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1:レンジュ大国管理部所属、天野ユキ
7:試験の罠
しおりを挟むユキは、実践室の扉を落ち着いて開ける。そして、試験管に向かって、挨拶すべく笑顔になって声を発した。
こういうのは、最初の印象が大事だ。
「初めまして、カザグモ出身の天野こうちゃぁぁぁん!?!?」
実践室に入るなり、ユキは皇帝を見て叫んでしまった。これでは、第一印象もなにもない。
「「「こうちゃん!?」」」
そんなユキの言動に、試験官全員が皇帝の方を見る。そりゃあ、驚きますよね。
「いや!こうちゃんとか、かっこ悪いこうちゃんとか、どんくさいこうちゃんとかなんて言ってない!!」
と、驚愕する試験官に向かって余計なことを話しまくるユキ。その声は、明らかな焦りが見える。どうやら、彼女も焦るらしい。
「そ、そうですか」
「そうなんです」
いや、誤魔化すどころか、余計なこと言いましたよあなた。ユキは、「なんとかごまかせた」という表情を隠そうともせず相槌を打ってきた試験官の1人に返答する。そして、
「天野ユキです。何か新しいことを学べればと思います」
お得意の爽やかスマイルでそう言うと、改めて一礼した。これで許されるということは、やはり顔が整っているのは得ということか。綾乃は、
「初めまして、今回卒業するクラスの担任綾乃みなみと申します。天野さんは、試験官の後ろで見学していてください」
と、仕切り直すようにハキハキとした口調で言った。その言葉に再度頭を下げると、ユキは試験官の後ろへと移動する。皇帝からの視線が痛かったが、まあ気にしなければなんてことない。
それよりも、試験官を横切った時
「……」
皇帝の隣に座る男性へ気づかれないように目線を向ける。その男性から、うっすらではあるが殺気のようなものが放たれていることに気づいたのだ。
「では、八坂先生。次の人を呼んできてください」
「わかりました」
皇帝の隣に座っている男性が、立ちあがり扉へと向かった。どうやら、その試験官は八坂という名前らしい。その動作を見ているも、先ほどのような殺気は感じない。ユキの気のせいだったのだろうか。
「次、どうぞ」
その八坂の言葉で、小柄な女生徒がおずおずと実技室へと入ってくる。
「よ、よろしくお願いします」
その女生徒は、緊張して声が震えていた。開けられた扉から中に入ると、深々と一礼し震えながら試験官の前に立つ。しかし、集中できていないのは誰の目から見ても明らかだった。それでも、感情を表に出さず、
「よろしくお願いします」
と、綾乃は挨拶を返す。それに安心したのか、女生徒の震えはなくなったようだがやはり緊張はすぐに取れるものではない。
今回の試験内容である召喚に必要なのは、集中力と想像力。どちらかが少しでも欠けていると、失敗してしまう。緊張なんてもってのほかだ。
「し、召喚、えっと……伝書バト!」
女生徒から感じる魔力は、かなり弱い。緊張のあまり、魔力が身体に密着せず空気中へ流れてしまっているのがはっきりと見えた。これでは、いくら想像してもうまくいかないだろう。
「……あ」
女生徒が召喚したものは、スズメだった。落胆の表情が、スズメを更に小さくする。
「はい、終わりにしてください」
綾乃は、いつも通りの口調で女生徒に話しかけた。女生徒は、真っ赤になりスズメを消すとうつむきながら退出していった。
退出後、試験官は合否を出すために手元の書類に書き込みをする。そこで、言葉は交わされない。その動作は、手慣れたもの。きっと、何度も同じ工程を繰り返してきたのだろう。
ユキの立っている場所から用紙の中までは見えないが、不正をしようとたくらんでいる人は見当たらない。仕事柄、こういうことに目が行ってしまう。無意識にそう分析していた自分に気づくと、ユキはフッと笑ってしまった。しかし、
「……」
八坂だけ、今の女生徒の名前欄を凝視していることにも気づいた。後ろから見ていたユキに彼の表情は見えないが、資料を持つ手に入った力が異常に見える。
