50 / 55
第六章 約束
アッシュベルト領
しおりを挟む
王都から西へ馬車で8時間ほど行った先に、アッシュベルト領はある。
風魔法で飛べばもっと時間が短縮できたんだろうけれど、そんなに長く飛ぶ自信はない。しかも、セレスと荷物まで一緒に飛ぶことは、たとえ1時間でも無理だ。
「やっぱり遠いね」
馬車の窓を開けて、セレスは白い息を吐く。
だんだん街並みが変わり、高い建物がなくなって、林の中をひた走る。
風景が変わらなくなると、退屈を感じるのも頷ける。
「せっかくだから、勉強でもしよっか」
セレスはそう言って、一度はノートを広げたのだが、馬車酔いをしそうになって止めた。
「セレスは、本当に退屈が嫌いなんだね」
そういえば、入学式でもこんな風に怠そうにしていたなと思い出して言うと、セレスはきょとんとした顔になる。
「当たり前じゃない。楽しくない時間なんて勿体ない。時間は有限なの」
そう言って、また窓の外へ顔を突き出した。
バイタリティに溢れる妹に感心し、僕も窓の外を見た。
すると、遠くに高い塔が見えてくる。
よく見ると風車が回っていた。
途端に、ざっと頭の中に記憶が流れ込んでくる。
あの風車の周りを駈けて遊んでいた頃のこと。
強風にあおられて飛んで行ったセレスの帽子、追いかけて転んだ自分。
心配して走り寄ってきた母。そして、拾い上げて高く帽子を掲げた父。
そこから、風景の何もかもが色付き、懐かしさに溢れて胸に迫る。
ここで、僕は生まれた。
確かに僕には、その記憶がある。
アッシュベルト領の城は、王城とは比べものにならないほどに小さいが、城壁は立派だった。大きな門の前には両親の姿があり、僕たちに向かって手を振っている。
「停めて!」
御者に言って馬車を停めてもらい、セレスは走り出した。
僕も馬車を降りて、セレスの後を追う。
「おかあさーん!」
母の方でも、セレスに向かって走ってくる。
僕はその姿に、胸が熱くなった。
アップにまとめた金の髪、明るい緑の瞳。
その額の形まで、セレスにそっくりだ。
「まったく、父さんのことは呼んでくれないのか」
赤い髪をくしゃりと掻き、茶色い目を眇める父。
セレスは笑って、父の方に抱き着いた。
「ただいま、お父さん」
頭を撫でて笑う父に、母が寄り添う。
僕は、間違いなくこの家族の一員だ。
よそよそしさは、まるで感じない。
これは、クリスティアンの記憶ではなく、僕自身の体感だ。
僕はやっぱり転移ではなく、この世界に転生してきていた。
僕は本当に、この両親の子どもとして生を受けた。
それがわかった途端に、ふつふつと愛情が湧き上がった。
「おかえりなさい、クリス」
「おお、お前もいたのか」
「もう、お父さんったら」
僕は、そんな三人を見ていて、胸がいっぱいになった。
「まずは、ごはんにしましょう」
城の中に入ると、更に記憶は確かなものとなった。
僕のよく知る執事や侍女、乳母にも再会した。
食卓を囲みながら、セレスは学院のことを話し続け、僕は相槌を打ちながら食べ続ける。
「あなたたちは、変わらないわね」
「そんなことはない。大人の顔つきになってきている。なあ、クリス」
自分の変化はわからないが、セレスが変わってきたのは僕にも感じられた。
片田舎から出た、好奇心旺盛な少女から、心優しい一人の女性へと変わりつつある。
食事を終えるとお風呂に入り、僕は早めに休んだ。
走馬灯のように記憶が頭の中を駆け巡って、今はそれに浸りたかった。
クリスティアンとしての人生が、ようやくすべて僕に繋がった。
僕はその感覚に喜びを感じて、身体から力を抜いた。
アッシュベルト領には五日間の滞在予定で、次の朝からはセレスと訓練を始めた。
今までセレスには土属性の力は発現していなかったが、段々と力を感じるようになってきたという。
「試合をしていたら、いつの間にか使えるようになっているかも」
「それはどうだろうね」
僕とイェレミーの試合の件もあるから、一概に否定はできない。
可能性は無きにしも非ず。
ただ、その力を引き出せるだけの相手に、僕がなれるかどうかが問題だ。
僕とセレスは、順番に遮蔽をかけて摸擬戦を行い、互いの力量を測った。
やっぱり、漠然と見ているだけではわからないことが、こうして対峙するとはっきりする。
セレスの中で一番強いのは、水属性の力のようだ。
4属性を持ち合わせていても、強弱は現れる。
そして、僕にとっても水が一番使いやすく、慣れているように感じられた。
それは、僕の目標が明確だからかもしれない。
憧れの形がそこにある。
焦がれて、目指してきた人。
僕は、目を閉じて感傷を散じて、目の前の訓練に集中した。
