【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

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番外編

新しい風

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「リディアン王子! お待ちを!」

 手を振って走って来ようとしているのは、伯爵と子爵だ。
 どちらも来年の予算を不服として、申し立てをしていると聞き及んでいる。

「悪いが、時間切れだ」

 俺は、やっと届くか届かないかと言った声量で告げて、馬車に乗り込む。
 そのまま、二人が追い付く前に馬車は走り出し、俺は窓のカーテンを閉めた。
 これ以上足止めされたら、今日もタカトとすれ違ってしまう。
 昨夜だって、部屋に入ろうとしたら、カミロとグンターに止められた。
 今日こそは、早く帰ってタカトの顔を見る。

 馬車は、石畳の上を走り抜け、一路アデラ城へと向かう。
 アデラフィールド城。
 母の名前を冠した城が、今は遠く感じてしまう。

「リディアン様、危のうございます」

 馬車がまだしっかり停まる前にドアを開け、俺は地面に降りた。
 執事のフェンテスが珍しく慌てていたが、そんなことは些細なことだ。
 俺は城の中に入り、タカトの寝室を目指した。

 扉の前には、グンターが立っていた。
 歩哨の交代時間前ということは、まだ希望が持てる。
 だが、近付いていくと、腕をクロスした。
 要するに、もう中に入ってはいけないということだ。

 俺は、グンターの傍に近付き、それでも食い下がろうとした。

「10時になる前だ。何とかならないのか」
「それは、その……」

 扉の前で揉めていると、中からカミロが現れた。
 俺の顔を見ると、すっと翠色の目を細め、険しい視線を寄越す。
 
「無理、か……?」

 駄目元で聞いてみると、一つ溜息を吐く。

「今、お眠りになったばかりです。どうぞお静かに」

 ということは、静かにするなら、入っていいということか。
 俺は、マントと上着を脱いでカミロに手渡し、そっと扉を開けた。
 中は静まり返っていて、灯りも絞られている。
 俺は扉を閉め、入り口付近で暗闇に目が慣れるのを待ってから、そっと寝台に近寄った。

 ベッドの上には、タカトが横向きで眠っている。
 すうすうと穏やかな寝息を立て、腕に卵を抱いていた。
 両手で抱えるほどの大きさのそれは、金と青の縞模様をしている。

 それは、ほんの3週間前、俺たちの元に現れた卵だ。

 俺はベッドの縁に座り、タカトの肩に触れる。
 まったく目を覚まさないことを確認し、乱れている前髪を撫でた。
 安心しきった穏やかな寝顔に、こちらまで安らかな気持ちになる。
 俺は肩口にキスを落とし、その隣に寝そべった。


 婚姻の儀を終えたのは、今から2か月ほど前のことだ。
 周辺国から客を招待し、国民からも選りすぐって、盛大なパーティーを開いた。
 その中には、茶会に参加していたヒューブレヒトたちもいた。
 楽しい宴は2日間続き、国を挙げてのお祝いとなった。

 それから、日常へと戻っていったが、王太子となった俺の仕事は前の比じゃないほどの量になった。なかなかアデラ城にも帰れず、王城に泊まる日も多かった。
 そうして一か月が経とうとしたある日、俺がここに泊まった夜のことだ。

「今日は顔が見られて嬉しいです」

 淡い紫色の瞳を綻ばせ、タカトは喜んでくれた。
 しばらくぶりに二人だけの時間を過ごし、明け方まで抱き合った。
 そして、夜が明けようかという時に、それは起きた。
 
 まるで、雲間から一条の光が差し込んできたかのように部屋が輝き出した。
 その中央に現れた、卵。星の煌めきの如く、きらきらと瞬いていた。
 ゆっくりと二人の寝るベッド方へと下りてきた卵を、タカトは受け止めた。
 両腕で抱き留めると光は収束し、辺りは静けさを取り戻す。
 金と青の二色の卵を、タカトはしっかりと両腕で抱き締める。
 その姿から、卵がずしりと重いのが伝わってきて、俺も隣から支えた。
 ベッドの上に下ろし、二人で茫然としていると、ぽたりと卵に雫が滴った。
 見れば、タカトがぽろぽろと涙をこぼしている。

「……良かった。ありがとう」

 俺は、タカトの頭を撫で、そっと肩を抱き寄せた。
 俺を見上げる視線を見つめ返し、卵を抱くタカトとキスをを交わす。
 すすり泣くタカトの気配を感じながらしばらく二人だけで過ごし、夜が明けたところでフェンテスを呼んだ。
 そこから、王城へと使者が立ち、俺たちの周囲は騒がしくなった。

 王太子と王太子妃の間に卵が産まれた。

 その報せは国内外を駈け廻り、祝いが届けられた。
 タカトはそれ一つ一つに返事をしていたが、それ以外の時間はすべて卵と共に過ごしていた。

 卵が孵るまで、温める必要はないと何度も説明したのだが、タカトはずっと卵を抱いている。たしかに、話しかけたほうが言葉を覚えやすく、魔力を込めることで健康に育つとは言うが、それにしてもそこまで傍にいる親も珍しい。

 今もこうして卵を抱いて眠りにつき、その横顔は幸せそうだ。
 卵のうちからここまで愛情を注がれている子供も、滅多にいないだろう。

 俺は、タカトに身を寄せて、しばし目を閉じた。

「……ん……リディ?」

 俺の気配に気づき、タカトが名前を呼ぶ。
 柔らかな声に、俺は髪に触れてこめかみにキスをした。

「俺だ。眠っていい」

 タカトの呼び声に答えたその時だ。
 パキっと何かが割れる音がした。
 まさかと思ってタカトの腕の中を見ると、卵に亀裂が入っている。

「……タカト」

 腕に抱いていたタカトも気付いたようで、ベッドに起き上がる。

「生まれるんですか?」
「そのようだ」

 俺たちが固唾を飲んで見守る中、卵の殻がゆっくりと割れていき、ごとごとと揺れ出した。
 中にいる子供が動いているせいだと気付き、タカトが卵の下を支えてやっている。
 すると、卵の亀裂から、にゅっと手が飛び出した。
 小さな手は拳を握り、こちらに向けて突き出されている。
 
