天才異能使いの穢れた侍は妖魔を断ち暗躍す

炭酸おん

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盗人の目

くノ一お藤

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「桜様、また勝手に町に出たんですか⁉」



 城に戻って早々、虎和と桜はある女に説教されていた。



「だってぇ……怪死事件解決しましたしぃ……虎和さんもついてましたしぃ……」



「怪死事件が解決したとはいえ、まだ妖魔の出現数は増加傾向にあるんですよ!? 良いですか? あなたは他の人とは違うんです。迂闊に町に出て妖魔に殺されるなんて事はあってはなりません!」



 流石の桜も、女の気迫の前になすすべも無く萎んでいる。

 女の方も中々である。桜の部下だろうに、主君である彼女を遠慮なく𠮟れている。二十三の虎和よりも少し年上くらいの見た目にも関わらず、相当に肝が据わっているようだ。



「私からは以上です。剛山様がお話したいと仰っていたので、剛山様の部屋までお願いします」



 桜の父である剛山が彼女を呼んだのも、十中八九彼女を叱るためだろう。まだ直接会った事は無いが、何だかんだ娘思いの良い親というのが、虎和の剛山に対する印象だった。



「……そしたら、こっちにもう一人叱らなくちゃいけない人がいたわね」



 そして女が次に見据えたのは、他ならぬ虎和だった。



「……思ったんですけど、貴女は一体何者なんですか? 桜様をあんなに堂々と𠮟れるなんて」



「そういえば、紹介がまだだったわね。私はお藤ふじ。四年前から桜様専属のくノ一としてお仕えしているの。まぁ同じ主君に仕える従者同士、敬語は無しで良いわよ」



「あぁ、あなたが桜様のくノ一か」



 虎和は事前に、自分の他にもう一人、桜専属のくノ一がいるという話を聞いていた。それこそがこのお藤である。



「ところで虎和君……桜様を町に連れ出すとか何考えてるの!?」



 自己紹介を済ませた途端、お藤は豹変して虎和に詰め寄った。虎和を睨みつけるその目には、数々の妖魔と戦って来た彼を震え上がらせる程の恐ろしさを内包していた。



「あー、あのぉ……桜様がどうしても町の料理屋で昼食を食べたいって言うので、俺がいれば大丈夫だと思ったから連れて行ったんだ……」



「やれやれ……虎和君は桜様がどういう存在か分かってるの?」



「そりゃあ勿論。桜様は藩主・剛山様の娘。何が何でもお守りしないといけない存在だ」



 虎和はごく真面目に答えるが、お藤はその答えにがっくりと肩を落とした。



「……え、俺何か変な事言っちゃった?」



「いや、間違ってはいないんだけどね……。まぁ、この事を知ってるのは家臣の中でもごく一部の者だけだし、仕方ないわね」



 桜には、保馬藩の最重要機密と言えるほどの秘密があった。



「あのね虎和君。桜様は特異体質なの。桜様の血には、一滴だけでも妖魔を活性化・狂暴化させる効力がある。だから万が一にも桜様が妖魔に食われたりしたら、それはもう大変な事になる。そして妖魔達は、さらなる強さを得るために桜様を手中に収めようとする。かなり厳しく情報統制してるからこの事は町の人も妖魔も知らないけれど、万が一の事があるから。桜様にはいつも外出は控えるようにと言っているのに……」



 お藤の言葉には、彼女の気苦労が滲み出ていた。四年という長い年月を経て、桜とお藤は互いに姉妹に近い感情を抱いていた。それ故にお藤は、父親の剛山と並んで、桜を叱ることができる数少ない存在なのだ。

 だがお翠にとって、桜を叱るという行為は楽な物では無かった。妹にも近しい人を叱らねばならないというのは、やはり辛い。



「え⁉ 桜様にそんな秘密があったのか!?」



「伝えるのが遅くなってごめんなさいね。でもそういう訳だから、貴方の『桜様を守る』という使命はとんでもなく重いのよ」



 失敗すれば藩主の娘が死ぬだけでなく、とんでもない強さを持つ妖魔が誕生してしまう。場合によっては保馬藩など消滅してしまうだろう。自らの首一つで責任が取れるような話ではない。



「俺ってそんな重大任務課されてたんだ……」



「そうよ。……でも正直、昼間に堂々と行動する妖魔なんて中々いないんだけどね。剛山様の方針でそうしてるだけよ。全く、あの方も過保護なんだから……」



 そう。妖魔は基本的に夜に行動する。なので万が一があるとはいえ、昼間の行動さえも制限してしまうのは如何なものだろうかと、虎和は思っていた。

 今度剛山に直接会う機会があったら、桜の自由を増やしてやってくれと進言しよう。虎和はそう心に誓った。
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