【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

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第六章 創生

妃候補の噂

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 朝から雨模様だったその日は、3種族が集まるお茶会の予定だった。
 昼過ぎに馬車が到着し、ヒューブレヒトとララノア、そしてオイゲンが現れた。
 今回は、偶然ではなく、待ち合わせをしてから来たという。

「リディアン王子は不在ですか?」
「そうなんです。楽しみにしていたんですが、突然予定が入って」

 お茶会が決まった後に、治水工事の現場視察の予定が入ってしまった。
 日取りを変えようかと提案したんだけれど、リディアンはその必要はないと言った。

「ただでさえ予定が詰まっているんだ。延期してしまえば、またいつできるかわからない」

 リディアンの言い分は尤もで、結局僕だけ参加することになった。
 だんだんと雨が本降りになって、僕は心配になってきた。
 治水工事の現場なら、下手をすれば増水して、氾濫に巻き込まれかねない。
 そんな心配が顔に出てしまったのだろう。
 僕は、オイゲンに笑われてしまう。

「水属性の能力者なんだから、心配なんていらんいらん」
「そうよ。却って頼もしい限りだわ」

 ララノアもそう言って、優雅な仕草でお茶を一口飲む。
 たしかに、二人の言う通りなんだけれど。
 リディアンが僕に対して過保護であるように、僕もリディアンに関しては心配性になるようだ。

 お茶を飲みながら雑談しているうちに気持ちが落ち着いてきて、話題はシュリカや辞書編纂の件に移った。
 ルミナスの帰国事業については三人も知っていたようで、それぞれ異なる意見を口にした。

「まあ、最終的に決めるのはルミナスじゃがなあ」
「希望通りに行ったとて、それが幸せかは傍からは判断がつかない」

 オイゲンとヒューブレヒトの言葉に、僕も頷いた。
 エルフの森とエイノック国。どちらで暮らすのが幸せかなんて、誰にもわからない。
 ただ、できるだけ本人の希望は叶えたい。
 何より、どちらか自由に選択できるということ自体が、幸せの第一歩とも言えるのだから。

「それはそうと、リディアン王子はどうしているんだ?」

 突然ヒューブレヒトに尋ねられて、僕は首を傾げた。

「治水の現場に行った後は、国境警備兵の慰問に──」
「そういう話ではない」

 途中で遮り、ヒューブレヒトは苦笑する。

「巷では王太子妃の話題で持ち切りだ」

 そう言われて、ようやく理解した。
 リディアンのお妃選びが、どうなっているのかという話か。
 オイゲンも、腕組みをして低く唸る。

「ドワーフの間でも噂があるくらいじゃからのう」

 そんなに話題にされているなんて、僕は思ってもみなかった。
 アデラ城の中では、お妃選びの話なんて聞いたことがなかった。
 どうやら王城の侍女が話していたのは、本当のことだったようだ。

「有力なのは、宰相の娘か。あるいはクヴィスト侯爵の孫娘か」

 ヒューブレヒトは具体的に名前を出した。
 クヴィスト侯爵家の孫娘と言えば、初めて行った夜会でマティアスと踊っていた女性に違いない。遠目でしか見なかったけれど、金髪の華やかで美しい人だった。

「家柄は、申し分ない」

 ヒューブレヒトはそう言って、侯爵家について話題にした。
 もともと王家に連なる一族で、今は政治に関しても強い力を持っている。
 現侯爵の孫娘であれば、ケチのつけようのない家柄だと言える。
 貴族社会に疎い僕でも、そのくらいはわかる。

「タカトの目から見て、どの娘がリディアンに相応しいと思う?」

 ヒューブレヒトは、手にしていたカップをソーサーに置いてから聞いてきた。
 他の二人も僕に注目し、返答を待っている。

「僕が直接話したことがあるのはユレイヌさんだけで、エミルさんとは顔を合わせただけですし。侯爵家の方は、遠目で見たことしかありません」

 僕の知っている候補はその三人だけれど、他にもいるのかもしれない。
 リディアンとは話したことがなかったため、実際のところはまるでわからない。

「なんだ、エミルの名も挙がっているのか」

 オイゲンも、商会の会長の娘であるエミルの名前は知っていたようで、意外そうに目を瞠った。

「うーむ、商家の人間は、未来の王妃としては難しいかもしれんな」

 そうして、ヒューブレヒトとオイゲンは話し続けているけれど、ララノアは黙ってお茶を飲んでいる。
 侍女たちが盛り上がっていたのを見ていたため、てっきりララノアも興味があるのだと思っていた。
 でも、この話題に関しては、まったく乗ってこない。
 いつもは率先して話す人なので、僕は意外に思った。

