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第二章 名前
僕は、23歳です。
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「エイノックの言葉とドワーフのそれでは、まったく似ても似つかない。学者たちでさえ、長年研究していても正確な文法の解明に辿り着けていないというのに。その年で、どうやって話せるようになったんだ」
王子に詰め寄られて、僕は答えを探していたが、最後の言葉に引っかかった。
「その年で? 王子は、僕のことをいくつくらいだと思っているんですか?」
そうだ。ここは確認しないといけない。
昨夜出逢ってから、何かと気になる言動がある。
いい子だと言われたのが決定打だ。
きっと、誤解が生じているはずだ。
王子は、寄せていた眉根を開き、意外そうに目をわずかに開く。
「いくつって、カミロと同じくらいじゃないのか?」
カミロって……あのカミロ?
線が細くて華奢で、まだ成長途中の少年に見えたけれど。
「カミロさんは、どう見積もったって15、6くらいでしょう?」
「ああ、今年で16だと聞いている」
そのカミロと同じくらいって。
さすがにそれは、ひどくないですか?
「僕は、23です」
王子の目をひたりと見つめ、僕ははっきりと口にする。
すると、王子は僕の爪先から天辺まで視線で辿った。
「13ではなく?」
「そんなわけがないでしょう。僕を 揶揄っているんですか?」
あのカミロで16なのに、それより3つも年下なわけがない。
まさか、本気で言っているわけじゃないだろうけれど。
王子の表情からは読み取れない。
黙って反応を窺っていると、王子は口端を上げた。
「それなら良かった。あまりに幼いと、気を遣うからな」
ということは、やっぱり昨日の「寝室においで」発言は、僕が幼い子供に見えて言ったのか。
そんなことじゃないかと思った。
「改めて、よろしく、フリートム」
「はい、リディアン王子」
差し出された手を握ると、王子は握り返してから、反対の手を僕の肩に乗せた。
「リディでいい」
「そうはいきません」
王子をそんな愛称でなんて呼べない。
「俺より5つも年上なんだろう。リディでいいじゃないか」
「それとこれとは話が別です」
王子が良くても、周りだって 聞き咎めるに違いない。
僕が断ると、突然腕を強く引かれる。
バランスを崩したところで、王子の胸に抱き留められた。
「やっぱり嘘じゃないのか? 23の身体じゃないと思うが」
「……っあなたが18なのに育ちすぎなんですよ」
こんな余裕のある18歳、いるわけがない。
胸板も厚みがあり、腕の筋肉を感じる。
異世界だから18だとこうなるのか。
でも、カミロを見ていると、そうとは限らないのがわかる。
もしかしたら、控えているグンターも18だったりするのか?
ちらりと窺うと、グンターは目を細めて笑う。
「オレは21ですよ」
どうして僕の考えがわかったのだろう。
王子もだけれど、そんなに僕の考えは顔に出ているのだろうか。
そこから、僕たちはシートを広げて座り、グンターが持ってきたボックスを開けた。
中にはサンドイッチが入っている。
彩りのいい野菜に何かの肉。
何の肉かは、この際聞かないことにしよう。
僕は、ミテンの件を思い出し、何も聞かずに食べた。
あっさりとした肉は、鳥のささ身に近いかもしれない。
「美味しいです」
「それは良かった」
ボックスの中には、ガラス瓶もあった。
もしかしたら、これもお酒なのかと思ったが、そうではないっぽい。
僕の朝食の様子を見て、アルコールフリーにしてくれたのかもしれない。
僕と王子は食べたけれど、グンターは立ったまま周囲を窺っていた。
こういうところが、身分の違いなんだろう。
少し申し訳なく感じたけれど、僕は口に出さなかった。
「さてと、城に帰るか」
帰り道は、グンターが馬に乗せてくれた。
二人乗りが続くと、馬に負担がかかるからだと言われて、僕は納得した。
そうして、城に戻ってからは、すぐにお風呂に連れていかれた。
そうだよね。
たしかに、遠乗りしたままの身体で寝室をうろつくのは良くない。
その後も、王子と晩御飯を食べ、夜遅くまで一緒にいた。
楽しい宴のような時間はあっという間に過ぎていく。
「そろそろ眠くなってきたか?」
「そうですね」
目がしょぼしょぼしてきて、気を抜くと寝てしまいそうだ。
王子は先に立ち上がり、部屋の棚から箱を取り出した。
中には鍵が入っていて、宝石がちりばめられている。
