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2:闇の組織「ナイトメア」

02-エピローグ:セピア色の夕暮れ

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 これは、彼女が管理部に入る時のお話。
 天野ユキは、5歳だった。



「お主がわしの下につくなら、この空間魔法でいつでも両親に会えるよう手配しよう」

 両親を亡くして数週間後。皇帝は、何度も何度も本妻であるミツネとユキの仮住まいを訪れた。
 それを、鋭い殺気で全て追い返していた幼い彼女。その後ろには、燕尾服に身を包んだ男性が静かに佇んでいる。

「……そんなのできるわけない」
「できるのじゃよ、レンジュの皇帝になったらこの力が受け継がれるのが掟じゃ」
「うそだ!」
「……一見は百聞にしかず。ミツネ、ちょっとだけ手伝ってくれ」
「はい」

 そう言ってユキの否定を聞かずに皇帝は、手を否定し続ける彼女に向かってかざした。

「っ……」

 それをシールドで防ぐ彼女の瞳は、何も写っていない。ただ、目の前にいる「大人」が自分を攻撃しようとしているという誤解をしていた。

「血族技、シールド無効」

 ミツネの声は、とても透き通っていた。一瞬、ユキが威嚇を忘れるほど澄んでいて、また、その行動も凛としていて見とれてしまう。

「……」

 目の前で、必死に出したシールドが粉々に破られる。ユキの出すシールドは特別で、壊れることがないものなのに……。その事実を信じられず、固まってしまう。
 そこに、

「レンジュ国魔法、時間軸移動展開」

 と、皇帝がこれまた透き通った声で詠唱する。

「……過去へ」

 まっすぐに伸ばされた手からは、目を閉じてしまうほどの明るい光が。ユキも例外なく、光を遮るように腕で黄色い瞳を覆う。

「!?」

 その時。
 自分の周囲が歪んでいくのがわかった。グラっと地面が揺れたと思ったのも束の間。そのまま下に落ちていく感覚に

「わ!やめて!いやだ!いやだああああああ!」

 と、ユキは力の限り叫んだ。後ろにいた燕尾服の男性に助けを求めるも、反応はない。

「行ってらっしゃい」

 目の前にいた2人も、その声が聞こえていないようにおっとりとした笑みをユキに向けている。
 騙された、そう感じるも魔法のかけられた彼女には何もできない。
 ユキは、暗闇の中に落ちていった。

「皇帝。あの日の映像は……」

 すると、今まで黙りこくっていた燕尾服の男性が口を開く。その瞳は、青と黄のオッドアイ。落ち着いた声で、皇帝へと問うてくる。

「見せぬよ。今は、見せぬ」
「……ありがとうございます」

 彼は、目の前で眠っているユキを優しい瞳で見つめながら頭を撫であげた。



 ***



『お母さん!明日隣町に新しい公園ができるんだって!結構大きいって聞いた』

 そこには、今よりももっと幼い……覚えている限り数ヶ月前の出来事だった気がする……ユキが母親に向かってはしゃぎ声をあげている。

『あら、そうなの?』
『うん!かんなちゃんが言ってた』
『じゃあ、みんなで行ってみる?』
『行く!お弁当作って!』
『はいはい。イチにも聞いてみるわね』

 キッチンで洗い物をしていた母親……ななみは、タオルで手を拭くとエプロン姿のままリビングへと向かう。

『イチ、明日なんだけど……あら、いないわ』
『あれ、さっきまでテレビ見てたんだけど……』
『そうよねえ。今まで気配あったのに』
『……わ!』

 2人がリビングを見渡していると、真後ろから大きな声がする。

『きゃ!』
『え!』

 その声に反応するかのように、ななみが真後ろに向かって魔法で風を巻き起こす。

『うわ!』

 後ろにいたのは、イチだった。
 彼は、ななみの攻撃を受けて後ろに吹き飛ぶ。

『……ちょっと!驚かせないでよ!』
『お父さん!?』

 ちょうど、野菜や果物が置いてあったスペースにぶち当たったらしい。なぜか、倒れた彼の頭に潰れた桃が張り付いている。

『ななみ、もっとお前は冗談というものをだな』
『何よ!冗談じゃないわ。悪ふざけはよしてよ!』

 と、怒るものの、桃の付いたイチの格好を見て笑い出してしまう。

『お父さん、肌かぶれるよ』
『うお、なんだこれ』

 潰れた果実から、汁が滴る。それが、額を伝って彼の顔にかかった。

『桃だよ、美味しい?』
『あー、甘い』
『もう!それ今日のデザートだったのに!』

 そう言って、ななみはイチの手を引いて立ち上がらせた。その後ろをみると、トマトが潰れているのも見える。きっと、イチのお尻にはトマトの汁が付いているだろう。

『げ!服が!』
『そんなの洗えばいいの!今日のサラダに使う予定が台無しじゃないの!』

 と、ななみは自分が放った風魔法を棚にあげてぷりぷりと怒っている。

『まあまあ、ちょっと待ってよ』

 そう言うと、イチが潰れた食材に手をかざす。

『わあ、すごい!』

 それらは、光が消えると綺麗に元に戻った。もちろん、彼の頭にこびりついた桃も、お尻のトマト汁も。
 見ていたユキが、歓喜の声をあげる。

『ふん、自分だけ良いところ見せて!私もできるんだから』

 と、ななみは少々ご機嫌斜め。

『はいはい、可愛いよ』

 そんな彼女の額に口付けするイチ。なんだかんだ言って、仲良しなのだ。元に戻した食材をななみに手渡すと、

『ユキも、可愛いよ』

 イチは、力強くユキを抱き上げ頰にキスをしてくれた。

『お父さん、大好き!』

 その笑顔が、「幸せだ」と大きな声で言っている。今、私は「幸せ」なのだ、と。

『はは!父さんも大好きだ』
『ユキ、ずっと一緒よ』
『うん!みんなで一緒!』


 ***


 それは、スクリーンに映し出されている自分の過去だった。

「……ぐすっ」

 皇帝の魔法によって落とされた先には、大きなスクリーンがひとつ。
 他は、何もない。

 ユキは、そのスクリーンに映し出された過去の映像をジッと見て涙を流していた。

「お父さん、お母さん」

 そこに映る日常は、もう帰ってこないもの。スクリーンをぶち破って、自分もそっちに行きたい。そう思うが、どうしてもこれより先にいけないような魔法がかかっているようだった。

「……少しは信用してくれたかな」
「!?」

 急な声に驚き、後ろを振り向くと皇帝が1人で立っていた。

「わしの下に来てくれたら、いつでもこの景色をお主に見せよう」
「……」
「ただし、お主のご両親が亡くなった日の映像は見てはいけぬ。約束できるかの?」
「……お父さんとお母さんは誰に殺されたの?」
「それを教えたところで、お主はそやつに復讐する。お主は弱い。今はまだ、教えられぬ」
「強くなれば、教えてくれるの?」
「そうじゃの。その時が来たら、教えよう。レンジュ皇帝の名にかけて約束する」

 その言葉に、ユキは涙をぬぐい、

「入ります。私も、あなたの……皇帝直属の管理部に。入れてください」

 と、立ち上がって皇帝に向かって深く頭を下げる。その言葉を言った彼女は、5歳ではなくもっと大人びた表情をしていた。

 空間魔法に囚われた彼女は、今後管理部としてレンジュ皇帝の下で汚れ仕事をこなしていく。そして、暇があれば空間魔法で過去に飛んで両親に会いに行くことになる。

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