 ララノアは、僕の向けた視線に気付いたようで、笑いかけてきた。

「ここで言っても始まらないわ。それより、ケーキを味わいましょうよ」

 他の二人も、ララノアの言葉を聞いて話を止めて、目のお前に置かれたケーキに目を向ける。

「こんなケーキは初めて見たぞ」

 ヒューブレヒトは、フォークで一口分切り分けて、まじまじと見ている。
 すると、オイゲンが胸を張った。

「ふふん、ドワーフのレシピを元にしておるのじゃ」
「そうだったのか」

 ドワーフの言語が訳されていくにつれて、レシピの内容もわかるようになってきた。
 アデラ城でも最近は、ドワーフのレシピを使用した料理が増えてきている。
 さすがは、食通のドワーフだ。見た目だけではなく、味もとてもいい。
 長い年月の知識と経験の蓄積が、こうして人間種にも恩恵をもたらしている。

 ケーキは、パイ生地に似ている素材で、何層にもなっている。
 間には、黄桃のような黄色い果肉がクリームと共に挟んである。

「表面はさくさく、中はしっとりとしていて、すっごく美味しいわ」
「本当ですね。甘みと酸味のバランスがとてもいいです」

 オイゲンは嬉しそうに笑い、ヒューブレヒトは言葉もなく真剣に食べている。
 僕は、ケーキを食べながらお茶を飲み、ようやく心が落ち着いてきた。

 どうして、リディアンの妃のこととなると胸がざわつくんだろう。
 こんな感情をこれまで抱いたことがなくて、僕は自分の心を持て余していた。

「御馳走様。また来るわ」
「ええ、是非」

 去り際にララノアは、僕の両手をぎゅっと握り、間近から目を覗き込んできた。

「本当に来るから、その時にまたゆっくり話しましょう」
「はい、楽しみにしています」

 迫力に押されながら応えると、ララノアは手を振って帰っていった。
 僕は、三人を見送ってから城の中に入り、夜会に向けた準備を始める。

 ベドナーシュ邸の夜会に行くのは初めてで、もっと言えばクヴィスト侯爵の夜会以来、僕は出席したことがない。どうしても、酒蔵でのことが思い出されるというのもある。あとは、単純に気後れしている。

 一庶民として生まれ育った僕には、王侯貴族の夜会に出かけるのは気が引ける。
 どうしても、緊張が先に立ってしまうからだ。

 部屋に戻るとカミロがいて、夜会の準備に取り掛かることになった。
 
「リディアン様が、黒の夜会服ですから、サガン様も黒の上下にして、中のブラウスを白にしましょう。リボンは服に合わせて黒にしてはいかがでしょうか」

 カミロに聞かれて、悩んでしまう。
 確かに黒の方が落ち着くけれど、白のブラウスはそそっかしい僕はちょっと緊張する。

「ブラウスを他の色に変えてもいいですか?」
「でしたら、瞳の色に合わせて紫紺にいたしましょうか」
「お願いします」

 髪の結わえ紐も、紫紺で合わせる。
 ズボンは長くしてもらったおかげで、なんとなく気持ちが落ち着く。
 やっぱり、脛を出す格好は気恥ずかしい。

「お待たせしました」

 階段を降りていくと、リディアンが手を伸ばしてきて、僕はその手を取った。

「瞳の色に合わせたんだな。よく似合っている。髪は下ろすのもいいが、結ぶのも色気があっていい」

 色気、と言われ慣れない語句に、僕はぎこちなく曖昧に笑うことしかできない。
 リディアンは、くすりと笑ってから、僕の耳元に唇を寄せる。

「特にうなじの白さが際立つ」

 そして、すっと指でうなじを辿られて、僕は首を竦めるた。

「色っぽくて可愛いなんて、タカトは最高だな」

 リディアンは、それだけ言って、僕から離れた。
 こういう時に、本当に18歳なのかと思ってしまう。
 あまりにも場慣れし過ぎじゃないか?

 そうして、二人で馬車に乗り込み、グンターは馬で護衛として後ろをついて来ることになった。
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