黄昏に舞う戦乙女

Terran

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【天を見上げる戦乙女】

第025話

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 月明かりの下。巻き上がる炎で煌々と照らされる森の中で、セレンは構えていた弓を下ろして背負い、着けていた指輪を外して胸元へと仕舞った。

「あー、時間かけ過ぎた~…」

 チラリと森を一瞥して、身ぐるみを剥がされ焼け爛れて身元不明となった12の死体から視線を外し、それから戦馬の下へと向かって行った。

「ねえベテルギウス。あれで名前付《ネームド》じゃないなんて詐欺よね詐欺。余計な仕事増やしやがって!」

 やるだけやっておいて理不尽な愚痴を溢す。
 戦馬に跨って目標の追跡を再開しようとするセレンだったが、お腹が鳴って立ち止まる。

「もう真夜中じゃん!」

 改めて空を見上げて、そう言えば最後に食べたのがいつだったかと必死に思い出そうとする。

「あー、お腹空いたー。お風呂入りたいー。早く帰りたいー。でもお金欲しいー」

 周囲に人気が無いのを良いことに胸の内を口に出して喚き散らす。
 戦馬もリズムにノッて頭を上下させる。

「ベテルギウス、あそこの川でご飯食べよっか」

 気を取り直して方向転換。
 夜目の利くセレンは目敏く川を見付けてそこで休憩する事にした。



◇◆◇



「お水美味しい? リンゴ食べる? 食べられそうな草摘んでくるね~」

 さっきまでの不機嫌が嘘みたいな猫なで声で甲斐甲斐しく戦馬の世話を焼く。
 どうやらセレンの戦闘中にたっぷり休んでいたらしく、元気そのものである。

「ふぅー、アタシも何か食べるか」

 ひとしきり戦馬の食べる様子を見て癒されてから、セレンは戦利品の食料袋を漁った。
 干し肉、パン、酒を取り出す。

「干し肉硬っ、まっず…」

「パン酸っぱ、ザリザリする…」

「酒強っ、しかも美味しくないし…」

「ドワーフもロクなもん食ってねえな…」

 如何にも保存重視なラインナップに辟易しながら、今度は別の食料袋を漁る。

「あっ、チーズは美味しいかも」

「ナッツもいいね」

「この干物も当たりだわ」

「これなんだろ、味濃いけど結構イケる」

 何かの身をほぐして乾燥させた一口サイズの謎の乾物も、かなり濃い目に旨味が凝縮されていて飲み物の友になら合いそうだった。

「…まともに食えるの酒のツマミばっかりじゃねえかッ!」

 一人で食料袋にツッコミを入れる。
 文句は言いつつ、酒とツマミで腹を満たしたセレンは朝日で白み掛かった空を見上げて立ち上がった。

「よし、そろそろ行くかな」

 気の早い者はもう動き出しているだろう。
 この先にも邪魔者が居ないとも限らないので警戒心を引き上げて追跡に戻って行った。



◇◆◇



 セレンが戦馬を駆って岩山を進んでいると、ふと見覚えのある姿を確認した。
 駆け寄ると向こうも気が付いたのか手を上げて合図する。

「よーセレン嬢、遅かったじゃないか」
「え、アマンダ。何でここに居んのよ…」
「自分も居るっスよー」

 どうやらアマンダ達も敵の精鋭部隊に名前付《ネームド》が居ると何処からか嗅ぎ付けて、アマンダとレニの二人は傭兵団の他のメンバーより先行してここまでやってきたらしい。
 つまりセレンと目的は同じである。

「ここに来る途中で妨害されたんだけど、アマンダもあれ斃したの?」
「は? うちんとこはランカイン侯爵様んとこの騎士が居たけどよ。話したら見学でならって通してくれたぜ」

 アマンダ達はルートが異なっていたようで、どうも北側からはドワーフ達が、南側からはランカイン侯爵軍がそれぞれ待機していたと明らかになった。

「え、何それ。聞いてないんだけど」
「ははっ奇遇だなあ、うちらもセレン嬢からなーんにも聞かされて無かったんだけどさ。ここへ来たって事ァ、そういう事だよなあ?!」

 もしセレンが南側ルートを通っていれば昨夜の内に目的地へ辿り着いていたかも知れない。
 受け入れ難い真実だった。

「そんなことはどうでもいい! それで名前付《ネームド》は何処!」
「そんなことってオイ…」
「セレン姐さん流石っス」

 アマンダの主張を一蹴してセレンは自分の目的を優先する。
 呆れたアマンダから返ってきた返事は、既に獲物は取られた後だったという話だ。

「はァ? 帰るって冗談じゃないわよ!」
「仕方ないだろ、敵の名前付《ネームド》を相手にしてんのはあの“剣墓”だ。横取りなんてして多方面に敵を作るなんざ御免だね!」

 どうやらドワーフの戦士達が言っていた大勇士《ネームド》の決闘相手というのが、北東の剣聖として有名な【“剣墓”ベルガン】らしい。
 ベルガンは王国最強の名前付《ネームド》と噂されている人物である。

「でも敵が強くておっ死ぬかも知んないし」
「あの“剣墓”が? 無い無い」
「そうっスよ。今から行ってもきっと間に合わないっス」

 どうしても諦めきれないセレンは食い下がるが、アマンダとレニは巡り合わせが悪かったと割り切って、後続のメンバーと合流したら持ち場へと戻るつもりのようだ。

「ちょっとアタシ行って観てくる。アマンダは先帰ってれば?」
「まったく、聞き分けやしない! いいよ、そんなに言うんならどっちが勝つか賭けようじゃないかい」

 このままここに居ても何ら得にならないと思ったアマンダはセレンを諦めさせようと賭けを持ち出す。
 セレンは少し考えてから返答した。

「じゃあアタシは“剣墓”に賭けるわ!」
「それじゃ賭けにならねえだろうがっ! セレン嬢は敵が勝つって言ったんだろ?!」

 堂々と自分の主張の真逆に張り込むセレンの筋の通らない態度に腹を立てるアマンダ。

「はァ? 言ってないし! アタシはね、賞金が欲しいから“剣墓”が負けて欲しいだけで、“剣墓”が負けるなんて思ってないのッ!」

 清々しい程の自分勝手な理屈を振りかざすセレンの言動に、ただ唖然とするしか無かった。

「まーた無茶苦茶言ってるよこの娘は…」
「セレン姐さん流石っス!」



◇◆◇




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