【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

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第四章 分岐

それぞれの優しさ

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 僕が熱を出して寝込んでいる間に、事態は収束したらしい。

 侯爵邸で僕を捕らえた人たちは、軍に拘束された。そして、警備や治安を任せられた侯爵の身近で起きた事件として、侯爵自身が厳しく処罰した。
 事件を主導したのは獣人族で、侯爵は知らなかったと身の潔白を主張しているという。

 僕は、意見を言う立場にはなく、詳しい経緯はリディアンが国側に説明したため、この件に関わることはない。
 リディアンが僕の代わりに矢面に立ってくれた。実際、あの夜のことを詳細に語れと言われても、僕には話せない事情がある。問われても説明できないからだ。

 僕は、酒蔵の奥にある地下室に連れていかれ、囚われた。
 どこにも出口はなく、窓すらもなかった。
 それなのに──。

 サークレットの結晶の辺りが眩く光り、目を開けると外にいた。
 しかも、空中に浮遊していて。

 僕には、能力測定と少しの回復の能力しなかったはずだ。
 なぜあんなことができたのか。
 すぐにでも謎を解きたかったし、スティーナに観測してほしかった。
 いつものならそうしただろうけれど、僕は高熱を出して寝込んでしまっていた。

 熱が出ている間、たくさん水や薬を飲んだ。そのせいで、とにかく汗を掻いて何度も着替えをし、本来の意味での湯浴みも部屋でした。カミロが手伝ってくれて、部屋から出ずに療養できた。食事も、僕が食べやすいように用意してくれて、食べさせてくれもした。

 おかげで熱が下がった後も、体力が失われることはあまりない。

 でも、ベッドから出て歩けるようになってからも、人には会いたくなかった。そんな僕のことを気遣って、極力人に会わなくて済むように、周りが対応してくれていた。急ぎの用事は、執事のフェンテスが取り次いで処理した。

 そうして、皆が手伝ってくれたおかげで、何とか毎日は回った。

 気になったのは、リディアンのことだ。
 あれから、リディアンは部屋に顔を出すだけで、入ってこようとはしていない。
 毎晩、部屋でしていたキスも、今はしようとしない。
 理由は漠然とわかっていたけれど、僕は敢えて考えないようにしていた。
 今は、これで許して欲しい。
 周囲に甘えている自覚はあるけれど、もう少しだけ時間が欲しい。

 そうして、自室で数日を過ごしていると、フェンテスが花束を持って現れた。
 綺麗な花束と一緒に渡された手紙。
 送り主は、スティーナだった。

 蜜蝋の封を開けると、ふわりと優しい香りがした。
 そして、中にはカードと一緒に、押し花の栞が入っていた。
 柔らかな紫色の色合いに既視感を覚え、文面に目を通して僕は驚いた。

『親愛なるタカト様へ
 お風邪を召したとお聞きしました。
 どうぞご自愛ください。
 スラファン・シュリカの栞を同封します。
 あなたの友 スティーナ・オヴェフより』

 スラファン・シュリカの栞。
 これが、その花の色なのか。

 僕が前に見てみたいと言ったのを、覚えてくれていたんだろう。
 柔らかな風合いの封筒やメッセージカードにも、スティーナの気遣いが見られた。
 そして、何よりも僕の心を打ったのは、友という言葉だ。
 
 スティーナは、本当に風邪だと思っているのかは知らない。
 もしかしたら、もっといろいろ聞き及んでいることだって有り得る。
 詳細には触れずに、友と呼んでくてたことがじんわりと僕の心に染み入り、胸に響いた。

