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2:闇の組織「ナイトメア」
7:背負った業が漆黒でも
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復讐に駆られた、綾乃の振り下ろした手を止めたのは……。
「……あなたは」
「これ以上は、身体に負担がかかりますよ」
白いシャツにジーパン姿の青年ユキだった。彼は、息の乱れた綾乃に向かって優しく微笑む。
綾乃の攻撃が止むと、シールドを張り巡らせ緊張していた浅谷がその場に崩れ落ちた。ユキの登場によって、一気に身体の力が抜けてしまったらしい。拍子抜けたような表情をしながら、突然登場した人物を眺めている。
「しかも、憎悪の魔力。教師が出して良いものですか?」
「そうよ……。私は、教師……」
その言葉にハッとした彼女は、自分に言い聞かせるように小さくつぶやく。と、同時に、溜まっていた涙が一粒頬を伝った。
綾乃は、そのまま今まで居た位置より一歩後ろに下がる。そこに居たらまた攻撃的な自分になってしまう、とでも言うように。
「それで良いんですよ、あなたは。……さて、ナイトメアの浅谷まさ。どうしましょうか」
綾乃の行動に安堵したユキは表情を変え、立つことすらできずにいる浅谷を上から見下ろす。その目に、いつもの優しさはない。
瞳孔を見開き、無を貫く。その表情は、作り出しているものではなかった。彼の中に渦巻く何かがそうさせている。
「ふん。誰だか知らないが、助かった」
「勘違いしないでください」
彼の言葉に被せるよう、ユキはこう続けた。
「俺は、先生を人殺しにしたくなかった。それだけです」
その、淡々とした言い方に、浅谷が渋い顔を見せる。足がガクガク震えているところを見ると、しばらく彼は立てないだろう。
屋上の床にへばりつくように倒れる彼は、ユキから視線を反らせないかのように固まる。それほど、異様な雰囲気がその周囲を支配していた。
「先に、目的を聞きましょうか」
「……麻薬を広められない状態になったから、爆破させろと組織に言われた」
ユキの気配に、ただものではないと感じたのだろう。あっさりと、その口を割ってくれた。しかし、何を考えているのか、その表情は苦渋に満ちている。
「なぜ、広められないと?」
「魔警直属の『光』と麻取が、うろついている情報を掴んでたからだよ……」
「なるほど。でも、そんなのくぐり抜けられるじゃないですか。あなたたちなら」
「……」
急に、浅谷が黙りこくった。ない腕の部分をおさえ、下を向いてしまう。
止血しないと、そろそろ貧血で倒れるだろう。下手すれば、失血死する。それほど、床には血だまりができていた。
しかし、ユキは止血をせずそのまま話し続ける。後ろで聞いていた綾乃も、何も口を挟まずその様子を見ていた。
光とは、皇帝直属「影」に対する魔警の秘密組織のこと。
頭脳は影ほどではないが、運動神経や直観力、判断力は影をもしのぐといわれていた。個別行動の影に団体行動の光、誰がメンバーなのかわからない影に登録されメンバーの割れた光。その対照的な存在は、国民の間でも人気が高い。
そんな光は、組織単位の暗殺などの任務を課せられている。真っ白な戦闘服に身を包み姿を隠さずに戦う姿は、まさに「光」そのもの。狙った獲物は逃がさないといわれている、魔警の……国の番犬だ。
「その様子だと、あなたはいてもいなくても影響のない下っ端を抱えて組織に厄介払いされた……。ってところですかね」
「……黒世であいつ殺してから、どうもトップが俺を厄介払いしたくて仕方ないらしい。いつも綱渡りさせられてるよ」
「で、何かで失敗したんですね」
「そんなところ。なんで、黒世がナイトメアがしでかしたことだってバレたか知ってるか?」
「ええ。禁断の書が返却された時に痕跡を消さなかったから、ですよね」
返却の話は、事前に皇帝から聞いていた。ユキは、淡々とその聞かされた事実を口にする。どうやら、その返却を彼がやったらしい。
返却された禁断の書には、持ち出されてもその存在を追えるよう魔法がかけられている。その魔法で、ナイトメアの拠点が割れてしまったのだ。その拠点には、すでに影が複数向かっているとのこと。
