【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

文字の大きさ
43 / 70
第五章 黎明

組み合わせ

しおりを挟む
 浄化のメンバーとして神官庁に呼ばれたのは、それから5日後のことだ。
 王城の東側にある神官庁には、高くそびえる塔があった。
 天辺が雲に隠れて見えないほどで、どれだけ高いのかと僕は目を眇めた。

「あれも遮蔽の能力の一部だ。見えないように雲で隠している」
「なるほど。雲を突き抜ける高さというわけではないんですね」

 リディアンの説明に頷いてから、僕は門兵の横を通って塔の中へ入る。黒尽くめの神官に案内されて階段を上り、奥にある部屋の前で足を止めた。

「リディアン王子とサガン様です」
「入りたまえ」

 中からしゃがれた声がして、僕たちは足を踏み入れた。
 返事をしたのはゴドフレド神官で、窓を背にして一人掛けのソファに座っていた。
 簡素な応接セットが置かれただけの部屋には、壁一面に本棚があり、片隅には地球儀に似た球状の模型がいくつも置かれていた。その中には、円環のある星が2つあり、もしかしたらキリロスなのかもしれないと僕は眺めた。

「どうぞこちらへ」

 神官に席を勧められて、ゴドフレドの向かい側のソファに腰掛けた。
 ゴドフレドはこちらに話しかけることなく、机の上に積まれた書類を見ていた。

「リディアン様、先日の用水路の件、ありがとうございました」

 神官の一人に話しかけられたリディアンは、笑顔で応じている。 
 程なくして、一人の女性が入ってきて、僕たちにお辞儀をした。
 僕は頭を下げたけれど、その人について誰も紹介はしてくれない。
 リディアンは、話が続いているせいで、それどころではないようだ。
 ゴドフレドは、そもそも僕に紹介するなんて念頭にないんだろう。

 女性は、僕より年下に見えた。
 肩より長い黒髪の一部を三つ編みにして下げていて、瞳がとても印象的だ。まるで南国の海のような、エメラルドグリーンの瞳。ゴドフレドが話しかけると、口元を隠してくすくすと笑う。スティーナとはまた違う雰囲気の、美しい人だ。
 神官たちと同じ黒色の衣装を身に着けているというのに、とても華やかに見えるのはなぜなんだろう。僕はつい、視線を逸らすことも忘れて見つめてしまっていた。

「ユレイヌに見惚れるのは、そこまでにしておくんだな」

 突然割って入った声に驚いて振り返ると、ソファの背凭れに寄りかかる白い毛に覆われた腕が見えた。いつ部屋に入ってきたのか、立っていたのはバルツァールだ。

「バルツァール、そなた……よくもここに顔を出せたものだな」

 それまでユレイヌと呼ばれた女性と話していたゴドフレドが、険しい顔つきでおののいたように言う。
 バルツァールは意に介した様子もなく、大きな口を開ける。

「うちの可愛い弟子のために一肌脱ぐことにしただけだ。教えるだけ教えられたら帰るから、私のことを気にする必要はない」

 可愛い弟子、というのはこの場合、僕のことなんだろう。
 今までそんな呼ばれ方をしたことがなくて、リディアンに視線を投げかけられて、挙動不審になってしまう。

「王が何と言うか」
「心配無用だ。王とは話をつけてある」

 バルツァールはきっぱりとそう言って、僕の隣に腰掛けた。
 4人掛けのソファではあるけれど、バルツァールの重みで沈み込んだ。

「随分と良い匂いがするな。レンリーフの香りか?」

 身を寄せてくんくんと匂いを嗅ぎ、バルツァールは聞いてくる。
 真っ先に湯殿で使っている香油が思い浮かんで、僕は頷いた。

「ララノアさんにいただいたんです」
「ほう? ララノアか。いい趣味をしている」

 そうしてバルツァールと話している間に、最後の人物が現れた。
 護衛が先に部屋に入り、到着の旨をゴドフレドに告げる。
 間もなく、金色の瞳で周囲を睥睨して、マティアスが入ってきた。
 靴音も高く部屋の奥へ向かうと、ゴドフレドが立ち上がって礼をし、中央の席を勧めた。

「それでは、書記官より説明をいたそう」

 ゴドフレドが顎先で指示を出すと、一人の男性が進み出て頭を下げた。

「皆様には明日より浄化の儀を執り行っていただきたきます。予定表をこちらにご用意いたしました。浄化は日に2度。朝と夕に行います。所要時間は各1時間。お2人で組んでいただきます。今日より当面2週間分の予定表となりますので、もし更に必要であれば随時追加いたします」

 予定表は各自に書面で配られて、僕もそれに目を通した。

「今回は、誰よりも身体の空いている者を率先して入れることとした」

 見れば、確かに僕の名前が一番多い。
 次いで、リディアンの名前だろうか。

 説明によると、能力に応じて組むことになっているとのことだけれど。
 渡された書面を見て、僕は少し驚いた。

 てっきり、リディアンや他の神官と組むことになるのかと思っていた。
 ゴドフレドはまだわかる。
 マティアス王太子の名前があるのは予想外だった。

 まさか、二人で共同作業に当たることになるなんて。

 頭の中に、侯爵邸の酒蔵のことが浮かんだ。
 僕を捕らえた人間がポロリと零した台詞。

 ──『おかげで、王子の面子も丸つぶれってわけよ』

 もし僕を捕らえて、強姦するよう指示を出したのがマティアスだとしたら。
 僕はそこまで考えて、一度目を閉じた。
 たとえそうだとしても、もう言っても仕方がない。
 あの件は、すでに決着を見ているんだから。
 蒸し返したところで、どうしようもない。