「次、よろしいでしょうか」
「私は大丈夫です」
ハッとしたかの表情になって答えた彼に、他の試験官が同調するように頷く。その動作だけで確信つけるのは危ない。ユキは、静かに見守ることにした。
次は、まことだ。試験官の用紙は、全員がまことのデータになっていた。チラッと覗き見ると、魔力ステータスや得意な術式などが書かれている。……まあ、あまり覗き見は良くない。
「では、お呼びしましょう」
ユキは、まことが部屋に入ると、怪しい動きをしていた彼に視線を向けた。しかし、特に変わった様子はなく、なんなら先ほどの女子生徒の方が熱心な態度だった気もしてくる。護衛対象が標的でないなら、あまり神経質にならなくても良いかもしれないと、少しだけ力を抜いた。
「……」
ユキがそんな思考を展開していると、まことの実技が始まった。しかし八坂は、目の前で繰り広げられている実技を見ながらも先ほどの生徒の用紙を何度も確認している。
「終わりです」
そう言った彼は、杖からオオカミを召喚し唸り声を上げさせた。アカデミー生で、召喚獣に声を出させるのは高度な技になる。まことは、それを軽々とやり遂げた。
「素晴らしい」
「まさか、声まで聞けるとは」
「魔力コントロールがしっかりできているんだな」
下界の人でも、声を出させることは難しいといわれている。これで、まことの合格は間違いないだろう。召喚獣を消すと、試験官の呟きに微笑みそのまま退出していった。その後も、アカデミー生が代る代る実践室に入り、試験は続く。
ユキは、数十人見て、わかったことがある。八坂は、成績が思わしくなかった生徒を見ていたのだ。それも、魔力不足だと思われる生徒を。
……なんのために?その理由が見つからない。
「……」
先ほどの殺気は、かなり薄かったが気のせいではない。まこととは関係なかったので任務外ではあるが、なぜかユキには気になった。
「お疲れ様でした。今の生徒ですべての試験が完了しました。結果を集計するので用紙を私にください」
綾乃は、試験官の前に積み上げられていた用紙の束を回収する。そして、彼女が素早く手を一振りすると用紙の束が2つに分かれた。
「こちら、合格者の用紙になります。今年は、12名が合格です」
「やはり、その中でも真田君はズバ抜けてましたね」
「彼は良い魔法使いになるでしょう」
実技室は、試験が終わり穏やかな空気になっていた。しばし、試験官同士の談笑が続く。
「天野さん、いかがでしたか」
綾乃は、不合格者の用紙を腕に抱きながら後ろにいたユキの方を向く。
「早くチームを組みたいですね。楽しみになってきました」
それは、心からの感想だった。その言葉に、微笑む綾乃。
「そうですね。下界のチーム組みの結果は明日、このアカデミーにて行われます。楽しみにしていてください」
そう言うと、合格者分の用紙も手に取り颯爽と実践室を後にする。
「(かっこいいなぁ)」
ユキは、そんな彼女の後ろ姿を見て思う。きっと、教師という仕事に誇りを持っているのだろう。立ち振る舞いからもそれが感じられた。その後ろ姿が、アカデミーの教師だった母親と重なる……。
「では、私もここで失礼します」
八坂も、綾乃の後に続くように立ち上がった。
ユキは、一瞬だけ皇帝を見てから彼が出ていった方向に視線を向けた。皇帝は、その様子に気づくと周囲にわからないように「行け」と合図する。それを確認し、ユキも実践室の入口へと向かった。
「本日はありがとうございました」
「明日から頑張れよ」
試験官の1人が、ユキの背中を叩き励ます。こういう挨拶は、しておいた方が周囲に好かれやすい。ここでも、ユキのコミュニケーション力が発揮される。
「はい!」
笑顔でそう言い実践室の開け放たれた扉をくぐると、八坂の気配を追い歩き出した。
「……」
なにかある。
ユキの直感は、そう告げていた。
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