「ありがとう……スティーナ……」

 僕は受け取った白とオレンジを基調とした花束を見て、心が和んだ。

 そうだ、いつまでもくよくよしていても始まらない。
 こうして部屋に閉じこもって、何もしないでいればいるほど、奴らの思う壺だ。

 僕は、カミロにお願いして身支度を整えた。
 久しぶりに寝着以外の服に袖を通して、心がしゃきっとする。

「今日は少し暑いので。もしお寒いようでしたら、お声がけください」
「はい、わかりました」

 カミロは最後にリボンを結んでから、僕に微笑みを見せた。

「いってらっしゃいませ」

 カーテシーでの挨拶に、僕は頷いてから部屋を出た。
 
「昼食は、僕も食堂で摂りたいです」

 廊下にいたフェンテスに言うと、静かに頭を下げた。

「かしこまりました」

 顔を伏せるその直前に、フェンテスが口元を綻ばせる様子が目に留まる。

「ありがとうございます」

 僕はそれだけ言って、同じように頭を下げた。
 言葉は少なくても、気持ちは伝わる。
 フェンテスもまた、ずっと心配してくれていたんだ。

 僕はそこから、城の前庭の方へ歩いて行った。
 風に揺れる花を見て回っていると、向こうで手を振る小柄な人が見えた。

「こんにちは、エクムントさん」

 庭の一角にある花園で、エクムントは木の剪定をしていたようだ。
 エクムントは腰を伸ばし、目の上に手を翳して空を見上げた。

「今日はいい天気だな」
「そうですね」

 僕は同じように空を見上げて、その青さに目を細めた。

「ところで、炭酸水の試作品ができたんだが、飲んでみないかい?」
「え!? いいんですか?」

 僕が驚くと、エクムントは何度か頷いた。

「おうよ。そこの川で冷やしてあるから、ちょっと待ってな」

 そして、川沿いまで行くと、袋の中から瓶を取り出してみせる。

「これ、みんなで考えて作った瓶なんだ。炭酸が抜けないようにするのが大変だった」
「そうですよね。どういう仕組みにしたんですか?」

 僕がそう言うと、エクムントは笑う。

「味よりも仕組みが先に気になるとはな。お前さんらしい」

 言われてみれば、確かにそうだ。
 僕は笑って、エクムントから瓶を受け取った。
 瓶は細く、15センチほどの長さだ。被せているのは、少し硬めの粘土みたいだ。

「それを少し回してから引っ張って開けるんじゃよ」

 言われた通りに動かすと、蓋はポンと抜けた。
 瓶口に鼻を近付けて匂いを嗅ぐと、甘酸っぱい香りがする。

「ミテンの炭酸水にしたんだ」

 エクムントがするように、僕も口を付けて瓶を傾ける。
 すると、しゅわっと気泡がはじけた後に、爽やかな甘みと酸味が口に広がった。

「……美味しい!」
「そうじゃろそうじゃろ」

 エクムントは嬉しそうに笑い、僕は続けて2口ほど飲んだ。

「これで瓶詰めしてから5日ほどだ。だいぶ炭酸が保つようになった」
「5日でこれなら、素晴らしい進歩ですね」

 僕はそこから、エクムントの説明に耳を傾け、蓋の構造について学んだ。
 しゃがんで地面に図を描くエクムントにいろいろと質問し、今後の改善点について話し合う。
 すると、遠くから呼び声がした。

「タカト!」

 こちらに手を振って近付いてくる、金髪の長躯。
 僕が手を振り返すと、歩調を速めた。
 その後ろにはグンターの姿も見えたけれど、2人の距離はどんどん広がっていく。

「おお、早い早い。さすがはリディアン様だ」

 エクムントはそう言って、地面から立ち上がった。

「子供のころから足が速くてな。大人にさえも負けんかった」

 リディアンの子供の頃。
 僕は、小さいリディアンを思い浮かべて、少し笑った。
 きっと、可愛かったに違いない。
 あんなに明るく、良い子なら、城中の人から愛されて育ったのも頷ける。
 
「タカト、探した」
「あ……ごめんなさい」

 そう言えば、この川沿いに来ることを、誰にも言っていなかった。

「煉水のジュースを飲んでいたんです」
「そうか」

 リディアンは僕の手元を見てから、エクムントに視線を向けた。

「ありがとう、エク爺」
「いやいや。心配させてしまって、すまんかったなあ」

 僕が通訳し、リディアンは構わないと言うように手を振った。
 そこから僕たちは4人揃って城に戻り、入り口でエクムントと別れた。

「昼食を一緒に摂れるって聞いて、急いで帰ってきたんだ」

 僕はその一言に、ぽかんと口を開けてしまった。
 たぶん、フェンテスがリディアンに連絡をしたんだろうけれど。

「ベドナーシュ宰相を置いてきてよかったんですか?」

 すると、「ああ」と言ってから、食堂の方を指差した。

「宰相なら一緒に連れて来た。みんなで食べよう」
「ええ!?」

 僕の素っ頓狂な声に、後ろにいたグンターがくすりと笑う。
 そういえば、グンターとこうして顔を合わせるのも久しぶりだ。
 何か言おうと口を開きかけたけれど、リディアンが遮った。

「ほら。これ以上、宰相を待たせてはいけない」

 リディアンに急かされて食堂に入り、宰相と3人でランチを楽しむことになった。

「宰相、そのパン、美味しいだろう?」
「……美味しいですな」

 もぐもぐと食べてから、宰相は言った。

「この赤いジャムがとてもいい味で」

 僕にも話を振られて、ジャムについて言おうとしたけれど。
 フェンテスに視線で止められてやめた。
 きっと、ミテンだと知らせたら、駄目ってことなんだろう。

 僕は、カトラリーを器用に使う宰相と王子の姿に見惚れそうになりながら、背筋をピンと伸ばして食事を続けた。
 同じマナーでも、二人は本当に食べ方がきれいだ。
 いつか、僕もこんな風に、食べられるようになるんだろうか。

 昼食を摂り終えると、二人はまた王城に帰って行った。

「また是非お誘いください」

 最後にそう言って宰相は微笑みを浮かべた。
 もしかしたら、僕を気遣って来てくれたんだろうか。

 僕はアデラ城に一人残り、久しぶりに図書室に行った。
 もっともっと、知識を蓄えなければ。
 知識は僕を助け、ひいてはリディアンや国を守ることになる。

 僕は、夕食の時間まで図書室にこもり、暗くなるまで本を読み続けた。
 そして、その夜もリディアンが僕の部屋に来ることはなかった。
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