ユキもそこに加わりたかったが、別で請け負っている護衛任務の相手がアカデミーにいる。ここを離れるわけには行かなかった。
「そもそも、そんな魔法がかけられてるって聞いてねえんだよ。騙されたんだ」
「……お粗末すぎません?普通なら、そういう重要なものには探知魔法がかけられていることくらい常識だと思いますが」
「うるせえ!そこまで知るか!」
「はあ。きっと、あなたのいた拠点はダミーですね。どうせ、行ったってその様子じゃ何も残ってなさそうだ」
きっと、その拠点はユキの言うように囮だろう。すでに撤退され、建物だけしか残っていないかもしれない。でなければ、今まで国をあげて調査しても謎に包まれている組織である説明がつかない。
それほど、上層部は頭脳派の人間が占めているのか。憶測だけでは何も言えないが、目の前にいる彼が組織に捨てられたことはここにいる人間全員が理解していた。案の定、綾乃が哀れみの目を打ちひしがれている彼に向けている。
「あいつらは、簡単に人間を捨てる。組織でいくら貢献しても、実験体として簡単に殺す」
「……」
「ただ、俺は被験体にもなれない存在らしい。だったら、これを成功させて組織を見返したい。そう思ってもおかしくないだろ?」
「なぜ、そこまでして組織にこうべを垂れるんですか?」
「……上層部に憧れるからだよ!あのブレーン、存在感、行動力!俺の憧れさ。吸血鬼にキメラ、食人鬼にマッドサイエンティスト。上層部には、よりどりみどりな人材が集まってる!あいつらの手にかかれば、皇帝の首なんて一瞬で吹き飛ぶさ!レンジュ大国と一緒にな!」
「それは……」
息切れを起こしながら、彼は悪夢のようなことを淡々と言い出した。その情報が嘘か誠か。聞いていた2人には判断できない。それほど、現実ではあり得ないことだった。
吸血鬼や食人鬼は、危険な存在故に生活している国によって徹底的に管理されている。謎の組織に所属できるわけがない。マッドサイエンティストはいるかもしれないが、定かではない。
それよりも、キメラだ。キメラとは、人間と魔法石を違法な魔法によって結合させたもの。その存在は、魔法界で禁忌とされている。
ユキが、その話を聞き出そうと口を開くと
「……さて、おしゃべりはここまでだ!お前のおかげで、時間稼ぎができたよ!」
「時間稼ぎ……?」
「講堂に爆弾を設置したってことだよ!いつ爆発しても……おかしくない!!」
表情を歪ませた浅谷が、狂ったかのように叫び出した。ぼたぼたと滴り落ちる血が、その狂気に拍車をかける。
「まさか……魔道館に!?」
どうやら浅谷は、会話の最中にテレパシーで組織の人間を魔道館に配置していたらしい。その言葉を聞いた綾乃は驚き、講堂のある魔道館が見える位置に素早く移動した。張り巡らされた低い柵に彼女の身体が勢いよくぶつかり、カシャンと音を立てる。
しかし、その様子は何も変わっていない。魔道館は、相変わらず主界の魔法使いがフィールドを張って守っていた。綾乃は、首を傾げる。
「……?」
「ははははははは!!遅かったな!」
その状況とは裏腹に、勝ち誇ったかのような笑いをする彼。ユキは、そんな彼を見ても眉ひとつ動かさず表情を変えない。もう少し組織の情報を聞き出したかったようで、口を開こうかどうか考えている。
「どうした!焦ろよ!もうすぐあの魔道館ごと生徒も主界も、中にいる皇帝も吹っ飛ぶんだぜ!」
「わ、私、魔道館に向かいます」
見えない何かが魔道館を包んでいても、魔法を使っているならあり得ないことではない。浅谷の態度に慌てた綾乃は、魔道館へ向かうため移動魔法を唱えようとするしかし、
「待ってください、先生」
ユキが変わらない声で、それを止める。
「なんですか!早くしないと」
「どうして俺がここに来たのか、わかりませんか?」
「は?あの女を止めるためってさっき」
ゆっくりと言い聞かせるかのような口調でユキが話しかける。それと同時に、今まで晴れていた空に大きな雲が増えていった。それは、次第に太陽の光を覆っていく。
浅谷は、しばらく口をつぐんでいたが、
「まさか……!」
何かに気づいたのだろう。唖然とした表情を見せた。その表情を見たユキは、浅谷から一歩下がる。そして、
「自己紹介が遅れました。俺は、皇帝直属特殊部隊影と申します」
子どもに語りかけるかのようにそう言って、バカ丁寧に頭を下げた。