午前中は実技を、午後からは座学に勤しむ。
休み明けには発表の順番が回ってくるということもあり、セレスは図書室で借りた本と格闘していた。
「すごいよね、クリスは。ちゃんと発表できていたもの」
そう言って、机に突っ伏して、セレスは溜息を吐く。
「私も、氷魔法の攻撃について何か新しい提案ができるといいんだけどな」
既にかなり研究しつくされている属性であり、新しい視点を見つけるのでさえ大変だろう。
「まずは、先行研究をしっかり読み込まないとね」
「それはそう。はー、頑張るしかないかあ」
帰省しても、やることは変わらない。
それが、僕たちらしくはある。
両親は、特に口を出さずに好きなようにさせてくれた。
風魔法で飛べばもっと時間が短縮できたんだろうけれど、そんなに長く飛ぶ自信はない。しかも、セレスと荷物まで一緒に飛ぶことは、たとえ1時間でも無理だ。
「やっぱり遠いね」
馬車の窓を開けて、セレスは白い息を吐く。
だんだん街並みが変わり、高い建物がなくなって、林の中をひた走る。
風景が変わらなくなると、退屈を感じるのも頷ける。
「せっかくだから、勉強でもしよっか」
セレスはそう言って、一度はノートを広げたのだが、馬車酔いをしそうになって止めた。
「セレスは、本当に退屈が嫌いなんだね」
そういえば、入学式でもこんな風に怠そうにしていたなと思い出して言うと、セレスはきょとんとした顔になる。
「当たり前じゃない。楽しくない時間なんて勿体ない。時間は有限なの」
そう言って、また窓の外へ顔を突き出した。
バイタリティに溢れる妹に感心し、僕も窓の外を見た。
すると、遠くに高い塔が見えてくる。
よく見ると風車が回っていた。
途端に、ざっと頭の中に記憶が流れ込んでくる。
あの風車の周りを駈けて遊んでいた頃のこと。
強風にあおられて飛んで行ったセレスの帽子、追いかけて転んだ自分。
心配して走り寄ってきた母。そして、拾い上げて高く帽子を掲げた父。
そこから、風景の何もかもが色付き、懐かしさに溢れて胸に迫る。
ここで、僕は生まれた。
確かに僕には、その記憶がある。
アッシュベルト領の城は、王城とは比べものにならないほどに小さいが、城壁は立派だった。大きな門の前には両親の姿があり、僕たちに向かって手を振っている。
「停めて!」
御者に言って馬車を停めてもらい、セレスは走り出した。
僕も馬車を降りて、セレスの後を追う。
「おかあさーん!」
母の方でも、セレスに向かって走ってくる。
僕はその姿に、胸が熱くなった。
アップにまとめた金の髪、明るい緑の瞳。
その額の形まで、セレスにそっくりだ。
「まったく、父さんのことは呼んでくれないのか」
赤い髪をくしゃりと掻き、茶色い目を眇める父。
セレスは笑って、父の方に抱き着いた。
「ただいま、お父さん」
頭を撫でて笑う父に、母が寄り添う。
僕は、間違いなくこの家族の一員だ。
よそよそしさは、まるで感じない。
これは、クリスティアンの記憶ではなく、僕自身の体感だ。
僕はやっぱり転移ではなく、この世界に転生してきていた。
僕は本当に、この両親の子どもとして生を受けた。
それがわかった途端に、ふつふつと愛情が湧き上がった。
「おかえりなさい、クリス」
「おお、お前もいたのか」
「もう、お父さんったら」
僕は、そんな三人を見ていて、胸がいっぱいになった。
「まずは、ごはんにしましょう」
城の中に入ると、更に記憶は確かなものとなった。
僕のよく知る執事や侍女、乳母にも再会した。
食卓を囲みながら、セレスは学院のことを話し続け、僕は相槌を打ちながら食べ続ける。
「あなたたちは、変わらないわね」
「そんなことはない。大人の顔つきになってきている。なあ、クリス」
自分の変化はわからないが、セレスが変わってきたのは僕にも感じられた。
片田舎から出た、好奇心旺盛な少女から、心優しい一人の女性へと変わりつつある。
食事を終えるとお風呂に入り、僕は早めに休んだ。
走馬灯のように記憶が頭の中を駆け巡って、今はそれに浸りたかった。
クリスティアンとしての人生が、ようやくすべて僕に繋がった。
僕はその感覚に喜びを感じて、身体から力を抜いた。
アッシュベルト領には五日間の滞在予定で、次の朝からはセレスと訓練を始めた。
今までセレスには土属性の力は発現していなかったが、段々と力を感じるようになってきたという。
「試合をしていたら、いつの間にか使えるようになっているかも」
「それはどうだろうね」
僕とイェレミーの試合の件もあるから、一概に否定はできない。
可能性は無きにしも非ず。