「図書室の鍵だ」
手のひらに乗せられて、その重さにも驚いた。
鍵一つに、これだけ装飾がされている。
少なくともエイノック国にとって、本が貴重品なのだと窺い知れる。
「これはフリートムの鍵だから、返さなくていい」
「わざわざありがとうございます」
受け取った鍵をじっくりと眺めていると、不意に王子は言った。
「俺は忘れたわけではない」
何を言われたのか一瞬わからず、僕は鍵から王子へと視線を向ける。
「お前がどこから来たのか。そして、ドワーフの言葉の件もだ。ちゃんと聞かせてもらうから、そのつもりで」
青い双眸が、僕の考えを探るように覗き込んでくる。
今まで見たこともないほどに、真剣な眼差しだ。
気安そうに振舞う王子だが、こういう一面もあるのか。
僕がその目を見つめ返していると、力を抜いて笑う。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
僕はそう言って、広間から部屋に向かおうとした。
扉付近にはグンターが立っていて、僕を待っている。
「フリートム」
椅子から立ち上がって数歩進んだところで、王子は僕を呼び止める。
「お前が子供じゃないのなら、違う寝かしつけ方もあるが?」
どう言う意味だろう。
もしかしたら、お酒のことだろうか。
あんな強いお酒、今から飲んでどうするんだ。
「明日起きられなかったら困るので、やめておきます」
すると、王子は目を丸くしてから、片頬で笑った。
「お前も、結構言う奴だな」
結構言う奴?
僕は首を傾げ、今度こそ部屋を出て寝室に入った。
グンターはまた、扉の外側に立つつもりらしい。
中にはカミロがいて、ベッド周りを整えている。
「僕はもう寝るよ。おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
僕はベッドに入り、目を瞑った。
なんだかいろいろあった一日だった。
明日は図書室で勉強しよう。
どうか文字が読めますように。
今の僕にできることは、それくらいだから。
眠りはすぐに訪れた。
そうして、異世界に来て2日目が終わった。
王子に詰め寄られて、僕は答えを探していたが、最後の言葉に引っかかった。
「その年で? 王子は、僕のことをいくつくらいだと思っているんですか?」
そうだ。ここは確認しないといけない。
昨夜出逢ってから、何かと気になる言動がある。
いい子だと言われたのが決定打だ。
きっと、誤解が生じているはずだ。
王子は、寄せていた眉根を開き、意外そうに目をわずかに開く。
「いくつって、カミロと同じくらいじゃないのか?」
カミロって……あのカミロ?
線が細くて華奢で、まだ成長途中の少年に見えたけれど。
「カミロさんは、どう見積もったって15、6くらいでしょう?」
「ああ、今年で16だと聞いている」
そのカミロと同じくらいって。
さすがにそれは、ひどくないですか?
「僕は、23です」
王子の目をひたりと見つめ、僕ははっきりと口にする。
すると、王子は僕の爪先から天辺まで視線で辿った。
「13ではなく?」
「そんなわけがないでしょう。僕を 揶揄っているんですか?」
あのカミロで16なのに、それより3つも年下なわけがない。
まさか、本気で言っているわけじゃないだろうけれど。
王子の表情からは読み取れない。
黙って反応を窺っていると、王子は口端を上げた。
「それなら良かった。あまりに幼いと、気を遣うからな」
ということは、やっぱり昨日の「寝室においで」発言は、僕が幼い子供に見えて言ったのか。
そんなことじゃないかと思った。
「改めて、よろしく、フリートム」
「はい、リディアン王子」
差し出された手を握ると、王子は握り返してから、反対の手を僕の肩に乗せた。
「リディでいい」
「そうはいきません」
王子をそんな愛称でなんて呼べない。
「俺より5つも年上なんだろう。リディでいいじゃないか」
「それとこれとは話が別です」
王子が良くても、周りだって 聞き咎めるに違いない。
僕が断ると、突然腕を強く引かれる。
バランスを崩したところで、王子の胸に抱き留められた。
「やっぱり嘘じゃないのか? 23の身体じゃないと思うが」
「……っあなたが18なのに育ちすぎなんですよ」
こんな余裕のある18歳、いるわけがない。
胸板も厚みがあり、腕の筋肉を感じる。
異世界だから18だとこうなるのか。
でも、カミロを見ていると、そうとは限らないのがわかる。
もしかしたら、控えているグンターも18だったりするのか?
