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4:ザンカン国の女皇帝、「マナ」

12:新芽は摘めず②

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「よっ、お2人さん」

 と、机の中からひょっこりと顔を出し軽く手を挙げると、

「ユキさんじゃないですか!!!今日も素敵で!」

 と、まあなんともテンションの高いこと。武井がユキの顔を見るや否や、またもや薔薇 (棘無し)を取り出し、彼に向かって跪いた。男同士で何をしているのか、そう問い詰めたいがまあ無駄だろうな。

「え、聞いてたの?」

 と、こちらは薔薇を持つ彼とは対照的に露骨に嫌な顔を見せる風音が。その反応は、ユキの正体を知っている故に仕方がない。

「なんだよ、会えて嬉しいくせに♡」

 と言って、薔薇を受け取るユキ。武井の行動も、風音のリアクションも気に入ったようだ。上機嫌になってハートを飛ばしている。

「そうだぞ!ユキさんと話せることがどれだけ幸せなことなのかお前には」
「はいはい」

 武井は、ユキの正体を知らない。が、どんなに身体変化してもなぜか大ファンとなって颯爽と現れるのだから不思議だ。名前が全員「ユキ」だと言うことに気づいているのかどうかも不確かだが、とりあえず本人が嬉しそうだから良しとしよう。

「武井、花粉が取りきれてない。減点」
「精進します!」
「それに、この赤い薔薇は色が濃すぎるから逆告白に使うものだよ。ちゃんと、色も確認して渡さないと」
「なるほど!いやー、ユキさんのご指導は勉強になりますなあ!」
「次までに勉強してきてね」
「はっ!」

 と、よくわからない採点をすると、武井がすぐさま手帳にメモ書きして敬礼をする。
 そのやりとりには、さすがの今宮も笑うしかない。皇帝も、ツボに入ったのか肩を震わせている。
 そして、ひと段落したのを確認すると、

「まずは、ザンカンの件ご苦労じゃった。マナからもお礼が届いておる」

 と、労いの言葉を2人に向かってかけた。それに敬礼を返す2人は、真剣な表情に戻し皇帝の言葉に耳を傾ける。

「特に、ユウトくんのことが気に入ったようでな。今後は頻繁に外交をお願いするやもしれん」
「……」
「何か」

 まさか、その女皇帝とキスをしてしまったとは言いにくい。しかも、2回も。
 少しだけ頬を赤くした風音は、それを悟られないよう口を開こうとするも敵わない様子。そりゃあ、あれだけ「好かれれば」仕方がない。

「あ、いえ。質問よろしいでしょうか」
「なんじゃ」

 と、話題を変えようと質問をする。その心理がわかるユキは、笑いを堪えるので必死らしい。肩を震わせその様子を見物している。

「その、ザンカンの皇帝はオレと関係あったりしますか?」

 まあ、話題そらしではあるが、それは聞きたいことでもあった。

 風音は、自身と同じ苗字の一族が他にいないことは知っている。故に、彼女が同じ一族であることはわかるのだが、その関係性が全く思い浮かばなかった。
 親族に聞いても、「さあ」で終わってしまい結局謎のまま。しかも、聞く人全員が、何か含みを持たせたような言い方をするものだから、知ってはいる様子。なぜ、教えてくれないのか、彼にはわからなかった。

「ふむ。わしが話しても良いが……」
「マナから聞いた方が良いんじゃないのー?」
「わしもそう思うな」

 と、皇帝は、あえて何も言わない。何か考えがあるらしい。
 なお、それに乗っかるユキは、その顔にデカデカと「面白いから」と書いてあるがまあ放っておこう。

「……承知です、失礼しました」
「マナのことだから、先生ならいつでも大歓迎だと思うよ」
「待て!」

 会話を静かに聞いていた武井が、突如大きな声を張り上げた。それにビクッと肩をあげる風音。隣にいるためか、その声は大きく聞こえるに違いない。その方向に全員が顔を向けると、

「なぜ風音が先生で俺が武井なんだ!俺も先生って呼ばれt「じゃあ、ユウト♡」」

 と、これまたよくわからないやりとりが始まってしまう。その発言に、げんなりする風音と今宮。いや、皇帝もか。3人とも、兄弟か?と思ってしまうほど同じ表情をしている。
 ユキの飛ばすハートを受け止められるのは、この空間では武井しかいないらしい。

「それなら良い!」

 ……良いらしいです。
 その違いがわからない皇帝は、呆れながらも武井をユキを交互に見つつ、本題に入る。

「……早速だが、ナイトメアのメンバーと接触したと報告をもらっている。そのことについて詳しく聞きたい」

 そう言って、今宮の方へと手を出す。すると、すぐにその手には魔法で出された分厚いファイルが。少々片手で持つには重そうだが、そこは魔法でなんとでもなる。それを開くと、中にはたくさんの紙がファイリングされていた。

