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5:心優しいキメラ少女、サツキ

3:少女は淡雪に夢を見る

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 任務を効率よくこなすコツは、「協力」である。
 いかに仲間と協力して、無駄を省けるのか。それにかかっている。

「どこよお」

 まあ、そうは言っても見つからないものは見つからない。
 郵便局、市役所の任務を難なく終えたNo.3は、最後の生態調査で行き詰まっていた。すでに日は落ちて、月がのぼり始めている。
 しかし、後ろでそれを見ている風音は助言するつもりはないらしい。心地よい夜風を楽しんでいる。

「生体反応はなさそう」
「なんでだろう?」
「ちょっとくらい、反応しなさいよー!」

 本日最後の任務は、ラクーンドッグの生態調査。捕まえるのが目的ではなく、指定された場所にどの程度いるのか、その成長具合を記録するもの。
 ラクーンドッグは、成長してもさほど大きな獣にはならない。とはいえ、これだけ緑が多い場所ではかなり目立つ色をした生き物だ。見逃しているということはなさそうである。

「あっち、行ってみようか」

 そんなチームメンバーに、ユキが助け舟を出す。

「さっき行ったけど……」
「夜になったからまた違う雰囲気だと思うよ」
「あ、そうか!」
「忘れてたよ」
「行こう!」

 生態は、昼と夜でガラリとかわる可能性がある。特に、風通しの良い場所はかわりやすいと言われていた。
 提案したユキを先頭に、メンバーは草原の方へ駆けていく。すると、

「……いたっ」

 任務時にもらっていた用紙に書かれている姿と一致する生き物が数体確認できた。気づかれないよう気配消しの魔法で茂みの中から覗くと、それらは楽しそうに草原を駆け巡っている。

「ユキくん、すごい!」
「ん、もっと褒めて?」
「……ユキくん」
「ほら、はやく記録しないと逃げるよ」

 と、またもや無駄な色気を出してゆり恵に詰め寄るものだから、そろそろ彼女が気絶しそうな勢いである。
 それを止める風音の声に、まことと早苗がクスクスと笑うのはもう日常的になりつつあった。

「あ、そ、そうね。ユキくん行くわよ」
「はーい」

 4人は、ラクーンドッグが逃げないよう静かに近づくと、

「フィックス!」

 その足元を魔法で固めた。顔を覗くと、狸のような見た目の可愛らしい生き物がキョロキョロとあたりを見渡すように動いている。成獣よりも幼いので、まだ子どものようだ。

「かわいい!」
「本当、ペットにできそう」
「でも、害獣なんでしょ?見た目に騙されちゃダメだね」
「美味しそう、鍋にしたい……」

 ……若干1名、感想が違うが放っておくことにする。

 この生き物は、大人になると人間の肉も食べる。人里に下りてきて人間の味を知ってしまったら大惨事になりかねない。
 こうやって、子どもでも単独行動できるくらい野生界でも強い生き物であるラクーンドッグ。まことが言うように、見た目に騙されてはいけないのだ。

「はい、記録取ったよ」

 受付でもらった記録用紙に、魔法で場所と時間、姿を写し取る早苗。こう言う記録は、彼女が一番丁寧なのだ。自然と彼女の仕事になっていく。

「ありがとう」
「任務完了ー!」
「温泉だ!」

 フィックスを解くと、そそくさと退散していくラクーンドック。その後ろ姿もかわいい。太めの尻尾をフリフリさせながら仲間と一緒に退散していく。

「おつかれさん。受付で報告してから、宿に行こうか」
「はーい」

 自然界のものは、国からの指示があるまで傷つけてはいけない掟がある。故に、こうやって生徒が行なった対処法を見て怪我を負っていないかも見る必要があった。風音がその後ろ姿を遠視魔法で覗くも、無傷な様子。これで、任務完了である。
 まことが大きく背伸びをすると、それにつられて他の人も大欠伸をしている。すでに、19時を回っていた。

