上 下
71 / 106
4:ザンカン国の女皇帝、「マナ」

12:新芽は摘めず①

しおりを挟む




「こうちゃんさあああああああああああんんんんん!!!」

 今日も元気に、スライディングの練習に励む少女ユキ。
 いつのまにか鋼の素材になっているレンジュ城の執務室の扉が、彼女の華麗な一撃によって粉砕される。

「だーー!毎回毎回お主は!」

 資料をさばいていた皇帝は、扉が砕かれた音を聞いて顔を上げる。その予想以上惨劇に、ため息をつきながらも文句は言いたい様子。大国のお偉いさんとは言い難い態度で、ユキの「いたずら」に怒鳴り散らす。
 しかし、承知の通りそんな小言で厚生するような彼女ではない。ザンカンから帰還するも、さほど変わった様子はないようだ。

「ん?……あ、ちょっと素材残ってる」

 と、その行為についてではなく、蹴散らした扉が完璧に粉々にできなかったところを反省している。それは、いつもの日常そのもの。

「……宮」
「はい……」

 皇帝は、これまたいつも通りに大きめのため息をつきながらその名前を呼ぶ。
 すると、先ほどから彼の後ろに立っていた今宮が素早く電話を取り出しどこかにかけ始める。その声かけに、細かい指示はいらない。なぜなら、いつも扉修理の依頼をしているのは彼だから。

「……こちら、皇帝の」

 と、感情的になっては負けだとでも言うように冷静な声で、電話対応をしている。
 そんな用件を話す今宮を横目に、皇帝は

「次はお主のポケットマネーから出すぞ」

 と、目の前で平然と口笛を吹くユキを脅す。が、まあこれも御察しの通り。

「えー、じゃあ通勤手当と特別手当から出しといてよ」

 なんとも思っていないらしいユキが、指を折りながら金額を確かめ返答してきた。真面目な顔して言うものだから、国の予算の話でもしているよう錯覚させてくる。
 しかし、騙されてはいけない。発端は彼女であることを、忘れてはいけないのだ……。

「それに、美貌手当ね」

 いや、これを言うために真面目な顔して発言したらしい。
 ウィンクをブチかましなんとも無駄な色気を披露するユキに、皇帝の顔色がサーッと青くなった。電話で日取りの確認をしている、今宮の顔色も同様に。

「はあ。……まあなんだ、元気でなによりじゃよ」
「おかげさまでなんとか。マナとサユナから譲渡してもらったから6割は回復してるよ」
「そうか、女皇帝に感謝せねばな。……とはいえ、お主はもう少し自分を大事に」
「してるしてるー」

 と、お説教が始まりそうな雰囲気になるも、それを軽く流し鏡をチェックし始めるユキ。これでは、お説教どころではない。きっと、今会話をしても右耳から左耳を通って内容は抜けてしまうだろう。いや、まだ中に入るだけ良い。彼女の場合、故意に全く聞こえていない状態を作り出すので言うだけ無駄と言うもの。ユキとの会話に、ため息はつきものなのだ……。
 しかし、彼女も人の話を聞かない扱いにくい人間ではない。心配されるのが苦手で、かつ、どう反応して良いのかわからないだけ。その辺りは、まだまだ子どもらしい。

 それをわかっている皇帝は、

「お主に報告がある」

 と、椅子に座り直して改まった空気を出し始めた。
 今宮も電話を終えたようで、まっすぐユキを見つめながら立っている。なお、この時点で粉砕された扉はなくなっている。今宮がいつの間にか掃除したらしい。扉がないと言うことを除けば、いつも通りの執務室の姿を取り戻していた。

「え?伝言は聞いたよ」

 ザンカンでの任務を終えたユキは、その足取りでアカネの居る病院へと向かい伝言を聞いていた。武井の治療が完了するまで律儀に待っていたらしく、待合室の長椅子に座っている彼に声をかけるとそのことについて教えてもらったのだ。
 もともと、武井の様子が気になって病院へと向かったのだが結果オーライと行ったところか。
 会って早々、今にでも殴り合いが始まりそうな雰囲気になりつつも、伝令書を渡された彼はその任務を遂行してくれた。……まあ、舌打ちやら戦闘時の文句やらが多かったので解読に時間を要したことも記載しておこう。

