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穢れた侍
衝突
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「……守ってください、と言うと? 一応今しがた妖魔からはお守りしましたが……」
「桜様、ここは我々が説明いたしましょう」
桜の代わりに説明を買って出たのは、家臣の侍たちだった。
「実は我々は今、桜様をお守りする家臣になってくれる者を探しているのです。前任者がいたのですが、彼は先日突然死んでしまった。……虎和さんはここ最近起きている怪死事件をご存知ですか?」
「確か、城下町で頻発している事件ですよね。夜道で何の前触れもなく人が死んでいくという。確かもう被害者の数は二十人を超えているとか……」
虎和も妖魔退治の依頼を受けに城下町に出向く際に、この話は聞いていた。今の所虎和に依頼は出されていないが、十中八九妖魔の仕業だろう。
「はい。そしてその前任者も、同じような形で死んでしまったのです……。我々としてもいち早く桜様をお守りする家臣を就けたい所なのですが、恥ずかしながら今の保馬藩には人も金も無い……。なので、新しく家臣を一人雇うので精一杯なのです」
「虎和さん、どうかこの役目、買って出てはくれないか⁉ この通りだ!」
家臣の一人が頭を下げ、残り二人もそれに続く。
藩主に仕える三人と君主を持たぬ虎和とでは、身分の差は明白だ。言うまでも無い程に格下の虎和に、家臣たちは頭を下げたのだ。どれだけ桜の身を案じているのか、理解するには十分だった。
「私からもお願いします。虎和さんは数々の妖魔退治の実績があると聞いて、あなたなら私を守れるんじゃないかと思ってお願いに来たんです。そしてあなたなら、この怪死事件もきっと解決してくれるはずだと信じています。なのでどうか、お願いします!」
桜もまた、虎和に頭を下げた。彼女は自分の身を案じているだけではない。町の人々を恐怖させる怪死事件の解決を心から願っている事が、その声色からは伝わって来た。
虎和が君主を持たないのには理由があった。君主を守れなかった時、自分がどうしようもない悲しみと無力感に襲われると知っていたからだ。かつて母を失った時のような思いをしたくない。その思いから、虎和はここまで人と深い関りを持たぬように生きてきた。
だが桜や家臣たちの懇願を聞いて、揺らいでいる。これほど必死に助けを求める人を無視すれば、虎和の「人を守る」という信条を無視する事になるだろう。そもそも虎和は、もう二度と大事な人を失わないように、ここまで修行して力をつけてきたのだ。その「大事な人」を持つ事から逃げ続けていたら、一体何のために血反吐を吐くような努力をしてきたのだろうか。
「……分かりました。その役目、俺にお任せください。怪死事件を解決し、必ずや桜様をお守りしてみせます!」
「虎和さんありがとうございます! あなたの覚悟、しかと受け取りました。では虎和さんも家臣『候補』という事で、どちらの方が相応しいか決めなければなりませんな……」
「ん、ちょっと待ってください。家臣『候補』というのは……?」
家臣の発した何気ない一言を虎和は聞き逃さなかった。桜は罰が悪そうな顔で事情を話す。
「……実は、今回虎和さん以外にもう一人、家臣候補として声をかけた方がいるんです。知っての通り保馬藩は今かなり財政が厳しい状況なので、新しく雇えるのはどちらか一人だけなんです。なので今から、どちらの方が相応しいか保馬城で話し合おうと思います。虎和さんも来てください」
「おぉ……分かりました」
そんなこんなで、虎和は人生初の保馬城へと向かう事になった。
~~~
城内には既に先客がいた。その男こそが、もう一人の家臣候補なのだろう。男は桜と一緒に入って来た虎和を睨みつけた。
「私は着替えてくるので、その間にお二人で自己紹介をお願いしますね」
桜はそう言って、城内用の着物へと着替えに向かった。部屋には虎和と候補の男、見張りの侍二人が残された。
「よぉ。お前、緊張してるみたいだなぁ。まあ無理もないか、だって相手がこの俺なんだからな!」
「君は誰だ」
「おまっ……俺の事知らねーのかよ⁉ 俺は久我護千代、久我家の跡取りだよ!」
久我家は保馬藩内では有力な名家である。そんな家の跡取り息子である自分を知らない人間がいる事に、護千代はひどく驚いた。虎和は山奥で暮らしている上にそういった話に興味が無いので、知らないのも無理はないが。
「俺は紅床虎和。よろしく」
「紅床虎和……その名前思い出したぞ! 山奥に引きこもってる穢れた侍ってのはお前の事か!」
「……何だと? お前、今の発言訂正しろ」
護千代の言葉を聞いた虎和の態度が急変する。あまりの変わりように、護千代は震えあがった。
「ひぃ、すまない! 流石に言いすぎた!」
「俺は山奥に引きこもってない。妖魔退治の依頼を受けに定期的に町に出ている。引きこもりは間違いだ」
「いやそっちかよ⁉ 怒るのって『穢れた侍』の方じゃないの⁉」