ただ、その力を引き出せるだけの相手に、僕がなれるかどうかが問題だ。
僕とセレスは、順番に遮蔽をかけて摸擬戦を行い、互いの力量を測った。
やっぱり、漠然と見ているだけではわからないことが、こうして対峙するとはっきりする。
セレスの中で一番強いのは、水属性の力のようだ。
4属性を持ち合わせていても、強弱は現れる。
そして、僕にとっても水が一番使いやすく、慣れているように感じられた。
それは、僕の目標が明確だからかもしれない。
憧れの形がそこにある。
焦がれて、目指してきた人。
僕は、目を閉じて感傷を散じて、目の前の訓練に集中した。
午前中は実技を、午後からは座学に勤しむ。
休み明けには発表の順番が回ってくるということもあり、セレスは図書室で借りた本と格闘していた。
「すごいよね、クリスは。ちゃんと発表できていたもの」
そう言って、机に突っ伏して、セレスは溜息を吐く。
「私も、氷魔法の攻撃について何か新しい提案ができるといいんだけどな」
既にかなり研究しつくされている属性であり、新しい視点を見つけるのでさえ大変だろう。
「まずは、先行研究をしっかり読み込まないとね」
「それはそう。はー、頑張るしかないかあ」
帰省しても、やることは変わらない。
それが、僕たちらしくはある。
両親は、特に口を出さずに好きなようにさせてくれた。
315
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
【完結】流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。
時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!?
※表紙のイラストはたかだ。様
※エブリスタ、pixivにも掲載してます
◆この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」もあります。そちらも気になったら覗いてみてください。
◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました
藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。
(あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。
ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。
しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。
気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は──
異世界転生ラブラブコメディです。
ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。
妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。
藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。
妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、
彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。
だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、
なぜかアラン本人に興味を持ち始める。
「君は、なぜそこまで必死なんだ?」
「妹のためです!」
……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。
妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。
ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。
そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。
断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。
誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる