4 / 25
穢れた侍
煙ヶ羅
しおりを挟む
先に動いたのは虎和だった。
「生憎、競い事をしているんでな。さっさと祓わせてもらおう」
瞬時に煙ヶ羅に接近し、その流れのままに刀を振るう。
煙ヶ羅は煙の妖魔である。その刀は煙である煙ヶ羅の体を斬る事はできず、素通りする……はずだった。
虎和が駆け抜けるとほぼ同時、煙ヶ羅の体から血しぶきが舞った。
「……まぁ、使ってくるわよね、魂力こんりょく。それにしたって、並の侍の魂力じゃないでしょ……!」
魂力。人間の魂に宿る、妖魔の持つ『妖力』と対になる力である。妖魔に対して特攻性があるため、魂力を込めた攻撃は煙ヶ羅のような実体の無い妖魔にも通用する。この『魂力』こそが、人間が妖魔と渡り合う上での武器の一つだ。
そしてもう一つの武器、それが『漢字』の異能。
「今が夜で良かったよ。お陰で人目を気にせず異能を使える」
虎和が呟くと同時、彼は刀で自分の指先を切った。
傷口から血が噴出し、それが集まって固まり、血の矢となった。
「紅血破魔矢」
虎和に刻まれた漢字は『血』だ。これにより虎和は、自身の血を自由に操る事ができる異能を持つ。
だがこの時代、血は不浄な物とされていた。それ故に虎和は『穢れた侍』と呼ばれ、人前で異能を使う事を避けたがっているのだ。
―――しかし、今は夜。人はいない。惜しみなく力を使う事ができる。
虎和が煙ヶ羅に腕を向けると、血の矢はその方向に飛んでいった。
煙ヶ羅は体を煙にして避けようとするが、当然矢にも魂力が込められている。回避を許さず、体に深々と突き刺さる。
「ぐっ」
「流石に矢の一発じゃ死なないか。なら」
虎和は体内を流れる血を操作して血液循環を速める事で、身体能力を強化する。強化された肉体で刀を構え、再び煙ヶ羅に迫る。
「そんな小細工したって無駄よ! 延々毒!」
煙ヶ羅は体を毒の煙に変化させる。この煙で、今まで人間を葬って来たのだ。
虎和は身体強化を施した。近接戦を仕掛けようとしているのは明らかだ。ならば、近づいた所で毒を吸わせて殺せば良い。この罠で、虎和は殺せる。
「そんな丸見えの罠にかかるかよ」
「……え?」
気付いた時には虎和は煙ヶ羅の背後に立っていた。そして煙ヶ羅の胴体は斬られていた。
「抜刀術。俺の特技だ。身体強化をすれば、俺が近接戦をしようとしていると誤解させられると思ってな。お前は見事にその罠にかかったって訳だ」
罠にかけられていたのは煙ヶ羅の方だった。
煙ヶ羅は体を煙にし、再生させたが、かなり力を使ってしまった。毒の煙を発生させられるだけの妖力が、もう残っていない。
「嘘……? たかが侍一人にこんなに力を使ったの?」
刀で斬られたのが二回、そして血の矢に貫かれたのが一回だ。
たったそれだけしか攻撃を受けていないが、一撃一撃に相当な量の魂力が込められていた。故に煙ヶ羅の体を深く抉り、大きな傷を与えていたのだ。
「いつ護千代の奴が気付いて乱入してくるか分からないからな。次で終わらせる」
虎和は刀に血を纏わせ、通常の二倍近い長さの刀に変化させた。
それを持ちながら軽々と煙ヶ羅に迫り、一閃する。
「―――紅血一閃」
大刀によって切断された煙ヶ羅の体は、今度こそ完全に真っ二つになった。煙ヶ羅は再生する力さえも消え失せたようで、力なくその場に倒れ伏した。
「……よっし! これで俺の勝ち!」
煙ヶ羅を倒した途端、戦闘中の姿が別人に見える程に虎和の態度は一変した。妖魔と対峙した時は冷酷になるが、普段の彼はこんな物である。
「よし、急いで桜様に報告を……」
「……ぬかったわね。まさかあいつ以外にも私を嗅ぎまわってた奴……しかも滅茶苦茶強い奴がいたなんて。あの久我家の坊より、こっちを本体で叩くべきだったわ……」
まだ辛うじて息が合った煙ヶ羅が呟く。それと同時に、煙ヶ羅の体は煙となってどこかへ飛んで行ってしまった。
「しまった! あいつ、分身だったか! ……成程、どうりで弱かった訳だ」
虎和は戦闘中、ある違和感を覚えていた。煙ヶ羅が弱すぎる事だ。
妖魔は人を殺せば殺す程強くなる。人間が死の間際に感じる負の感情が、妖魔にとって最大の栄養になるのだ。
だが今の煙ヶ羅は、二十人以上も人を殺したとは思えない強さだった。もし今戦った煙ヶ羅が、本体から煙を切り離して作った分身だったら……納得はできる。
「というかあいつ、久我家の坊って言ってたよな……! まずい、このままじゃ先を越される!」
恐らく既に、護千代と本体は戦闘を始めている。護千代の強さがどれ程なのか虎和は知らないが、先を越される危険性は十分にあった。
今倒した煙ヶ羅が煙になって向かっている先は、間違いなく本体のいる場所だ。虎和は大慌てで煙の行く先を追った。
「生憎、競い事をしているんでな。さっさと祓わせてもらおう」
瞬時に煙ヶ羅に接近し、その流れのままに刀を振るう。
煙ヶ羅は煙の妖魔である。その刀は煙である煙ヶ羅の体を斬る事はできず、素通りする……はずだった。
虎和が駆け抜けるとほぼ同時、煙ヶ羅の体から血しぶきが舞った。
「……まぁ、使ってくるわよね、魂力こんりょく。それにしたって、並の侍の魂力じゃないでしょ……!」
魂力。人間の魂に宿る、妖魔の持つ『妖力』と対になる力である。妖魔に対して特攻性があるため、魂力を込めた攻撃は煙ヶ羅のような実体の無い妖魔にも通用する。この『魂力』こそが、人間が妖魔と渡り合う上での武器の一つだ。
そしてもう一つの武器、それが『漢字』の異能。
「今が夜で良かったよ。お陰で人目を気にせず異能を使える」
虎和が呟くと同時、彼は刀で自分の指先を切った。
傷口から血が噴出し、それが集まって固まり、血の矢となった。
「紅血破魔矢」
虎和に刻まれた漢字は『血』だ。これにより虎和は、自身の血を自由に操る事ができる異能を持つ。
だがこの時代、血は不浄な物とされていた。それ故に虎和は『穢れた侍』と呼ばれ、人前で異能を使う事を避けたがっているのだ。
―――しかし、今は夜。人はいない。惜しみなく力を使う事ができる。
虎和が煙ヶ羅に腕を向けると、血の矢はその方向に飛んでいった。
煙ヶ羅は体を煙にして避けようとするが、当然矢にも魂力が込められている。回避を許さず、体に深々と突き刺さる。
「ぐっ」
「流石に矢の一発じゃ死なないか。なら」
虎和は体内を流れる血を操作して血液循環を速める事で、身体能力を強化する。強化された肉体で刀を構え、再び煙ヶ羅に迫る。
「そんな小細工したって無駄よ! 延々毒!」
煙ヶ羅は体を毒の煙に変化させる。この煙で、今まで人間を葬って来たのだ。
虎和は身体強化を施した。近接戦を仕掛けようとしているのは明らかだ。ならば、近づいた所で毒を吸わせて殺せば良い。この罠で、虎和は殺せる。
「そんな丸見えの罠にかかるかよ」
「……え?」
気付いた時には虎和は煙ヶ羅の背後に立っていた。そして煙ヶ羅の胴体は斬られていた。
「抜刀術。俺の特技だ。身体強化をすれば、俺が近接戦をしようとしていると誤解させられると思ってな。お前は見事にその罠にかかったって訳だ」
罠にかけられていたのは煙ヶ羅の方だった。
煙ヶ羅は体を煙にし、再生させたが、かなり力を使ってしまった。毒の煙を発生させられるだけの妖力が、もう残っていない。
「嘘……? たかが侍一人にこんなに力を使ったの?」
刀で斬られたのが二回、そして血の矢に貫かれたのが一回だ。
たったそれだけしか攻撃を受けていないが、一撃一撃に相当な量の魂力が込められていた。故に煙ヶ羅の体を深く抉り、大きな傷を与えていたのだ。
「いつ護千代の奴が気付いて乱入してくるか分からないからな。次で終わらせる」
虎和は刀に血を纏わせ、通常の二倍近い長さの刀に変化させた。
それを持ちながら軽々と煙ヶ羅に迫り、一閃する。
「―――紅血一閃」
大刀によって切断された煙ヶ羅の体は、今度こそ完全に真っ二つになった。煙ヶ羅は再生する力さえも消え失せたようで、力なくその場に倒れ伏した。
「……よっし! これで俺の勝ち!」
煙ヶ羅を倒した途端、戦闘中の姿が別人に見える程に虎和の態度は一変した。妖魔と対峙した時は冷酷になるが、普段の彼はこんな物である。
「よし、急いで桜様に報告を……」
「……ぬかったわね。まさかあいつ以外にも私を嗅ぎまわってた奴……しかも滅茶苦茶強い奴がいたなんて。あの久我家の坊より、こっちを本体で叩くべきだったわ……」
まだ辛うじて息が合った煙ヶ羅が呟く。それと同時に、煙ヶ羅の体は煙となってどこかへ飛んで行ってしまった。
「しまった! あいつ、分身だったか! ……成程、どうりで弱かった訳だ」
虎和は戦闘中、ある違和感を覚えていた。煙ヶ羅が弱すぎる事だ。
妖魔は人を殺せば殺す程強くなる。人間が死の間際に感じる負の感情が、妖魔にとって最大の栄養になるのだ。
だが今の煙ヶ羅は、二十人以上も人を殺したとは思えない強さだった。もし今戦った煙ヶ羅が、本体から煙を切り離して作った分身だったら……納得はできる。
「というかあいつ、久我家の坊って言ってたよな……! まずい、このままじゃ先を越される!」
恐らく既に、護千代と本体は戦闘を始めている。護千代の強さがどれ程なのか虎和は知らないが、先を越される危険性は十分にあった。
今倒した煙ヶ羅が煙になって向かっている先は、間違いなく本体のいる場所だ。虎和は大慌てで煙の行く先を追った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる