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5:心優しいキメラ少女、サツキ

13:食後に氷菓を一口

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「おいしい?」

 運ばれてきた料理は、秒でなくなった。
 それは、誇張でもなんでもない。それほど、サツキは空腹だったのだろうか。彼女のがっつき具合に、流石のユキも微笑むことしかできない。 
 サツキは、チャーハンを注文するとすごい勢いで平らげた。その前に、唐揚げとコーンスープ、ハンバーグにピザを胃の中に入れて、スパゲッティとドリアは3人分の容器を空にしている。ユキの気配隠しの魔法を使っていなければ、その食欲は店員から不審がられたに違いない。

「……んっ。おいひぃ」
「よかった」

 食べながら喋るのでよく聞き取れないものの、幸せそうな表情を見れば一目瞭然だ。聞くようなことでもなかったかもしれない。そんな彼女の嬉しそうな反応に、ユキは微笑み返した。
 キメラは元々、食欲が異常に高く更に燃費が悪い生き物だ。そのことを、風音は知っているのだろうか。ユキは、彼の財布に向かって静かに合掌した……。

「甘いものはどう?」

 2人で手っ取り早く入ったファミレスは、安価な商品が多い。どれだけ食べても借金をするほどのことはないだろうとタカをくくっていたユキは、少々後悔してしまった。それほど、彼女の胃袋は大きい。とはいえ、この食べっぷりを見てしまったら少しでも食べさせたいと思ってしまうのも事実だった。

「(こうちゃんにツケたいなあ)」

 ザンカンと違って、タイルには「ツケ」という文化がない。その場で払わないといけないのだ。
 口から出る言葉と考えていることが一致しないのは、多少許して欲しい。

「これとこれ食べたい」
「あ、美味しそう。飾り付けも綺麗だね」
「うん!」

 ユキの見せたメニューの中、彼女が示したのはパフェとショートケーキ。もちろん、どちらも大きなサイズだった。

「お腹冷やさない程度にね」
「……あ、ごめんなさい」
「好きに食べて良いよ。ただ、身体だけ大事にしてね。俺が先生に怒られちゃう」

 自分が食べた量に赤面するほど、お腹の方に神経が行かなくなったということか。サツキは、少し顔を赤くして持っていたスプーンを置いた。遠慮しているわけではない、食べ終わったからだ。
 それに苦笑しながら、ユキは空で持ち金を確認する。足りなければ、カードを使えば行けるはずだ。

「わかった。……私って、食べる量異常なの?」
「うーん。キメラとしては普通だと思うよ。人と比べたら異常だけど」
「……そうだよね」
「落ち込まないでよ。食べるのは良いことなんだから」
「……あとで働いて返すから」
「良いよ、それくらい。あとでこうちゃんに経費計上させるし」
「ふふ。ユキは面白いね」

 キメラ専用の栄養食と言うものも存在するらしいが、それは少々味気なく冷たいもの。せっかく自由になった彼女には外で温かいご飯を味わってほしかったのもあり、良い機会になっただろう。

「あなたは食べないの?」
「俺?俺は、さっきスコーン食べたから良いかな」
「スコーンってなに?」
「他地方のお菓子だよ。甘くてホロホロしてて、……多分好きだと思う」
「……さっき食べたものにも名前ついてるの?」
「ついてるよ、全部」
「そう……。知らなかった」

 と、ユキの答えに少し寂しそうな顔をしている。
 どうやら、彼女は食べ物の1つひとつに名前がついていることを知らなかったようだ。人間だった時期も、それを教えてくれる人がいなかったに違いない。風音が聞いていたら、また悲しそうな表情をしただろう。しかし、ユキはその「知らないこと」があるのをマイナスに捉えてはいない。これからいくらでも、学べる時間があるからだ。

「どれか、好きなものあったの?」
「……茶色くて丸いやつ。ホクホクしてて、噛むとジュワッてした」
「ハンバーグかな?もう一回食べる?」
「うん!」

 と、今度は嬉しそうな反応を見せた。相当美味しかったらしい。
 メニュー表の写真を指差すと、「それかも」と首を傾げている。視覚よりも、食感の方が覚えているようだ。

「でも、その前に少し綺麗にしようか」

 ユキはそう言うと、立ち上がって机に手をつきサツキへともう片方の手を伸ばす。ガタッと音を立てて、座っていた椅子が後方へと動いたが、さほど気にしていない。

「ドリアのお米、ついてたよ」
「あ、ありがとう……。食べるの慣れてなくて、その」

 その指先には、白いクリームとお米が。あまりにも漫画チックな光景に、ユキは思わずフッと笑ってしまった。
 すると、恥ずかしそうに言い訳を口にするサツキ。が、それは本当のようだ。
 フォークもスプーンも、見ている限りかなり食べにくいであろう持ち方だった。それは、使い始めたばかりの幼児を連想させる。