「ね、早く行こう!」
「はー、お腹すいた」

 あまり魔力を消費するようなことをしていないので、みんな比較的元気だ。昼間の書類整理任務で多少体力を消耗したが、そこは若さでいくらでもカバーできる。

「温泉入る!」
「俺も~」

 と、ユキもその若さなのか元気だ。まことたちと街へと帰還しながら一緒にはしゃいでいる。

「…… (あいつ、どっちに入るんだろう)」

 そのはしゃぎようを見て、風音の疑問は膨らむばかり。
 なぜなら、彼……彼女は女性だ。温泉はどちらに入るのか、風音が心配することではないのだが謎である。しかし、

「(温泉どうしよう)」

 同時に、ユキも全く同じことを考えていた。
 どうするつもりなのだろうか。どうやら、考えていなかった様子。

「早く行こう!」
「待ってよ!」

 ぼーっとしていたユキは、ゆり恵の元気すぎる声にハッとしその跡を追う。



 ***



「あ、ごめんなさい」

 宿へ着き、受付をしようとしていた時のこと。
 ちょうど曲がり角を進もうとしたところ、まことが前から来た人とぶつかってしまった。

「いえ、こちらの不注意で。申し訳あらしまへん」
「こちらこそ……」

 独特な話し方をする人だった。これは、ヒイズに住む人の方言。聞きなれない3人は、その言葉に固まってしまった。いや、固まったのは、それだけが理由ではない。
 その人は、人形のような美しさがあった。赤い着物に、まっすぐに切られた黒い髪。簪が彼女の動きに合わせて音を立てる。ついつい見とれてしまうほど、それは魅力的だった。

「あら、他地方のお客はん?私は、都真紅ましず子と申しやす」
「は、初めまして」
「こんばんは……」
「芸者をしている者故、お気に召したらぜひ呼んでくださいな」
「……はい」

 都真紅といえば、ヒイズ地方の資産家として知られていた。それをまことたちも知っていたようで、びっくりした表情で彼女を凝視している。
 しかし、ユキだけはその名前を聞いて眉間のシワを深くした。が、それは一瞬だけ。すぐに、気を取り直してみんなと同じ表情をす作り出す。

「元気があるのはええねえ。ゆっくりしていってや」
「ありがとうございます」

 都真紅ましず子と名乗った女性はにっこりと笑い、宴会をしているのだろう、少々騒がしい奥の方へと消えていった。その歩き姿も、人の目を惹きつける何かを持っている。

「……綺麗な人だったね」
「都真紅って、あの都真紅だよね」
「ゆり恵ちゃん、知り合い?」

 ゆり恵が、ましず子が消えていった方を見ながら、

「私はよくわからないけど、うちと取引あるから名前だけは」

 と、言った。
 都真紅と桜田は、どちらも演舞一族。共演や稽古場所の相談など、何かと連携を取る必要があるのだ。繋がっていてもおかしくない。

 まだまだ本番を任せてもらえない彼女にとって、ましず子の凛とした姿は憧れと映っただろう。

「じゃあ、先に荷物を部屋に運ぼうか」
「はーい」
「わかった!」
「サインしてくる」

 先にチェックインを済ませた風音が戻ってくると、3人を促した。
 ワイワイと楽しそうにサインしている様子は、完全に遊びに来ている様子。しかし、今日は任務が終わっているので咎めることはしない。風音がそんな生徒の様子を楽しそうに眺めていると、

「先生、気づいた?」

 隣で動かないユキが話しかけてきた。その方向に目をやると、いつもより真剣な表情の彼と視線が合う。

「何が?」
「……いや、まだ大丈夫」

 言っている意味がわからなかった風音がそう返すと、ユキは口を噤んでみんなと同様受付へと行ってしまった。今、言う事ではないと判断したのか。

「……?」

 よくわからなかった風音は、深く追求せずその場にとどまりみんなの荷物番をした。連絡を聞きつけた3人の家族が、この宿に荷物を届けてくれたのだ。
 1泊分なのでそこまで量はないが、レンジュセントラルから距離はある。伝達を忘れた風音にとって少々居心地の悪い空間になったものの、文句を言ってくる人たちはいなかった。
 むしろ、その若さで主界ランクにいるという事が関心の的になり、褒められまくる時間を過ごしてしまった。自身の失態なのに褒められることの罪悪感を覚える経験をした彼は、もう失態を犯さないだろう……。

