黄昏に舞う戦乙女

Terran

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【天を見上げる戦乙女】

第045話

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 幾度目かの衝撃波の嵐を耐えた後。
 突如として災害はその勢いを失った。

 セレンは辺りを探り、ヨルドが向かったと思われる方向へと捜索に出る。
 暫く行った先には異様な光景が広がっていた。

〈アハハハッ! アハハハッ! アハハハッ! アハハハッ! アハハハッ! アハハハッ! アハハハッ!〉

 目を狂気に蒼黒く染めてヨルドは複雑骨折した両腕両足を在らぬ方向へと捻じ曲げたまま、胴体の筋力だけで転げ回っている。

「『法技』を使おうとしたアマンダは魔物の断末魔の地法力を浴びて、明らかにいつもと違う雰囲気になって暴走した…」

〈アッハハッ! ヒヒハハハッ! アハッアハハッ! アヒヒッ! アヒャハハハッ! アヒャハハハッ! フヒハヒャハハハッ!〉

 渓谷を埋め尽くしていた魔物の群は巨人の猛進に轢かれ衝撃波でバラバラにされてしまった。
 谷に充満する地法力のほとんどを一人で浴び続けたヨルドに正気があるようには見えない。
 荒れ狂う法力も暴れまわっていた時と比べてだいぶ落ち着いてきている。

「ドワーフの戦士の話によれば、地法力をちゃんと弾き返さないと悪影響が出るみたいね。浴び過ぎると浄化ってのが必要らしい」

〈アヒャヒャヒャヒャッ!!〉

 何が可笑しいのか、ヨルドは自由にならない四肢を顧みる事なく芋虫状態でジタバタと藻掻く。
 漏れ出る蒼黒い法力は弱まり、時折吹く風に散らされて地法力もまた薄まってきていた。

「巨人族ってのは図体がデカい分だけ法力の量が多いんだろうね。でも“狂奔”ヨルド…、アンタはいつから『法技』を使い続けていたんだ?」

 空中から見下ろすようにして、セレンは返事の無い巨人へと問い掛ける。
 セレンは直撃していないにも拘らず衝撃波だけで何度も絶壁に叩き付けられ全身が傷だらけだったが、必死に急所を始めとした致命傷から身を守り抜き、身体は痛むが動くのに支障は無かった。
 対するヨルドの動きは小さい。

「ヨルド、アンタは桁外れに強いよ。アタシだってこうして見てすら信じられないもの。まさかここまで長い『持続型の法技』があるなんてね」

〈アヒッッ…!! アッ…がっは…?!〉

 そう。それこそヨルドが巨体を人間サイズと同様に動かし続けられたカラクリ。
 ヨルドは力をセーブした法技を長時間継続して効果させていたのだ。

「でも、どんなに強くたって限界はある。アンタの『法技』は自由に動き回る能力なんだろ?」

〈アッ…ァ…?〉

 しかしこの崖を墜落してから正気を失って発動させた法技は、おそらく全力だったのだろう。
 いくらヨルドの法力が莫大と言っても、セーブしていない全力の法技を消耗状態から発動させたら無事では済まなかった。

「それだけ暴走したんだ、反動は何? 動けなくなることかしら?」

〈…ッ……〉

 弱々しく痙攣するヨルドからはもう法力をほとんど感じ取れない。

「『ファイアボール』『ファイアボール』『ファイアボール』『ファイアボール』」

 セレンはおもむろに辺りに散らばる魔物の残骸とヨルドに法撃を放って火を着けた。

「このまま黙って立ち去っても、煙に巻かれてアンタは死ぬかも知れない。いくら頑丈で槍が通らなくても、法撃が効かなくても、これならどうしようもないでしょ?」

 セレンは反撃を警戒して安易に近付かない。
 どんなに認めたくなくても、歴然として相手は格上だ。

「…けれどそうは行かせない。アンタはアタシに言ったよなあ、『そんな死に方は赦さない』だったっけ? 奇遇だなあ、アタシも同じ事を思ってるよ」

〈…ッ…ァ…〉

 セレンは無惨に殺された中隊の面々を思い出す。とは言え特別に思い入れがある訳では無い。
 むしろ変な目で見られたり、侮られたり、傭兵だからと、女だからと舐めた態度を取ってきた連中も多かったのでどちらかと言えば嫌いである。

「あんな連中でも今はまだ同僚らしくてね…。せめてものケジメとして敵将の首はちゃんと獲ってやりたいと思うわけよ」

〈…ゃ…め…〉

 もちろん懸賞金の件もあるが、今の心情としては金よりも筋を通す事を優先したかった。
 セレンは自分の槍を引き抜いて、すっかりボロボロになっているのを見て諦めて仕舞う。

「アンタとまともに戦ってもアタシは100回中100回は負けそうだから無理するつもりは無かったけどさ。今は残りの0回を奇跡的に引いてるし、ここまでお膳立てされたら…やるしかないでしょ?」

〈???〉

 そう言って今度はヴィンスから事前に渡されていた予備の剣を鞘から引き抜く。
 ヨルドのまともに働かない頭でもセレンの言ってる事が無茶苦茶だと思った。

「ではあちらをご覧ください。ここには『私の放った炎が燃えて』います。ここには貴方が殺した無数の魔物の『死体が散らばって』います…」

〈…ッ…?!〉

 左手で抜いた剣を見て一瞬考えてから右手に持ち替え、背筋を伸ばし半身になって構える。

「お陰様で周囲は地法力で溢れかえっていて危ないですし、これくらいにしておきましょうか。唱節が二つだけの不完全な『法技』で大変恐縮ですが、私まで無様に暴走したくはないもの」

 スッと表情を消し、すぅっと息を吸って冷ややかで隙の無い緊迫した空気を纏う。

「さてさて皆様お立ち会い。これよりお見せするのは【地上の戦乙女】の流麗なる葬呈の舞い。どなた様も素っ首揃えてご照覧あれ…!」

 セレンの内側から青い光の帯が幾筋も立ち昇る。
 その長髪は強大な法力の影響で蒼い輝きを現し、周囲の炎が爆ぜて、ヨルドの瞳は絶望に染まった。

「分法技【児画庭園《ロウレス・ガーデン》】!」

 セレンは普段の野性味ある動きとは打って変わった静かで洗練された所作でヨルドへと一息で迫る。
 まるで抵抗感無く滑るように刻まれる無数の剣筋はまさに流水の剣舞!

「はい、これでお終い」

 全く身動きの出来ない最強の巨人勇士は為すすべもなく、戦場に残った最後の名前付《ネームド》の手によってその生涯を終わらせられた。





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