 書記官の話はまだ続いている。
 主にこの組み合わせにした理由を説明しているようだ。

 僕は大体1日おきの予定で、夜の担当らしい。
 時間にしたら1時間ほどだから、負担にはならないんだろうけれど。
 これまで1時間を通して能力を使ったことがなく、魔力切れが懸念される。

 初日は、リディアンと。
 2度目は、ユレイヌ・ベドナーシュとあった。

 ベドナーシュということは、宰相の一族の方なんだろう。
 もしかしたら、娘なのかもしれない。

 3度目の相手が、ゴドフレド。
 最終日が、マティアスだ。

 2週間は、同じ順序でこの組み合わせを繰り返すようだ。

 リディアン以外と組むのは、初日でないだけまだ助かるけれど、やっぱり緊張する。
 特に、ゴドフレドとマティアスと組むとわかって、気が重くなった。
 思わずたため息を吐きそうになっていると、隣からバルツァールが声を掛けてきた。

「初日と2度目には、私も参加する。その間に覚えろ」
「わかりました」

 浄化は、ピクスを蔓延させないための、大切な儀式だ。
 気を引き締めて事に当たらなければならない。
 人への好悪で心を乱している場合じゃない。

 僕はそう思い直して、書面から顔を上げてゴドフレドを見た。
 ゴドフレドもちょうど書面から顔を上げていて、こちらを苦々しい顔つきで見ている。
 僕をかと思ったら、どうやらバルツァールを見ているようだ。

「それでは、皆様、どうぞよろしくお願い致します」

 書記官が頭を下げ、マティアスがゴドフレドに近付いた。

「この程度のこと、私の力など要らないのではないのか?」
「ぜひ、王太子であるマティアス様のお力添えをいただきたく」

 2人が話し込む姿を尻目に、僕たちは部屋を出た。

「バルツァール様、御機嫌よう」
「ユレイヌか。大きくなったな」

 バルツァールはそう言うと、ユレイヌの頭に手を置いてぽんぽんと撫でた。

「もう! 私はそんな子供ではありませんよ」

 すると、僕の隣を歩いていたリディアンがくすりと笑った。

「あちらがユレイヌ・ベドナーシュ。宰相の娘だ」

 やはり思った通りのようだ。
 僕は、その明るい笑い声を聞きながら、塔の外まで歩いた。
 既に馬車が来ていて、ユレイヌが乗り込んでいく。

「リディアン様、サガン様。また後日、お会いしましょう」
「ああ、またその時に」

 馬車の扉がそれで閉まり、ユレイヌは去っていった。

「私もこれで」

 バルツァールがそう言った次の瞬間、姿が掻き消えた。
 恐らく、クロンヘイム宅まで転移したんだろう。

「俺たちも帰ろうか」

 リディアンに促されて馬車に乗り込み、僕たちはアデラ城へと帰った。

 浄化の儀は明日から始まる。
 必ず、やり遂げなければ。

「そんなに緊張しなくていい。1人じゃない。俺もいるんだから」

 夜に部屋に来たリディアンにそう言われたけれど、だからと言って甘えられない。

「明日は、バルツァール先生も来てくれるそうです」

 すると、僕を抱き締めるリディアンの腕に力がこもった。

「仕方がないこととはいえ、俺たちの間に割って入ってくるとはな」
「割って入るってことではないとおも……ひあっ」

 突然リディアンが服の中に手を入れてきて、その滑らかな感触に声を上げてしまう。

「お前は、鈍感だな」
「鈍感って……」

 手を入れられるだけでこんな声を上げてしまうなんて、むしろ敏感過ぎると思うんだけれど。

「リディ、今日は駄目です。言ったでしょう? 明日はバルツァール先生も来るんですから」
「俺の残滓が邪魔をするから、抱き合うなって? その程度が雑音になるんなら、大した能力者じゃないな」

 どうしてこう、棘のある言い方をするんだろう。
 いつものリディアンからは考えられない。

「今日は、これだけで」

 僕はそう言って、リディアンの身体に乗り上げて、軽くキスをした。

「おやすみなさい、リディ」
「はあ、お前は罪な男だ。無知ほど怖いものはない」

 どういう意味なのかと聞き返す前に、後頭部を掴まれた。

「もう1回、タカトからキスして。そうしたら、大人しく寝るから」

 僕は、青い瞳を間近で覗き込んでから、目を閉じてキスをした。
 リディアンの手が背中に回り、思った以上に深いキスになる。
 でも、約束通り、リディアンはそれで眠りについた。
 僕も、すぐ隣に移動して、胸元に顔を寄せて眠った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

触手生物に溺愛されていたら、氷の騎士様(天然)の心を掴んでしまいました?

雪 いつき
BL
 仕事帰りにマンホールに落ちた森川 碧葉(もりかわ あおば)は、気付けばヌメヌメの触手生物に宙吊りにされていた。 「ちょっとそこのお兄さん! 助けて!」  通りすがりの銀髪美青年に助けを求めたことから、回らなくてもいい運命の歯車が回り始めてしまう。  異世界からきた聖女……ではなく聖者として、神聖力を目覚めさせるためにドラゴン討伐へと向かうことに。王様は胡散臭い。討伐仲間の騎士様たちはいい奴。そして触手生物には、愛されすぎて喘がされる日々。  どうしてこんなに触手生物に愛されるのか。ピィピィ鳴いて懐く触手が、ちょっと可愛い……?  更には国家的に深刻な問題まで起こってしまって……。異世界に来たなら悠々自適に過ごしたかったのに!  異色の触手と氷の(天然)騎士様に溺愛されすぎる生活が、今、始まる――― ※昔書いていたものを加筆修正して、小説家になろうサイト様にも上げているお話です。

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。 ◆お友達の花々緒(https://x.com/cacaotic)さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。 ◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

処理中です...