「先生!鍵もらったよ」
「ありがと。行こうか」

 受け取った鍵は、301と302。館内案内図を見る限り、向かい合わせの部屋だ。
 受付の目の前にあるエレベーターで部屋へと向かうメンバーたち。受付も廊下もエレベーターもすべて和風のデザインで統一されているので、話題は絶えない。

「これ、金箔?」
「すごい!初めて見た」
「こっちには和紙があるよ」

 飾り付けにはしゃぐ3人。そのデザインは、見目が美しいだけでなく、肌触りも楽しめる。ザラザラとした和紙、つるっとした金箔、ボコボコした滝岩。その変化を楽しみつつ部屋まで歩くと、

「すぐ夕飯だから、準備しといてね」
「はーい!」
「はーい!」
「夕飯は、すき焼きだって」
「え、初めて!生卵でいただくんでしょ?」
「楽しみ!」

 301に女性陣、302に男性陣と既に部屋割りが決まっていった。とは言え、決めたのは風音。他のメンバーは、夕飯の話題で持ちきりだ。
 途中、

「えー、ゆり恵ちゃんと早苗ちゃんとの部屋が良い」
「……男だろ、こっち来い」

 なんて会話があってゆり恵の顔が赤くなったという、いつもの場面も見受けられた。
 一瞬だけ、そのほうが良いのか?と考えてしまった風音が息を詰まらせるも、ここでは男として彼女を見ないといけない。すぐに、気を取り戻してそう伝える。

「先生のケチー。また後でね」
「……」

 と、ユキはユキでその微妙な気遣いに気づいたのか、ニヤニヤしながら見てくるものだからやりにくい。後で仕返ししてやると、風音が心に決めるもきっと未遂に終わるだろう。
 そんな葛藤 (?)をする風音を置き去りに、ユキとまことは302の引き戸を開けて中へと入っていく。

「うん、後で」

 ゆり恵は、いまだに顔を真っ赤にして上の空である。
 早苗が赤くなっている彼女の言葉を代弁するかのようにそう言うと、手を引いて301の中へと消えた。時刻は、20時を回っている。



 ***



 それと同時刻。

「……わかったわ」

 サツキは、眉間のしわを深くしながら目の前で椅子に座るスーツ姿の男性の言葉を承諾する。しかし、その口から出る言葉と表情が一致していない。

「女皇帝にも真田まことにも接触できなかったやつが、文句なんか言わねえよなあ!」

 目の前にはサツキのボス、枝垂がいた。男性を象徴したような立派な体格である彼は、ナイトメアの中でも中核的存在になっている。この建物も、彼の管理下にあるところ。サツキは、そこに「住まわせてもらっている」立場だ。抵抗はできない。
 それだけでなく、枝垂の瞳には逆らえない何かが隠されている。自由のない彼女は、睨みつけることしかできない。

 とは言え、薬を体内に入れていなければこうやって彼と対面することもできないほどサツキの精神は脆い。そのため、枝垂と会うときはこうやって八代が精神を安定させる薬を入れてくれていた。その薬も、彼女の身体にさほどよくない。しかし、拒否はできないのだ。

「すみません」
「部下も無駄にしやがって」
「……まさかあんな強い人がいたとは思わなかったの」

 と、言い訳じみた言葉をはくと、すぐに枝垂が近くにあった机を拳で思い切り叩いてくる。ダァンと大きめの音が部屋にこだまし、サツキは身体を怯えさせ口をつぐんだ。彼は、こうやって部下を威圧してくる。