「その話は、ザンカンでの報告と一緒にな」
「えー、じゃあ何?追加任務?」
「うぬ、そうじゃ」

 もらった伝言は関係ないらしい。
 皇帝の回答に、ワクワクするユキ。新しい任務を聞くのは、いつになっても楽しい。伝言の内容が深刻なものだったので、なおさら。

「実はな……」
「失礼します」

 と、引き出しから書類を出し説明を始めようとした時のこと。
 本来ならばノックして入室すべきなのだが、なんせ扉がない。それに疑問を持ちつつな表情をした、複数の魔法使いらしき人物がやってきた。気配を感じ取っていたユキは、素早く物陰に……皇帝の座る机へと隠れる。

「定例会です」

 それは、下界の教師たち。次々と集まって来て、いつの間にか部屋がいっぱいになってしまった。こうやって、定期的に集まって状況報告をしているらしい。
 ユキがその中の気配を追うと、風音や武井のものも確認できた。武井が歩けるようになったことに安堵する。

「おお、そうじゃったな。ご苦労」

 皇帝は、今宮に机上の資料をどかすよう指示を出し立ち上がった。それに素早く対応する今宮。慣れているようだ。ユキは、それを邪魔しないよう身体を捻って避けている。魔法を使って手伝うことはしないらしい。まあ、バレたら色々アレなので今回は良しとしよう。
 綺麗になった皇帝の机には、下界の教師たちからの新たな資料が積まれていく。ここに、今までの行動や任務遂行記録などが記載されているのだろう。それを見た皇帝は、眉間のシワをピクピクとさせるも、気づいたのは今宮だけ。彼は、相当執務が嫌いなようだ。

 やっと全員が資料を机の上に置き終わったのは、それから5分が経過した頃。相当な数だ。
 すると、いつも手順は決まっているのだろう。端にいる人から、定型文のような報告が始まった。

「ナンバー6、メンバー竹田・ミチ・東雲。任務数45、うち海外任務3。演習1で、合計報酬額は20万。順調です」
「ナンバー3、メンバー真田・桜田・後藤・天野。任務数50、うち海外任務2、演習4。報酬額は19万5000。こちらも順調」
「ナンバー2、メンバー吉良・ユイ・ミミ。任務数66、うち海外任務6、演習2。合計報酬額は32万。海外任務で負傷者ありですが、回復しています」

 と、教師たちが魔法で出したステータスを順々に読んでいく。任務数と報酬額は、見合わないらしい。
 そのあたりのシステムに詳しくないユキは、数字を聞いて興味津々な様子。元々、管理部としての報酬しか受け取ったことがない彼女。任務を管理する立場である今宮とは違い、疎いのは当然だろう。

「ザンカンでの活躍は聞いとる。ご苦労じゃった」
「ありがたきお言葉」
「お主の身体はどうじゃ?」
「万全です。アカネさんにお礼をお伝えください」

 と、武井に向かって労いの言葉をかける皇帝。
 アカネは、ユキに伝言を残すとそのまま国に帰ってしまったのだ。どうやら、武井を待っていたのではなく、どうやって伝令書の内容を伝えるのかを考えてそこにいたらしい。故に、武井が治療を終えると彼の姿はどこにもなく。その後、国に帰っても探したらしいが捕まらなかったようだ。
 アカネは、特殊部隊の「光」であると同時に魔警1課の捜査官だ。忙しいのだろう。

「私が伝えますよ」
「ありがとうございます」

 後ろで静かに聞いていた今宮がそう言うと、武井が嬉しそうな顔をして敬礼した。
 忘れがちになるが、今宮は、国の中で皇帝の次に地位のある人物。故に、公に出るとこうやって敬礼されるし、尊敬の眼差しで見られることもある。忘れがちになるが。

「今回いろんなチームが行ったザンカン国とは、同盟関係を築いておる。これからも演習や任務で行き来するじゃろう。仲良くやってくれ」

 と、皇帝が話をしめると、引き続き報告の場と変わっていく。

 なお、ザンカンとの友好関係を築いてきたのは、誰でもないユキだった。いや、「ななみ」か。
 彼女もこの城に住む限り、皇帝の付き人としていろんな国の人と交流をしないといけない。その話も、追々することとしよう。今は、定例会に戻る。