それを聞いた2人は、穴が開くのではないかと思われるほどユキを見る。
それもそのはず。影は、マントで姿を隠すのは基本だ。しかし、目の前にいる彼は、マントを着ずにそこに立っている。これは、違法行為である。
「まさか……浅谷の情報はあなたが教えてくれたのね」
「はははは!そんなこと言って!影はマントで姿を隠す!そんなことも知らないのか!」
綾乃先生は唖然とし、全身硬直したかのように動かない。一方浅谷は、影に向かって組織の情報を話してしまったためか、焦りを隠すかのように早口で喋り出す。
「知ってますよ。だから、自己紹介したんです」
そんな対照的な2人を交互に見て、ユキが笑う。
「あなたの部下さんは、もう爆弾を処理されて安全な場所にいますよ」
「ウソだ!テレパシーで配置完了と返ってきている!はったりだ!!」
「あぁ。あれ、俺です。上手でしょう」
「そ、んな……バカなこと」
テレパシーは、直接相手の脳に語り掛ける魔法だ。そんなことがあるわけがない。そう思うが、浅谷はユキの余裕な笑みに自信を無くす。
「どうします?降参とかしちゃいます?」
その挑発的な言葉に浅谷は怒りを覚えたようで、立ち上がり
「畜生!!!!」
と叫びながら、ユキに向かってよろけながらも走ってきた。
片腕がないのでバランスを取るのが難しいのか、流しすぎて血が足りないのか。彼は、ユキにたどり着く前に転んでしまう。
「畜生、畜生……」
その場でうずくまると、怒りの言葉が口から漏れ出す。
「あいつだって、殺すつもりはなかった……」
あいつとは、雫のことだろう。それにすぐ気づいた綾乃は、ユキの近くに行き同じく彼の発言に耳を傾ける。
「でもよ、1人殺したら一緒なんだよ!何人殺ろうが!あいつが!あいつのせいで、俺はこんなになったんだ!!組織で冷遇されたのも、こうやって厄介払いされたのも!全部全部、あいつのせいだ!!!」
その言葉は聞いていられないほどの身勝手なもの。
人を傷付け、狂わせ、殺し。そんなことを繰り返していても、自分が悪いとは認められないのだろう。
ユキは無表情のまま、コツコツと靴を鳴らし浅谷に近づいた。屋上に、その音が不気味なほど響く。
薄暗くなった周囲が、その不気味さに拍車を掛けた。雨雲が、みるみるうちに青空を隠していく。
「そうですか」
ユキはそう呟くと、彼の頭のてっぺんを素手で軽々と持ち上げ天高く吊るした。2人の身長差が顕著にあらわれる。
「なにすんだよ!離せよ!」
浅谷がバタバタと暴れる中、ユキは微動だにせず。どこからそんな力が出ているのかわからないが、ピタッと掴んだ頭を離さない。
「あいつが!あいつが全部悪いんだ!真田雫が!あいつが!!!」
その光景を見る綾乃先生の感情に、既に怒りはなかった。
むしろ、滑稽さに眉をひそめる。ユキを止める気は毛頭ないらしい。その光景を、立ち止まって見ていた。
「そうやって、すべてを他人のせいにして生きてきたのね」
彼には聞こえない、小さな声でそう呟く。
「あんなやつに、雫は殺されたのね」
同情、哀れみ、そんな感情が彼女を一層沈めさせた。一緒に教員生活を送ってきた日々が、夢に思えてくる。それほど、綾乃は現実を受け入れてしまった。
それよりもなぜあの日、雫と一緒に行動できなかったのか。今になってそれを悔んだ。自分ならこんなやつ一撃で倒せたのにな、という思いが巡る。
「違う!俺じゃない!」
そう彼女が思考を巡らせている最中、暴れる彼を柵の外へ強引に持っていき腕一本で宙づりにさせるユキ。柵には、彼の流した血がこびりついた。しかし、それを気にしているところではない。
「俺じゃねえんだ!あいつなんだ!!!」
浅谷が暴れ叫び続ける中。相変わらず無表情のユキは、無言のまま頭から手を離した。
その数秒後、ゴリッと何かのつぶれる音が屋上にまで響き渡る。
すると、薄暗い雲から雨が降り出した。
それは、彼女の心を表しているのか。
ユキは、下を確認せずに振り向き、
「いけなかったかな?」
と、後ろにいた彼女へ一言声をかける。
「……いいえ」
綾乃はその問いに対し、彼の目をまっすぐに見つめながら答えた。
その頬に伝うのは、雨か涙か。
ユキには、その違いがわからない。
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