのか?」
「ある。人、たくさん殺した」
「……そうか」
「たくさん、殺して。この手で、殺して。悪いことたくさんした」
「今も破壊衝動はあるか?」
「ない、けど……はっきりないとは答えられない」
「……」

 その受け答えをするナナオは、いつもの舌足らずな話し方ではない。聞いたことのない声、はっきりとした返答に驚愕する風音は口を挟めなかった。いつもより、その胸に光るパイライトの輝きの意味も聞けなかった。

「そうか。……ナナオはどうしたい?」
「僕は……兄ちゃんと一緒にいたい」
「ナナオ……」
「兄ちゃんは、人殺しが嫌いだから。僕はそれをしたくない」
「よかった。それが聞けただけで、オレはお前を連れてきた甲斐があったよ」
「……ナイトメアでしょう、この騒ぎを起こしてるのは」

 今まで無邪気だった彼を思い出すも、やはり目の前で淡々と話す彼と一致しない。これから起こることよりも、目の前の現象の方がずっとずっと怖かった。

「いや、わからないが。お前がそう言うのであればそうなんだろうな。……そっちに帰るか?」
「いやだ。僕は兄ちゃんと居たい。一緒にゲームしてお菓子食べたい」
「……ユウト。頼んで良いか?オレは、主界だから犯人追跡をしないといけない。上界のお前は、住民の避難を言われているはずだ」
「……わかった。担当地区は」
「隣のメイカ地方だ」
「ナナオも行くの?」
「行く。僕の力は役に立つ」

 どうやら、放送で任務が流されていたらしい。目の前の出来事に唖然としてしまっていた風音は、それを聞き逃してしまっていた。
 ナナオに視線を向けると、すぐに返事を返してくれた。それは、いつもの「ゲームする?」「うん!」の会話と変わらない。それほど、彼にとっては日常なのだろう。

「……ユウト、もしかしたら大規模災害になるかもしれない」
「禁断の書が盗まれたって言ってた」
「ああ。……ありさとゆみは駆り出されて戻ってこれない。リンには母さんを頼んである。だから、お前は国の指示で動け。もちろん、ナナオから目を離すな。何かあったら……」

 その先は、聞かなくてもなぜかわかってしまった。
 風音も、ナナオも。
 だからか、ナナオが、

「兄ちゃんになら、いいよ」

 と、笑って口にしてくる。

「……大丈夫。ナナオは暴走しない」

 風音はその先を聞きたくないため、同じ身長になってしまった彼の手を引いて隣町へと動き出す。
 その肩に手をやり服を大きくしてあげると、無言で2人を送り出す時雨。その表情は、「親」そのものだった。

「……ゴホッ」

 彼の身体もまた、限界がきていた。
 先日の健康診断で「癌」と診断され、余命も言い渡されている。しかし、まだ家族には話していなかった。階段の手すりに手をつき、苦しそうに何度か咳をする。呪いが身体を蝕んでいるのは、彼も例外ではない。病気と戦いながら、それに争うのは難しいだろう。

「ユウト、頼んだよ」

 その口元には、血が数的滴り落ちていた。



***


「……」
「……」

 大きなスクリーンには、風音とナナオの様子が映されていた。
 彼らがメイカ地方へと駆り出される姿を、そこで見ていた人物が2人。

「……7号、か」
「多分、そうですね」

 マナとユキだ。

 ここは、レンジュ皇帝の空間魔法の中。
 風音のことを知りたくて、2人で頼み込んで入り込んだのだ。
 ユキもマナも、キメラが番号で呼ばれていることを知っている。きっと、風音の弟として過ごした彼の名前は、「7号」。言葉の発達が遅いため、「ナナオ」と聞こえてしまったのだろう。
 しかし、その名前を嬉しそうに本人が受け入れていたのは、不幸中の幸いだった。そう、思わないとやるせない。……この後、彼らを待ち受けている出来事を考えると。

「……もう、終わりにしようか」
「見ないんですか?」
「……お前は見たいと思うのか?」

 双方その出来事を知っているためか、口数は少ない。
 この後、人を殺しまくった「兵器」は、風音の意思を汲み取り人を救って自らの命を終わらせてしまう。……残酷な最期の光景に、風音が一時精神を病んでしまったこともとある人から聞いてた。

「……見ないと、先生に失礼」
「……そうか。ならば、付き合おう」

 その残酷な最期とは。
 ユキもマナも、『七つの因果律』を開いている身である。書で読んでいるため知っているが、映像として見るのは初めてなのだ。顔色が優れないのは、そのせいだろう。

 2人は、スクリーン越しに「黒世」を見た。……いや、破壊衝動を抑えられない1人の男の子が、風音の存在によって人助けをしたいと思えるまでに成長した映像を。
 そう思わないと、この先の映像は見れない。

「先生は、やっぱり優しい人だな」

 その映像を見たユキは、そう呟いて涙を流す。

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