「あれは道具使わなくても食べられるしね」
「……うん。これ使うの6回目なの」
「何回かこういうご飯食べたことあるの?」
「うん、カイトと食べた。それまでは人間だった時も手掴みばかりだったから、びっくりしちゃった」
「そうなんだ。……すみません」

 会話途中だが、ちょうど近くを店員が通ったため声をかけるユキ。ハンバーグを1つとパフェとショートケーキを注文した。

「はい……食後で。はい、お願いします」

 無駄に存在をキラキラとさせて話しかけるものだから、店員の瞳がハートになっているではないか。こんなところでも、ファンサービスは欠かせないらしい。そのまま、店員は猛スピードで注文を伝えにキッチンへと消えてしまった……。

「それって、趣味?」
「まあ、そんな感じ。同性の子と話すの楽しいんだ」
「ふふ。なんだかわかる気がする」

 サツキは、笑いながらメニュー表を眺めている。文字も読めないようだ。写真を指で追って気になるものを見ている様子だった。

「サツキちゃんは、いつもカイトとご飯食べてたの?」
「うん。カイトはカイトで、吸血鬼専用のキューブご飯があるからそれを食べて、私も私でキューブご飯食べてた。でも、カイトは組織に来る前までは人間のご飯食べてたんだって」
「へえ。カイトも外から来た人間なんだね」
「うん、そう言ってた。普通のご飯食べてたのに、私がキューブご飯食べてるの知ってから合わせてキューブ食べてくれてね」
「優しいんだ」
「そうなの。カイトは発作が起きなければキューブじゃなくて良いのに。優しいんだ。私のご飯、最初見た時泣いてね。お仕事で外出た時に温かいもの食べさせてくれたの」

 メニュー表に落とされた視線は、きっとそれが見えていない。思い出に浸るサツキは、優しい目になった。その表情を見ていれば、誰だって話題に出ている少年が彼女にとって特別な存在なのだとわかる。
 ユキは、それを引き離してしまった事実に胸を痛めた。

「……サツキちゃんは、こっちに来てよかったの?」
「……正直、実感ないからわかんないの。でも」

 ユキの質問に、サツキは声のトーンを落として答えてくる。その両手は、メニュー表から離れて膝に置かれてしまった。ユキサイドから見ても、腕が震えているのが見える。寂しい感情を我慢しているのだろう。

「あれ以上、カイトの前で身体触られたくなかったから……」
「サツキちゃんの記憶覗いちゃったから、状況はわかってるよ。あれは辛かったよね」
「……うん。でも、身体が言うこと聞かなくて自分じゃどうしようもないの」
「そもそも、それを強要する大人が間違ってるんだよ」

 メンター契約をする前に彼女の記憶をある程度覗いていたユキは、言っていることを理解し顔を歪めた。
 サツキは、その小さな身体を大人に差し出し性行為を強要されていたのだ。しかも、同年代の子どもたちを目の前に、見せしめのように。
 それを風音に話さなかったのは、サツキのことを思って。きっと、彼女は知られたくなかっただろう。同性だからこそ、こうやって話せるものもある。

「でも、私言われたことできなくて。いつも失敗ばかりしてたから仕方ないんだ」
「そんなことないよ。そもそも、体罰なんてものが間違ってる」
「……普通はされないの?」
「されたら犯罪だよ。サツキちゃんは、辛くなかったの?」
「辛かったけど……。私が悪いんだから。でも、カイトの顔見れなかった」
「……もう、そんなことさせないよ。先生と一緒にいる時も言ったけど、少しずつで良いから「普通」を知っていこうね」
「……普通」
「うん。先生がいろいろ教えてくれるから。俺も知ってることは教えてく」
「ありがとう。優しいんだね」
「そんなことないよ。……カイトと引き離しちゃって、ごめんね」
「良いの。カイト、私がいない方が体罰されないと思うし。私の失敗を何回も、自分の失敗として報告してくれてて。それがなくなったから、きっと喜んでる……」

 そう口にするも、それが本心でないことはわかっている様子だった。少しでも気を抜くと、その瞳からは涙がこぼれ落ちそうだ。自分で言った言葉に、悲しみを覚えているらしい。

「そんなことないよ。サツキちゃんが悲しんでたら、相手も悲しんでる。そんな関係なんでしょ、カイトとは」
「そうだと良いな……」
「いつか会わせるから、今は先生とそんな関係築けるように手助けはさせてね」
「うん……。私ね、初対面なのに一生懸命心配してくれる先生にすごく興味持ったの。こんな大人もいるんだって。どうしても、敵意を向けられなかった」
「ね。俺には向けられたのに!」
「ごめんなさい」
「ちょっと、真剣に受け止めないでよ!冗談だって」
「……」
「サツキちゃん……?」