「言い訳はやめろ。先生のお気に入りだからって調子にのんなよ」
「わかってるわ……。次からは単独だから近づきやすいと思うの」
「そうか。……じゃあ、今回の埋め合わせをしてもらおうか」

 枝垂は、そう言ってネクタイを緩めて立ち上がる。彼女の方へ歩み寄り、まるでご機嫌を取るかのようににっこりと笑ってきた。その笑みに背筋が凍る。

「……私でよければ」

 サツキは、これから起こることをわかっていながらも逃げることができないでいた。
 逃げても、どうせ捕まるのだ。だったら、初めから抵抗しない方が良い。それが、組織で学んだ唯一のことだった。

 枝垂は、表情を硬くしたサツキへとゆっくり近づいてくる。
 そして、近くにあったソファへとその身を押し倒した。すぐさま、サツキの身体には大人1人分の重さがのしかかってくる。

 しかし、それだけで終わるはずはない。
 いつもそうなのだ。
 いつも、彼はこうやってサツキを弄ぶ。

「……っ」

 サツキの服を容赦無くちぎると、成熟仕切れていない真っ白い上半身が露見した。その中、蛍石が不安定な光を放ち存在を主張してくる。

「いつ見ても気色悪いな、これは」
「あっ……」

 枝垂は、そう言って楽しそうに「気色悪い」ものに触れてくる。その手は、サツキに快楽を与えてきた。すぐさま、サツキの顔が悦びに歪んでいく。

「この感度じゃあ、先生に愛されるよなあ」

 そんな皮肉も、今の彼女には聞こえない。
 それよりも、早く愛して欲しかった。キメラの身体は、人よりも感度が良い。故に、彼女はその感情にも逆らえない。固定された腰を懸命にくねらせ「男」を誘惑することしか、できなくなってしまう。

「ん、んぅ……きて、早く。早く」
「この淫乱が」

 その光景に興奮した枝垂は、サツキを……いや、「女」の服を脱がすとソファから無理やり起こし、四つん這いにさせた。綺麗に整えられた髪の毛を後ろから強く鷲掴みすると、短い悲鳴が部屋に響く。
 そして、首がそったタイミングに合わせて、そのまま一気に女の身体を貫いた。

「あっ!あぁあ……」
「相変わらず乱暴にされるの好きだな」
「ちがっ……あぁん、ん」
「カイトにも、こうやって身体開いてんのか?あ?」
「あ、ん、ん……違う、違う。カイトは……あぁ、ん!」
「嘘つくな。こんな女、吸血鬼がほっとくわけねえ」
「いやだ!カイトの話は……あ、あ」
「いいな。あいつの話をすると締まりが良い」
「いやだ!いや……いや!」

 漏れ出す声は、男を離さず魅了していく。
 その動く腰も、ソファに爪を立てる姿も、涙で濡らした顔も、全部全部。拒絶したくても、身体がそれを許してくれない。
 キメラの中でも感度が異常に高い蛍石を埋められているサツキは、気持ちと身体が別の生き物のように反応する。

「次はっ……お役に、たちま……あぁ!!だから、だから」

 故に、叫びに近い声を出しながらそれを受け入れることしかできない。

 この時間が、カイトにバレませんように。こんな姿を見られませんように。
 そう願いながら時間が過ぎるのを待つばかり。

「そんな締め付けんな」
「締め付けて、な……んぁあ!!」

 髪の毛を引っ張られるたび、カイトの話をされるたび、身体に力が入ってしまう。それが、男を悦ばせているとわかっていてもやめられない。
 よだれをだらしなく垂らし、快楽に溺れるその姿はまさに獣。側から見れば、互いに互いを欲しているようにしか見えない。彼女は、こうやって組織に飼いならされている。

「(誰か……誰か、助けて……)」

 サツキの瞳から漏れ出した涙は、そのままソファに落ちて消えていった。


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