 これは、ナイトメアの情報のみが集まった書類。レンジュでは、こうやって敵の情報を集めていたようだ。その中には、アカデミーで麻薬を売りさばいていた浅谷の顔写真付きプロフィールもあった。

「あ、こいつ。サツキとカイトって言ってた」
「……女性の方ですが、もっと年齢が上だった印象があります」
「俺もそう思う。でも、この子じゃないかなあ。こんな似てて同じ名前の人なんてそうそういないでしょ」
「……まあな」

 ペラペラとめくられていたページを止め、指をさすユキ。そこには、会ったときよりも幼い……今の少女ユキくらいか……2人が写っていた。少年はわかるのだが、少女の姿が一致しない。顔の特徴は一致するのに、だ。

「え!ユキさんもあの場にいたんですね!!」
「いたよ~。武井は倒れてたけど」
「ははは、お見苦しいところを!」
「素敵だったよ」
「ありがたき幸せ!」

 と、これまたなんともわからない会話を横目に、風音が皇帝に向かって報告を続ける。気にしていたら、話が進まない!

「ちなみに、女性の方は蛍石のキメラでした」
「……なんと」
「こんな小さな子が?」

 ここにいる誰しもが、その「キメラ」の生体を知っている。
 人と石を融合させた、違法物であること。その身が戦闘マシーンのように強化されること。そして、一度その身に石を宿せば二度と人間に戻れないことも……。

「……やはり、禁断の書が盗まれた時に開かれたのじゃろう」
「確定しましたね……」
「一応、取り外しを試みましたがすでに定着している感じでしたね」
「は?」
「は?」
「え?」

 キメラの製造は、黒世で盗まれた「七ツの因果律」に記されている。今は手元に戻っているが、発動された跡があったため用心していた。やはり、使われていたらしい。
 そんな真剣な場面で風音も流れで発言すると、ユキを覗く3人が固まってしまった。特に今宮は、顔がみるみるうちに真っ赤になっていくではないか。

「……そうか」
「未成年にはちょっと刺激が強すぎたよ~」

 それを間近で見ていたユキだけは、いつもと変わらない。

 まあ、純情な彼が真っ赤になってしまうのは致し方ない。
 なぜなら、取り外しは一種の性行為に近い。特に、取り外す側に大きな快楽が押し寄せ、途中で目的が変わってしまうのは珍しくないのだ。
 快楽で魔力を乱れさせて取り外しを促すという方法が定着しているので、並みの精神で他人の取り外し行為はできない。特に、男女という立場ではそれがさらに顕著になる。
 しかし、風音にとってはそれほど刺激的なことではないらしくキョトンとしている。鈍感なのか、なんなのか。

「で、でも、ユキさんに取り付いたら俺が取り外しますので!!」
「ん、ありがとう。俺も武井に取られたいな」

 ここでも、意味のわからないやりとりをする2人。
 いっそのこと、コンビでも組んでお笑いでもやったらどうだ。

「キメラの結末は……本人はわかっているのでしょうか」
「……同意がないなら、悲劇じゃな」
「そんな同意を求める組織だと思えないです。あの命の軽さを見ると」
「……そうじゃな」

 そんな2人の会話が聞こえていないように、真剣な表情になる風音。その眉間には、消えそうにないシワが深く刻まれる。
 過去にキメラと何かあったのか。見ていたユキがそう勘ぐるも、聞ける雰囲気ではない。そのあたりの空気は読めるのだ。

「……で、男の方はどうでした?」

 そんな空気を変えようと、今宮がファイルのページをめくり少年のプロフィールを指差す。とはいえ、それは教師陣には見えていない。皇帝側にいるユキにはバッチリ見えているが。

 そこには、他のメンバーよりも詳細がしっかりと書かれていた。ユキは、その少年の苗字が「灰」であることを見逃さない。自身を嫌う、同国の「光」メンバーである彼と同じ苗字であることを。
 少しだけそれが表情に出てしまったが、今宮が素早く鋭い視線をめぐらせてくる。まだ、風音と武井には知られたくないらしい。故に、

「純情でした」

 とだけ、答えた。

「は?」
「いや、……純情でした」

 それに乗っかる風音。
 アレは、そうとしか言いようがないらしい。まあ、わかるよ。

「そ、そうですか」

 ユキだけならまだしも、風音まで同じ回答をするので、これ以上は聞いても仕方ないと判断したようだ。先ほどから、言葉の記録をするため書記を務めている。

「これではっきりしたな。あの禁断の書を盗んだのはナイトメアじゃな」
「……」
「……」
「……で、どうするの?」

 何か思いにふけるかのように黙る皇帝と今宮。そこに、絶妙なタイミングでユキが発言をした。

「万全にして俺が行けば、絶滅させられるけど」

  いつものおちゃらけた感じではない。その真剣な言い方に、皇帝の目が逸れた。もちろん、今宮も。
 それほど、ふいに、そして、ユキにしては重い言葉だった。

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