 驚きに声を上げる間もなく、卵は完全に割れて、中の子供の顔が見えた。
 金色の髪をした子供は、ふあっと一つあくびをした。
 その顔は、どことなくタカトに似ている。

 子供は卵の中にぺたりとすわり、足を投げ出している。
 タカトが脇に手を入れて、卵の中から抱き上げたところで、その子が男であることがわかった。
 腕に抱いて、額に貼りついた髪を撫ででやろうとしたところで、赤子はぱちりと目を開ける。青い瞳が、タカトを見つめた。俺と全く同じ色のその瞳が、大きく見開かれる。

「まんま!」
「……え?」

 赤子はタカトを指差してそう言い、満面の笑顔を浮かべている。

「喋った!?」

 タカトは驚きの声を上げ、指差した手を握る。
 子供は喋るものだろうと言いたかったが、今は二人を見ていたい。
 生まれたばかりの子供を抱くタカトが、あまりにも美しかったからだ。

 嬉しそうに微笑み、結んだ手を柔らかく握っている。

「可愛い……」

 思わずと言った体で口にして、赤子をあやしている。
 俺からすれば、可愛い存在が二人に増えて、喜びで胸が詰まる想いがする。
 いつまでも見守っていたくなり、黙って寄り添っていたのだが、不意にタカトが俺に言う。

「リディ、誰か、呼んできてください」
「ああ。だが、その前に」

 俺は、タカトと共に子供に顔を寄せた。

「刷り込みを終えてからな」
「刷り込み?」

 タカトは子供から俺の方へと目を向ける。

「初めて見たものを親だと認識する」
「あ……っ」

 俺は、子供に笑いかけた。

「俺がお前の父親だ。よろしくな」

 だが、途端に赤子は、火がついたように泣きだした。

「え……どうして……?」

 俺の顔は、そんなに怖いのか。

「いかがいたしましたか!?」

 子供の泣き声を聞きつけたのか、フェンテスの差し迫った声がする。
 俺は、泣いている子供の頭を撫でてから、ドアを開けに行った。

「子供が孵った。後は頼む」
「おめでとうございます。……リディアン様」

 フェンテスの声は震えていて、俺はポンと肩に手を置いて頷いた。
 こんな執事の姿を、俺はこれまで見たことはない。

 フェンテスの指示でカミロを始めとした召使いが集まり、子供の世話を始める。
 俺は、タカトを抱き寄せて、共にその様子を見つめていた。

「ありがとう、タカト」
「それは、僕のセリフです。リディ」

 俺たちは見つめ合い、どちらからともなくキスを交わした。

「またしばらく二人では過ごせそうにないな」
「残念ですか?」

 タカトに訊ねられて、俺はつい苦笑した。

「残念とは言わないが、できればもっとお前と自由に会いたいところだ」

 俺の言葉に、タカトは目を瞠り、次いでくすくすと笑った。

「笑い事じゃないんだ」
「すみません」

 俺は、タカトの腕をさすりながら告げた。

「卵は、いくつ生まれたって構わない。だが、俺と過ごす時間も作ってくれるとありがたい」
「もちろんです」

 タカトは微笑み、俺の肩に頭を乗せた。

「愛しています」
「ああ、俺もだ。お前も、子供のことも、心から愛している」

 子供はまだ泣き続けていて、俺は多少の引っ掛かりは覚えながらも、これからの日々に思いを馳せた。



 子供が生まれてから、さらに10日後。
 タカトの元に、一通の手紙が届いた。
 そこかしこが汚れて、雨に濡れたのか封筒の字が滲んでいる。

「おそらく、かなり前に出された封筒ではないかと」

 フェンテスから渡されたタカトは、慎重に封を開けた。
 そして、中に入っていた二つ折りのカードを開き、息を呑む。

「どうした?」

 中には二行、可憐な文字で綴られていた。

「御無事をお祈りいたします
 あなたの友より」

 カードには、押し花がしてあった。

「この花、わかりますか?」
「ああ」

 六角形の花弁、特徴的な先が割れた赤い葉。
 キユノ・ステル。
 ユデトカタンの南方、プラトーで咲く花だ。

 差出人とプラトーの草原、キユノ・ステル畑が脳裏に浮かんだ。
 どうか無事であってくれ。
 俺は、タカトと共にそのカードを見つめ、二人の幸せを祈った。

 俺とタカトの子供は、レーヴィニオと名付けた。
 古代語で、新しい風を意味する。
 そして、この子を皮切りに、俺たちの間には5人の子供が生まれることとなった。

-END-
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感想 1

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みんなの感想(1件)

桃
2025.04.27

本日作品に出会い読み出してから、最後まで一気に読ませていただきました…最高でした!
お互い思い合ってるこう上手くいかないもどかしさが堪らない、良きラストを迎えれて気持ちも読後も暖かくなりました。悪い人は居ない世界…!
素敵なお話をありがとうございました♪

2025.04.27 佑々木(うさぎ)

この度は本作をご覧いただき、また感想までくださり、ありがとうございます✨
楽しんでいただけたと知って、とても嬉しいです。
もどかしい中、ハッピーなラストを迎えられるっていいものですよね。
こちらこそ素敵な感想、本当にありがとうございました!
私の方こそ、とても晴れやかな気持ちになりました。

解除

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