ちらりと窺うと、グンターは目を細めて笑う。
「オレは21ですよ」
どうして僕の考えがわかったのだろう。
王子もだけれど、そんなに僕の考えは顔に出ているのだろうか。
そこから、僕たちはシートを広げて座り、グンターが持ってきたボックスを開けた。
中にはサンドイッチが入っている。
彩りのいい野菜に何かの肉。
何の肉かは、この際聞かないことにしよう。
僕は、ミテンの件を思い出し、何も聞かずに食べた。
あっさりとした肉は、鳥のささ身に近いかもしれない。
「美味しいです」
「それは良かった」
ボックスの中には、ガラス瓶もあった。
もしかしたら、これもお酒なのかと思ったが、そうではないっぽい。
僕の朝食の様子を見て、アルコールフリーにしてくれたのかもしれない。
僕と王子は食べたけれど、グンターは立ったまま周囲を窺っていた。
こういうところが、身分の違いなんだろう。
少し申し訳なく感じたけれど、僕は口に出さなかった。
「さてと、城に帰るか」
帰り道は、グンターが馬に乗せてくれた。
二人乗りが続くと、馬に負担がかかるからだと言われて、僕は納得した。
そうして、城に戻ってからは、すぐにお風呂に連れていかれた。
そうだよね。
たしかに、遠乗りしたままの身体で寝室をうろつくのは良くない。
その後も、王子と晩御飯を食べ、夜遅くまで一緒にいた。
楽しい宴のような時間はあっという間に過ぎていく。
「そろそろ眠くなってきたか?」
「そうですね」
目がしょぼしょぼしてきて、気を抜くと寝てしまいそうだ。
王子は先に立ち上がり、部屋の棚から箱を取り出した。
中には鍵が入っていて、宝石がちりばめられている。
「図書室の鍵だ」
手のひらに乗せられて、その重さにも驚いた。
鍵一つに、これだけ装飾がされている。
少なくともエイノック国にとって、本が貴重品なのだと窺い知れる。
「これはフリートムの鍵だから、返さなくていい」
「わざわざありがとうございます」
受け取った鍵をじっくりと眺めていると、不意に王子は言った。
「俺は忘れたわけではない」
何を言われたのか一瞬わからず、僕は鍵から王子へと視線を向ける。
「お前がどこから来たのか。そして、ドワーフの言葉の件もだ。ちゃんと聞かせてもらうから、そのつもりで」
青い双眸が、僕の考えを探るように覗き込んでくる。
今まで見たこともないほどに、真剣な眼差しだ。
気安そうに振舞う王子だが、こういう一面もあるのか。
僕がその目を見つめ返していると、力を抜いて笑う。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
僕はそう言って、広間から部屋に向かおうとした。
扉付近にはグンターが立っていて、僕を待っている。
「フリートム」
椅子から立ち上がって数歩進んだところで、王子は僕を呼び止める。
「お前が子供じゃないのなら、違う寝かしつけ方もあるが?」
どう言う意味だろう。
もしかしたら、お酒のことだろうか。
あんな強いお酒、今から飲んでどうするんだ。
「明日起きられなかったら困るので、やめておきます」
すると、王子は目を丸くしてから、片頬で笑った。
「お前も、結構言う奴だな」
結構言う奴?
僕は首を傾げ、今度こそ部屋を出て寝室に入った。
グンターはまた、扉の外側に立つつもりらしい。
中にはカミロがいて、ベッド周りを整えている。
「僕はもう寝るよ。おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
僕はベッドに入り、目を瞑った。
なんだかいろいろあった一日だった。
明日は図書室で勉強しよう。
どうか文字が読めますように。
今の僕にできることは、それくらいだから。
眠りはすぐに訪れた。
そうして、異世界に来て2日目が終わった。
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