「そう呼ばれるのはもう慣れた。俺の『異能』故、仕方のない事だからな」
人々は皆、一文字の『漢字』が魂に刻まれている。その漢字に関する『異能』を使い、妖魔を退治したり生活に役立てたりするのだ。虎和の漢字は、『穢れた侍』と言われても仕方のない物だった。
「……噂には聞いてたが、それ以上に変わった奴だな。だが大丈夫だ、家臣の座を勝ち取り、桜様の婚約者に名を上げるのはこの俺だ!」
「護千代、お前今何と言った」
護千代の背後からぬっと虎和が現れて、護千代に詰め寄る。
「お前本当に何なんだよ⁉ 急に出てくるなよ怖いだろ!?」
「桜様の婚約者に名を上げるとは一体どういう事だ」
「え、お前それが分からずにここに来たのか? 桜様の家臣として功績を上げれば、その父である剛山《ごうざん》様の耳にもその情報が入る。剛山様に功績を認めてもらえれば、自分が桜様の婚約相手として指名される可能性が上がるじゃないか」
この時代は、婚約相手は親が決めるのが普通であった。よって、どれだけ親に自分の活躍を示せるかが鍵となるのだ。
「成程、確かにその通りだ……!」
「やっと分かったか? とにかく俺は、家のためにも桜様の婚約者の座を勝ち取らないといけないんだ。この勝負、負ける訳にはいかないね」
「それは俺だって同じだ。覚悟決めてここまで来たんでね、負けるなんて事は許されない」
そうこう話しているうちに、着替えを済ませた桜が部屋に戻って来た。より華々しい着物を纏ったことで、その美しさにより一層磨きがかかっている。
「それでは、今回の家臣の選定方法について説明させていただきます」
部屋にいた侍の一人が説明を始めた。
「桜様をお守りするにあたって、数々の妖魔退治の実績を持つ虎和さん、そして妖魔退治の名門家、久我家の息子である護千代さんを候補に選ばせていただきました。そして桜様の家臣には、より強く優秀な者が就くべきだと考えています」
久我家は妖魔退治の名門家だ。護千代自身の実力はともかく、虎和と並んで呼ばれるだけの理由は十分にあった。
「そこで今回は、今頻発している怪死事件を先に解決した方を家臣に選ぶこととなりました。この事件の裏には確実に妖魔がいます。その妖魔を打ち取って、力を示してください」
妖魔退治。力量を測るにはもってこいだ。
「成程、分かりました。町の人々の為にも、そして桜様をお守りする為にも、この怪死事件、紅床虎和が解決してみせます!」
「いいや、この事件を解決するのは久我護千代です! 俺にお任せください!」
虎和と護千代は互いに宣言し、激しく睨みあう。
家臣(婚約者)の座をかけた、妖魔退治競争が幕を開けた。
「桜様、ここは我々が説明いたしましょう」
桜の代わりに説明を買って出たのは、家臣の侍たちだった。
「実は我々は今、桜様をお守りする家臣になってくれる者を探しているのです。前任者がいたのですが、彼は先日突然死んでしまった。……虎和さんはここ最近起きている怪死事件をご存知ですか?」
「確か、城下町で頻発している事件ですよね。夜道で何の前触れもなく人が死んでいくという。確かもう被害者の数は二十人を超えているとか……」
虎和も妖魔退治の依頼を受けに城下町に出向く際に、この話は聞いていた。今の所虎和に依頼は出されていないが、十中八九妖魔の仕業だろう。
「はい。そしてその前任者も、同じような形で死んでしまったのです……。我々としてもいち早く桜様をお守りする家臣を就けたい所なのですが、恥ずかしながら今の保馬藩には人も金も無い……。なので、新しく家臣を一人雇うので精一杯なのです」
「虎和さん、どうかこの役目、買って出てはくれないか⁉ この通りだ!」
家臣の一人が頭を下げ、残り二人もそれに続く。
藩主に仕える三人と君主を持たぬ虎和とでは、身分の差は明白だ。言うまでも無い程に格下の虎和に、家臣たちは頭を下げたのだ。どれだけ桜の身を案じているのか、理解するには十分だった。
「私からもお願いします。虎和さんは数々の妖魔退治の実績があると聞いて、あなたなら私を守れるんじゃないかと思ってお願いに来たんです。そしてあなたなら、この怪死事件もきっと解決してくれるはずだと信じています。なのでどうか、お願いします!」
桜もまた、虎和に頭を下げた。彼女は自分の身を案じているだけではない。町の人々を恐怖させる怪死事件の解決を心から願っている事が、その声色からは伝わって来た。
虎和が君主を持たないのには理由があった。君主を守れなかった時、自分がどうしようもない悲しみと無力感に襲われると知っていたからだ。かつて母を失った時のような思いをしたくない。その思いから、虎和はここまで人と深い関りを持たぬように生きてきた。
だが桜や家臣たちの懇願を聞いて、揺らいでいる。これほど必死に助けを求める人を無視すれば、虎和の「人を守る」という信条を無視する事になるだろう。そもそも虎和は、もう二度と大事な人を失わないように、ここまで修行して力をつけてきたのだ。その「大事な人」を持つ事から逃げ続けていたら、一体何のために血反吐を吐くような努力をしてきたのだろうか。