 冗談がすぎたか。ユキが焦って彼女の顔を覗くと、何か決心したような表情になった。

「うん、大丈夫。私、カイトに辛い顔させるくらいなら離れて正解だった。正解だったの!」

 と、石がある心臓部分に左手を重ねて決意したかのような口調で言ってきた。それは、自分に言い聞かせている言葉に違いない。

「……サツキちゃん、あの」
「お待たせしました!」
「あ!これ!」

 ユキがそんな彼女に声をかけようと口を開けた時、なぜか息を切らした店員がテーブルへとやってきた。その手には、ハンバーグが。それを見た瞬間、サツキが嬉しそうな声を出した。
 今は、食欲の方がまさっているらしい。それならそれで、良い。ユキは、今までの暗い雰囲気が一気に吹き飛んだことに感謝し、微笑んだ。

「ああ……。カッコ良い」

 そんなユキを見て、店員が鼻を抑えている!
 そのまま、テーブルへとハンバーグとライスの乗っている皿を置いてくれた。鼻血が食べ物に垂れていないのを見る限り、プロ意識は高い……。

「ありがとう。お礼にキスはいかがかな」
「……!」
「あら、気絶しちゃった」

 と、またもや寸劇が始まるも、食べ物に夢中なサツキは気づかない。相変わらずフォークのも力が危うく、ボロボロと身がこぼれ落ちている。口周りも、ソースがベタベタだ。しかし、その食べている姿は一種の潔さを植えつけてくる。やはり、見ていて気持ちが良い。
 他の店員に倒れた店員を頼み、ユキは彼女の食べっぷりに再び目を向けた。ハンバーグを平らげ、続いて運ばれてきたパフェやケーキも軽く胃の中に納めた彼女は、とても満足そうな顔をしている。

「ごちそうさま!美味しかった!」
「よかった」

 空腹がおさまったのか、サツキは手を勢いよくパチンを合わせた。きっと、その作法もカイトから教わったに違いない。
 ユキは、テーブルに備え付けられている紙ナプキンを手に取り、サツキの口元を拭いてあげた。すると、ソースやらクリームやらがべったりとくっついてきた。おかげて、彼女の口元は綺麗さっぱりだ。続けて、持っていたハンカチで仕上げをしてあげる。すると、まだ残っていた汚れがハンカチについてしまった。

「……ごめんなさい」
「ん、何が?」
「…………」
「どうしたの?」

 それに視線を向けるサツキは、急に静かになってしまった。何かを言いたいが、言えずにいるという雰囲気をユキは感じ取る。その遠慮している様子を見て、

「ハンカチの汚れは大丈夫だよ?」

 と、ハンカチをヒラヒラと振るも、視線は別のところを向いている。どうやら、汚れを気にしてのことではないらしい。となれば、なんだろうか。ユキは、彼女の口から語られることを待つ。すると、

「……あ、その。えっと」
「ん?ゆっくりでいいよ」
「……ずっと聞こうと思ってたんだけど、あなたも私と同じなの?」
「…………」

 おずおずとではあるが、遠慮がちにサツキが質問をしてきた。しかし、ユキはそれに答えず。ニッコリと笑うだけにとどめた。
 その表情は、見ているサツキを後悔させるほど悲しい笑み。聞いてはいけないことだったらしいと気づいた彼女は、視線を下に向ける。
 その沈黙の中、グラスの内側で溶け出している氷の音がやけに大きく響いた。

「先生を困らせることはしないでね」
「……わかった」

 ユキの言葉に、なんとも言えない顔でサツキは返事をする。


 ***


「お待たせ」

 タイルのゲートは東西南北で1つずつ存在する。ここは、来た時とは別のゲート。こっちの方が、レンジュセントラルに近いのだ。
 先に集合場所へついた青年ユキとサツキはしばらく2人で待っていたが、風音たちの気配を感じるとそのまま身体分裂の魔法を切った。1人になったサツキは、すぐさま姿を見せた風音への胸へと飛び込んでいく。

「……」
「大丈夫だった?」
「……」
「よかった」

 返事はなかったが、その代わりコクコクと首を動かして反応してくれた。彼女のことを心配していたのだろう、風音は安堵の表情を浮かべる。サツキの顔を見たいらしく、必死に引き剥がそうとしているもそれは叶わない。それほど、べったりと張り付いてしまっている。