「……ナンバー23、メンバー葛目・メアリー・空牙。任務数……」
「(こんな風に報告してるんだ……)」

 ハキハキとした声が執務室を占領し、次々とその成果がユキの耳にも入ってくる。
 彼女は、公にされていない管理部メンバー。故に、今宮のように公の定例会への出席は皆無だ。初めて聞くそれ、感動を覚えてしまうのは致し方ない。

 しかし、そんな彼女にもわかることが1つ。執務室を埋め尽くしている下界教師たちの人数が、アカデミー卒業時に知らされていたものよりグッと少なくなっていると言うことだ。
 今回下界になったチームと既に下界になっているチームを合わせれば、少なくとも80はいるはず。しかし、そこにはせいぜい50人。

「(脱落か)」

 それは、魔法使いになりたてである下界ランクでは珍しくないこと。

 平凡な任務に耐えきれない人、過酷な演習に耐えられない人など辞める理由は、それぞれ。
 1人メンバーが辞めてしまえば、そのチームは解散になり別メンバーを探す必要があるシステムが採用されていた。故に、1人でも欠員が出てしまったチームは新たなチームを組むため申請を出す必要がある。が、そんな結束のないメンバーを拾ってくれる人は少ないのが現状だ。欠員同士でうまく組めれば良いのだが、タイミングが合わなければできないこと。
 結局、バラバラになってそのまま一般人として生きる道を歩むしかないのが現状なのだ。そのあたりのシステムは、今のレンジュでは如何しようも無い。

「……(退屈だ)」

 そんな1時間近く報告が続くと、本来一箇所に止まっていることを知らないユキがそわそわしだす。
 今宮に向かってくすぐりの魔法で遊ぼうとしたが、すぐに気づかれて拳が飛んできてしまったので諦めたという場面も何度か見受けられた。すると、今度は

「……いまみや、やさしくない、いかるとこわい、いすにすわろうとしてこけているところをみた、ただのアホ」

 小さな声で、しりとりがスタートする。
 よく聞いてみると、全部今宮の悪口だ!皇帝にも聞こえたのか、肩が震えている。

「以上、全50チーム。報告は以上です」

 と、最後の列の教師が読み終えると報告会は終わるらしい。少しだけ、緊張感のある空気が緩んだ。

 皇帝は、この報告を立って聞く。
 彼は、「座っていたら、見えるものも見えない」とよく言っていた。こういうところが好かれるのだろう。それだけの体力はまだまだあるのだ。

「うむ。確かに受け取った。上界に上がれそうなチームもあるな。精進せよ」

 敬礼で、その言葉を受け取る教師たち。
 下界の教師は、すべて主界。……もしくは、影。だが、それは稀。どちらにしろ、実力者が集っているので、安心して下界の魔法使いを育てられるシステムになっている。それは、上界に上がり安定してチームで任務を取れるところまで見届けるのが基本。
 故に、風音もしばらくは今のチームを担当していくのだろう。彼に正体がバレて……と言うより、勝手にバラして……多少任務がやりやすくなったユキは、素直に喜んだ。

「では、次もよろしくお願いいたします」
「よろしく。……あぁ、ユウトくん武井くんザンカンでの報告を」
「承知です」
「はっ!」

 定例会自体が、報告会そのものだったらしい。皇帝の言葉で解散になると、ぞろぞろと教師陣が部屋を退室する。……数名、いつもあるはずの扉に目を向けているが、まあ気になるよな。わかるよ。

 名前を呼ばれた2人だけ、その場に止まった。 
 全員がはけたのを気配で感じ取ったユキは、机の下でパチパチと音を立てて青年の姿へと身体変化させる。そして、

「よっ、お2人さん」

 と、机の中からひょっこりと顔を出し軽く手を挙げた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

王妃の手習い

桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。 真の婚約者は既に内定している。 近い将来、オフィーリアは候補から外される。 ❇妄想の産物につき史実と100%異なります。 ❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。 ❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...