天才異能使いの穢れた侍は妖魔を断ち暗躍す

炭酸おん

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どうかしてる小説家

変な人

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 しばらくして、虎和は目を覚ました。一番に視界に飛び込んできたのは、彼の顔を至近距離で観察する変な男だった。

「うわっ気持ち悪ッ!? 誰だお前!?」

 虎和は目の前の男を殴り飛ばそうとしたが、そこで自らが縄で縛られている事に気付く。

「は……? 何で俺は縛られてるんだ? 一体何がどうなってる……?」

「お、やっとお目覚めみたいだね。紅床虎和君。僕としては、君の顔をもう少しじっくり観察させてもらいたかったんだけど。君みたいな美形の顔の表現方法はいくらあっても困らないからね」

 先程まで虎和を観察していた変人は、目覚めた虎和を見下ろしながら微笑を浮かべる。

「……で、誰だよお前。まぁ大体察しはついてるけど」

「あぁ申し訳ない、自己紹介が遅れてしまったね。僕は雨宮御茶之介。小説家だよ。しかし驚いたね、まさか君が僕の小説を買ってくれて、しかも券を引き当てて自らこっちに来てくれるなんて」

 御茶之介は緑がかった髪をいじりながらそう言った。身なりは平凡な町人そのもので、一目見ただけでは彼が売れっ子作家の雨宮御茶之介だとは分からないだろう。

「まぁ俺はどっちかというと、あなたの小説が大好きな同僚に押し付けられたみたいな感じだったけど」

「それで、読んでくれたのかい? もしそうなら是非感想を聞きたいんだが」

「というか、何で俺は縛られてるの? そっちを先に聞きたいんだけど」

「あぁすまない、その説明もまだだったね」

 世間的には売れっ子作家だが、虎和の目の前での言動だけ見れば御茶之介はただの変人である。変人は流暢に虎和を拘束した理由を説明し始めた。

「そもそも僕は、初めから君にとある依頼をしようと思っていたんだ。だからそのうち君の元を訪ねるつもりだった。でも何とびっくり、君の方から僕の所に来てくれた! でも君の目的はあくまで小説家・雨宮御茶之介に会う事。僕の個人的な依頼の話を切り出した途端に逃げられちゃわないか不安になってね。だから縛らせてもらった」

「あんた……常識とかないんか?」

「我が心と行動に一点の曇りなし……全てが正義だ。あと君の美顔をじっくり観察したかったのもあるかな」

「曇りしかないじゃねぇか」

 そうこの男、思考回路がぶっ飛んでいるのである。

「そもそも、俺の事知ってるんだ。意外だな」

「おいおい、僕は小説家だぞ? 情報収集は欠かしちゃいないさ。『妖魔退治を安値で引き受けてくれる紅床虎和という男がいる』という噂話を町で聞いたんだ。ちなみに、最近藩主の娘の専属家臣になった所まで調査済みだよ」

「すごい情報収集能力だな……妖魔退治向いてるんじゃない?」

「まぁそれはそうとして、君に頼みたい依頼なんだけど……」

 そこで御茶之介は改まった口調で虎和に頭を下げた。

「僕と一緒にある農村に行ってほしいんだ」

「…………?」

「あぁすまない、説明不足だったね。実はその農村、何やら奇妙な儀式を行っているとかいう噂があってね。妖魔絡みかもしれない。でも僕一人で行くのは不安だ、妖魔に殺されるかもしれない。だから君に依頼することにした」

「奇妙な儀式か……。でもあなたも知っての通り、俺は桜様の家臣になったんだ。あまり彼女の元から遠く離れる事はできない」

「それも承知してのお願いだ。君がそう言って帰ってしまう可能性もあったから君を拘束させてもらった」

 あまりのぶっ飛び具合に呆れる虎和だったが、同時に御茶之介の態度にあるものを感じていた。
 農村の奇妙な儀式……しかも噂に過ぎない。それにここまで首を突っ込みたがる理由とは何なのだろうか。その村に友人か家族でもいるのか、あるいは困った人を放っておけない正義感の強い人間なのか。

「ところで御茶之介さん、そこまでその農村にこだわる理由は? そこに友人とかがいたりするのか?」

「いや、純粋に小説の題材になりそうだからね。村で行われる奇妙な儀式とか、小説に使えそうだと思わないかい!?」

 雨宮御茶之介の正体、それは小説に対するあくなき探求心を持った狂人である。小説の題材になりそうな物事にはどんな事であろうと首を突っ込んで調べつくす。そこで得た英知が、彼をさらなる小説の深みへと導いていくのだ。

「……帰って良いか?」

「それは困る。困るから君を今縛り付けている」

「帰るにはどうしたら良い?」

「勝手なお願いだという事は十分分かってる。僕の依頼を引き受けてくれ」

 ……最早引き受けるしかなさそうだ。桜とお藤に説明すれば、数日くらいは遠くに行っても許してくれるだろう。

「……分かった。あなたの依頼を受ける。だから早くこの縄をほどいてくれ苦しくて仕方ない」

「そうか! ありがとう虎和君! 君のお陰で僕の作品はさらなる高みへと昇って行けるだろう!」

 そう言いながら御茶之介は高らかに笑った。ちなみに今深夜である。

「……いや早くほどけよ」
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