「……分かりました。その役目、俺にお任せください。怪死事件を解決し、必ずや桜様をお守りしてみせます!」
「虎和さんありがとうございます! あなたの覚悟、しかと受け取りました。では虎和さんも家臣『候補』という事で、どちらの方が相応しいか決めなければなりませんな……」
「ん、ちょっと待ってください。家臣『候補』というのは……?」
家臣の発した何気ない一言を虎和は聞き逃さなかった。桜は罰が悪そうな顔で事情を話す。
「……実は、今回虎和さん以外にもう一人、家臣候補として声をかけた方がいるんです。知っての通り保馬藩は今かなり財政が厳しい状況なので、新しく雇えるのはどちらか一人だけなんです。なので今から、どちらの方が相応しいか保馬城で話し合おうと思います。虎和さんも来てください」
「おぉ……分かりました」
そんなこんなで、虎和は人生初の保馬城へと向かう事になった。
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城内には既に先客がいた。その男こそが、もう一人の家臣候補なのだろう。男は桜と一緒に入って来た虎和を睨みつけた。
「私は着替えてくるので、その間にお二人で自己紹介をお願いしますね」
桜はそう言って、城内用の着物へと着替えに向かった。部屋には虎和と候補の男、見張りの侍二人が残された。
「よぉ。お前、緊張してるみたいだなぁ。まあ無理もないか、だって相手がこの俺なんだからな!」
「君は誰だ」
「おまっ……俺の事知らねーのかよ⁉ 俺は久我護千代、久我家の跡取りだよ!」
久我家は保馬藩内では有力な名家である。そんな家の跡取り息子である自分を知らない人間がいる事に、護千代はひどく驚いた。虎和は山奥で暮らしている上にそういった話に興味が無いので、知らないのも無理はないが。
「俺は紅床虎和。よろしく」
「紅床虎和……その名前思い出したぞ! 山奥に引きこもってる穢れた侍ってのはお前の事か!」
「……何だと? お前、今の発言訂正しろ」
護千代の言葉を聞いた虎和の態度が急変する。あまりの変わりように、護千代は震えあがった。
「ひぃ、すまない! 流石に言いすぎた!」
「俺は山奥に引きこもってない。妖魔退治の依頼を受けに定期的に町に出ている。引きこもりは間違いだ」
「いやそっちかよ⁉ 怒るのって『穢れた侍』の方じゃないの⁉」
「そう呼ばれるのはもう慣れた。俺の『異能』故、仕方のない事だからな」
人々は皆、一文字の『漢字』が魂に刻まれている。その漢字に関する『異能』を使い、妖魔を退治したり生活に役立てたりするのだ。虎和の漢字は、『穢れた侍』と言われても仕方のない物だった。
「……噂には聞いてたが、それ以上に変わった奴だな。だが大丈夫だ、家臣の座を勝ち取り、桜様の婚約者に名を上げるのはこの俺だ!」
「護千代、お前今何と言った」
護千代の背後からぬっと虎和が現れて、護千代に詰め寄る。
「お前本当に何なんだよ⁉ 急に出てくるなよ怖いだろ!?」
「桜様の婚約者に名を上げるとは一体どういう事だ」
「え、お前それが分からずにここに来たのか? 桜様の家臣として功績を上げれば、その父である剛山《ごうざん》様の耳にもその情報が入る。剛山様に功績を認めてもらえれば、自分が桜様の婚約相手として指名される可能性が上がるじゃないか」
この時代は、婚約相手は親が決めるのが普通であった。よって、どれだけ親に自分の活躍を示せるかが鍵となるのだ。
「成程、確かにその通りだ……!」
「やっと分かったか? とにかく俺は、家のためにも桜様の婚約者の座を勝ち取らないといけないんだ。この勝負、負ける訳にはいかないね」
「それは俺だって同じだ。覚悟決めてここまで来たんでね、負けるなんて事は許されない」
そうこう話しているうちに、着替えを済ませた桜が部屋に戻って来た。より華々しい着物を纏ったことで、その美しさにより一層磨きがかかっている。
「それでは、今回の家臣の選定方法について説明させていただきます」
部屋にいた侍の一人が説明を始めた。
「桜様をお守りするにあたって、数々の妖魔退治の実績を持つ虎和さん、そして妖魔退治の名門家、久我家の息子である護千代さんを候補に選ばせていただきました。そして桜様の家臣には、より強く優秀な者が就くべきだと考えています」
久我家は妖魔退治の名門家だ。護千代自身の実力はともかく、虎和と並んで呼ばれるだけの理由は十分にあった。
「そこで今回は、今頻発している怪死事件を先に解決した方を家臣に選ぶこととなりました。この事件の裏には確実に妖魔がいます。その妖魔を打ち取って、力を示してください」
妖魔退治。力量を測るにはもってこいだ。
「成程、分かりました。町の人々の為にも、そして桜様をお守りする為にも、この怪死事件、紅床虎和が解決してみせます!」
「いいや、この事件を解決するのは久我護千代です! 俺にお任せください!」
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