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2:闇の組織「ナイトメア」

1:赤い地面、黒い影①

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 チームの顔合わせが終わっても、ゆり恵の心臓はまだバクバクと音を立てていた。

「ゆり恵ちゃん、一目惚れかな?」

 そんな彼女を見て、まことは手を動かしつつも全力で茶化してくる。

「はあ、ドストライクだったから緊張しちゃったよ。変に思われてないかなあ」
「はは。ユキは嫌な顔してなかったし、大丈夫でしょ」

 チーム解散後、まこととゆり恵は教室に残った自分の荷物を取りに行っていた。耳を澄ますと、演習場からの活気が満ちた声がここまで響いてくる。まだ、みんなは解散せずにやっているということか。真面目な2人は、少しだけ後ろめたさを感じるようで聞こえないふりをする。
 ちなみにここに居ない早苗は、「昨日のうちに全部持ち帰った」そうで、2人を唖然とさせた。

「早苗ちゃん、あんな荷物多かったのにいつ持ち帰ったんだろう」
「早苗ちゃんは計画性のある子だからね。一緒に行動していたら私にも身につくかな……」

 この2人だけに限らず、アカデミーでは大量の、しかも分厚い本を扱うため荷物がかなり多くなる。卒業生の最後の難関は、実は試験ではなく荷物の持ち帰りとまで言われているほど。

「ま、無理でしょ」

 まこともゆり恵も、計画性という言葉が辞書にない。いつも、持ってくるものや持ち帰るものは最後まで溜めておくクセがあるため、忘れ物は数知れず。
 まあ、そのことで2人同時に綾乃からお叱りを受ける機会が多かったためお互い仲良くなったのだが。

「だよね、自分でもわかってる。早く魔力増幅させたいなあ。そしたらさ、こんな荷物瞬間移動させられちゃうし」
「自分も瞬間移動させたいけど。そしたら色々楽だし」

 物を移動させるのは、魔力があれば誰にでもできる。
 しかし、自分自身が移動するとなると、相当高度な魔術やコントロールが必要になるのだ。もし、下手にやって失敗なんてしたら身体が真っ二つになりかねない。

「それはまだまだ先だね。早く強くならないと」

 アカデミーでも、移動の方法は学んでいた。2人とも、教室の端から端までの距離なら物を移動させられる。
 が、瞬間移動となるとやはり一部しか移動できず残りはそのままそこにある、なんてことも珍しくない。それが、人だったら……と考えたら恐ろしくて誰も自身を移動させようなんて思わなくなる。

「荷物それだけ?」

 ゆり恵は、持ってきた旅行用の大きなキャリーバッグに魔導書を詰め込みながらまことに聞く。

「うん」

 登山用リュックを背負ったまこと。ファスナー部分が角ばっていて、無理やり閉めた感が出ている。

「ちょっと待ってて。あとコレ入れれば終わる」
「わかったよ」

 まことは、そのまま薄暗い教室の入口でゆり恵を待つ。すると……。


「逃がすな!」
「追え!」

 ふいに、遠くから怒鳴りに近い声が聞こえてきた。

「何?」

 ゆり恵も、気づいたようだ。丁度、キャリーバッグのファスナーを閉めたところだった。彼女は、声が聞こえた窓の下を見る。

「魔警がいる!」
「魔法違反者?」
「麻取もいるよ」
「ってことは、麻薬関係?」

 まことも、ゆり恵同様に窓の外を見る。そこには、重装備の魔警と麻取が複数人一方向に進んでいた。

「アカデミーで?」
「うーん、逃げ込んだのかな。早く帰ろう」

 と、教室の出口に向かおうとしたその時。
 ジリリリリ、とアカデミー全館に警報が響いた。

『各アカデミー生に継ぐ。現在、主界の犯罪組織がアカデミーに侵入。アカデミーにいる全学生は、魔導館講堂に避難せよ。繰り返す……』


 7年間ここに通い詰めた2人は、顔を見合わせる。今まで、こんな音を聞いたことがない。一気に身体へと力が入るようで、2人とも肩が少しだけ上がる。

「大変だ、主界だって」
「ど、どうしよう!」
「魔導館の講堂に向かおう」

 まことを筆頭に、ゆり恵も荷物を持つと教室を出る。すると、教室の続く廊下には、おびただしい数の生徒。放送を聞いた生徒たちが、講堂へと向かっていた。
 2人も、それに合流する形で生徒の流れに入り講堂を目指す。防災訓練の一環として、こんな移動の練習はしたことがある。だからなのか、パニックを起こす人はいない。
 ゆり恵は、できるだけキャリーケースを身体に密着させて場所を取らせないよう気をつかう。すると、後ろから先ほどまで会話していた人物から声がかかった。

「あ、いたいた」

 と、誰かがまことの肩を叩く。後ろにいたゆり恵は、その顔が見えると安堵の表情を浮かべた。

「ユキ君!」

 ユキは、嬉しそうな声を出すゆり恵のキャリーバッグを持つと、

「こっち、近道だって。早苗ちゃんに教えてもらった」

 と、言って流れに逆らって歩いて行く。それに続く2人。そんな近道あったのだろうか?そう思いながらも、2人は彼を見失わないように早足でついていく。

「ユ、ユキ?」

 人の流れが激しすぎて、見失いそうになる。それでも何とかついていくと、中庭へと向かう通路が見えてきた。
 通路に入ると、そこには3人だけ。不自然に思ったまことが振り向くと、先ほどまでたくさん居た生徒がいないことに気づく。

「ここ、中庭だけど」
「……講堂は、魔道館よ」

 ゆり恵がそう言うと、目の前にいた彼は振り返って笑った。それは、勝ち誇ったかのような、不気味な笑い方だった。こんな彼を、2人は知らない。
 中庭を吹く心地よい風が3人の間を通り過ぎるも、それは、少なくとも2人にとって「寒さ」としか感じられない。それほど、不気味な空間だった。

「ふふ、はは……」
「ユキ君?」

 今日初めて来たはずのに、魔導館の場所がわかるなんておかしい。そうゆり恵が思ったのは、視界に両手を広げたまことが入ってきた時だった。

「まこと!?」

 何かがおかしいと気づいた時、ゆり恵はすでに身体が硬直してしまい動けなくなっていた。
 目の前で不気味に笑う彼の手から鋭いナイフらしきものを確認するも、どうしようもない。恐怖でまことの服を掴みながら、そのナイフから放たれる太陽光の反射に思わず目を瞑った。

「うっ……」

 すると、苦しそうなまことの声が耳に響く。
 恐る恐る目を開くと、間に入った彼の肩にピカピカに磨き上げられたナイフが刺さっていた。そこから血がにじんでいるのが、後ろから見ていたゆり恵にも生々しく映る。背負っていたリュックの肩ひもが切れ、そのまま地面にドサッと音を立てて落ちるもなにもできない。

「ユキ君!なんてことを!!」

 真っ青な顔をして倒れそうになるまことを支え、ゆり恵がユキに向かって叫ぶ。しかし、目の前で笑っている彼は、それが聞こえていないようにまことに刺さったナイフを魔法で操り、傷口をえぐり続ける。その度、そこから血が滴り落ち地面を真っ赤に染めていた。見ると、まことの上半身も真っ赤になっている。

「ぐあっ……ゆり、恵ちゃん。だいじょぶ……?」
「まこと……まこと」

 そんな状態でも、まことはゆり恵のことを心配してくれていた。恐怖に支配されてしまった彼女は、まことを支えている手が震えていることに気づくも何もできない。
 いつも、お昼ご飯を食べたりクラスメイトと談笑したりしている中庭。同じ場所なのに、ゆり恵には天と地の差があるように感じていた。現実を受け止められていない彼女は、必死に日常に戻ろうとアカデミーで過ごした日々を頭に思い浮かべる。しかし、その時間すら彼女には許されない。

「え?」

 混乱するゆり恵の方に向かって、目の前のユキはもう1本ナイフを取り出す。
 次は、自分の番だ。ゆり恵がそう思うも、やはり何もできない。カタカタと震える全身を必死に抑えることが精一杯の様子だった。

「ゆり恵ちゃん……逃げて」

 まことは、歯を食いしばって立ち上がると両手を横に大きく広げ、そんなゆり恵を守る。下手に魔法を使って、彼女を怪我させるわけには行かない。そう判断したのか、その身で彼女を守ることにしたらしい。

「無理よ!……そんなこと、できるわけ、ないじゃないの!」

 どうしたら良いのかわからず、ゆり恵はその場から動けなかった。魔法での攻撃を試みるも、乱れた魔力ではどうしようできない。
 宙に浮いたナイフは、そのまま真っ直ぐ2人の方を向く。ユキは右手を高く掲げると、躊躇することなくそれを振り下ろした。

「ああぁあああ!!!!」

 まことの腹部から鮮血がほとばしり、同時に血を吐き崩れ落ちる。
 ゆり恵は、こんな時に呑気に「これって夢?」と思っていた。さっきまで、昇格してチーム組んで喜んでいたのに。さっきまで、彼としゃべっていたのに。そうやって現実逃避することしか、彼女にはできなかった。

「え?ま、まこと?……まこと!!ユキ君、どうしちゃったの!?」

 震えが、涙が、何もかも止まらない。彼の倒れた地面に、先ほどとは比でない血だまりが広がっていく。まことを揺さぶるが全く動かない。力が抜けているのか、ゆり恵の揺さぶりに反応するだけ。

「まこと……嘘でしょ。まこと?」

 真っ青な顔をしたまことの息は、次第に小さくなっていく。そんなのおかまいなしのユキは、再びナイフを取り出し彼女へと投げる。

「……っ」

 怖い。痛い。私もまことみたいに……。
 まことみたいに、ここで死ぬんだ。

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