「先生、誰?」
「知り合いですか?」
「また女性関係……」

 その光景に、固まる生徒と彩華。ユキは知っているので、何食わぬ顔してそれを見ている。

「あー、えっと。この子は……」

 彼女の安否が気になってしまっていたのか、みんなへどう説明するのか決めていなかったらしい。少々歯切れの悪い口調で話し始めると、

「サツキちゃん、久しぶり」

 と、ユキが助け舟を出してくれた。みんなの前に出て、サツキに向かって抱きついてくる。
 ……ということは、風音に抱きつくサツキ、に、抱きつくユキというなんとも言い難い光景が誕生してしまった。次は誰がくるのだろうか。それに少々混ざりたそうな表情をしている彩華だが、空気を読んで眺めているだけ。

「ユキくん、知ってるの?」
「うん!前に一回だけ会ったんだ。先生の妹さんだよ」

 こうなれば、合わせるしかない。風音は、心の中でユキに感謝し、

「プライベート挟んでごめんね。さっき会って、一緒に帰る約束したんだ」

 と言って、抱きつき続けているサツキの頭を優しく撫で上げた。すると、サツキは頭をウリウリと擦り付けてそれに答えている。

「へえ、サツキさん?こんにちは」
「こんにちは!」
「サツキさん、こんにちは」

 と、次々とみんなが挨拶するも、慣れていないサツキはどう反応すれば良いのかわからないらしい。顔をあげたものの、その視線は風音の顔に向けられている。

「……サツキ、挨拶してもらっても良い?」
「挨拶?」
「そう。みんな仲間だから、怖がらなくて良いよ」
「……う、うん」

 その言葉にやっと安心したサツキは、風音から離れて

「は、初めまして」

 と、小さな声だがみんなの方を向きながら挨拶に成功した。やはり、慣れていないのがはっきりわかるほどその顔は真っ赤に染まっている。
 すぐさまそんなサツキの頭を風音が撫でて褒めるので、なんだか本当に兄妹に見えてしまう。ユキは、我ながら良い嘘をついたなあとその光景を見ながら考えていた。

「き、きれい」
「さすが、先生の妹さん……」
「顔面偏差値が高い……」
「先生に似ずお淑やかだしね!」

 と、まことたちが褒めるも、最後のユキの言葉が気に食わなかったらしい。風音のゲンコツがすぐさま飛んできた!

「ふふふ」

 その流れが面白かったらしい。サツキが軽快に笑うと、他のみんなもつられて笑顔になった。

「あ、笑った!」
「よろしくね」
「は、はい!よろしくお願いします!」
「私、ゆり恵。あっちが早苗ちゃんでこっちがまこと」

 ゆり恵は、2人を指差し率先して自己紹介をしてくれた。その名前を聴き逃すまいと、サツキが全員の顔を見て頷く。……が、まことの名前にだけ少々他とは異なる反応をしたのをユキと風音は見逃さなかった。この辺りも、後々本人へ聞くことになりそうだ。

「そして、こちらがレンジュ国の彩華姫です!」
「こんにちは、サツキさん。彩華って言います」
「こ、こんにちは……!」

 続けてゆり恵が明るい声で彼女の紹介をすると、サツキの表情がパーッと晴れた。頬が紅潮し、瞳をキラキラと輝かせて彩華を見ている。

「(憧れ?)」

 彼女の表情は、かなりわかりやすい。喜びを感じやすいのか、見ているだけで喜んでいる様子がすぐにわかる。これも、素直な性格が関係しているのだろう。
 ユキが面白そうにそれを眺めていると、彩華が握手をするため手を伸ばしている。それに答えて握り返すも、その手は感激でプルプルと震えていた。

「お、お会いできて光栄……です」
「あらあら。そんな光栄な人物じゃないわ」
「いいえ!いつも笑っていて、私。私、憧れてて」
「ふふ、可愛い。ありがとう。……風音さんって妹さんも居たんですね。お姉さんだけかと思っていました」
「……他にもいますよ」
「会ってみたいわ。楽しそう!」
「見世物じゃないですよ……」
「わ、わかってるわ!」

 サツキが打ち解けたのが嬉しいのか、風音もご機嫌である。嬉しそうな表情になって彩華と話をしていた。その横で、

「何歳ですか?」
「じゅ、15です……」
「じゃあ、お姉さんだ!」
「サツキお姉さん!」
「お、お姉さんだなんて」

 と、子ども同士で会話が繰り広げられている。
 サツキは、少しずつではあるものの1人で行動ができるようになっていた。風音がいないと不安になるのには変わりないのだが、近くに居ればくっついていなくても大丈夫なようだ。

「さて、レンジュへ帰りましょう」
「はい!」
「最後まで姫を守ります!」
「あら、ありがとう。嬉しいわ」

 これからレンジュへと帰り、2日間でこなした下界任務の報告をしなければいけない。みんなは会話を楽しみつつ、自国に向かって歩き出した。


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