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第一章 漂流偏

第13話 落とし穴を作ろう

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 サイのリーダー格と決闘する事を告げられた仁たち品質管理課の面々、意外な展開に黙り込み、辺りには重苦しい空気が流れていた。
 そんな沈黙を破るように仁が慈愛に近づき、どんな内容であったか問いただすが、決闘に勝てば水路作りの妨害はしないと言う事以外はサイたちから聞けなかったと冷静に答えた。

 決闘とは生身同士で殺し合うのか?

 誰もが怯え始めていた。
 現代人である仁たちには到底無理な内容であった。そもそもこの決闘はルールのあるスポーツの勝負とは違う。小さな蚊や蠅などの害虫ではない。大きな生物を傷付けること自体が経験すらないのだ。

「殺さなくても・・・、相手に負けを認めさせれば良いのですよね」
 真那が考えながら発言したその内容に、仁は真那の方を見つめ、少し希望が見えた気がした。
 負けを認めさせる。それは殺さずに勝者となる唯一の方法であった。

「それならば、落とし穴なんてどうでしょう。明日までには作れそうだし」
 小田が真那の肩に手を置いて発言した。仁はうんうんと頷いて頭の中で考えをまとめていった。

「よし!今の案に賛成だ。時間が無い。急いで落とし穴を作ろう」

 仁が号令を出し、皆が重い空気を抱えたまま作業に取り掛かり始めた。慈愛はそれを見ると、その場から去って行った。思惑通りに話が進んだ事に慈愛は無自覚に少し顔がニヤついていた。

「何か慈愛様・・・嬉しそうな顔をしながら去って行きましたね」

 原田がそう言うと、仁は首を傾げながらため息をついた。
 姿カタチは同じヒトでも、異世界人の慈愛は動物とも話す事ができ魔法も使える。やはり根本的な部分で現代から来た<落ち人>と呼ばれる自分達とは違うのであろうと感じていたのだ。

 仁たちは水路作りの作業場から川に沿って少し離れた場所に落とし穴を設置する事に決めた。

 落とし穴はどれくらいの大きさが良いのであろうか。見た感じではサイの体長は4メートル程であった。そうすると更に見積もって5メートルあれば十分ではないか。
 仁は持っていたメジャーで大体の寸法を測り、スコップの先で地面に印をつけた。あまり不自然な位置にならぬよう、草が生い茂っている場所を選んだ。

 落とし穴の深さも問題だ。浅くてはすぐに這い出てしまう可能性だってある。そこで出来るだけ深くしようと、穴の深さも5メートルと決めた。
 穴を掘った後は、細い枝を長めの茎で縛ってマス目状に繋ぎ合わせ、その上にブルーシートを被せて端を石で固定し、草などであまり重くならないようにカモフラージュする事にした。

 男性陣は穴掘りを行い、女性陣は長い草の茎を見つけては紐状に繋ぎ合わせる。そして同時に支えとなる枝集めもおこないブルーシートの支えとなる部分を作成していった。

 なんとか日が暮れる前までに落とし穴は完成したが、今日はほとんどこの作業だけで終わってしまった。

 急ピッチで作った落とし穴を仁は見つめ、完成した事の余韻に浸っていると小田が心配そうな顔をして話しかけて来た。
「須沖課長、場所はここで良いのですか?決闘の場所がこの辺とは限らないのでは?」
 
 そんな小田の心配をよそに、仁は自信のある顔を見せた。
「俺たちは川を泳がない限り越えられない。それはサイにとっても同じ事だと思うが、昨晩ここを破壊しに来たって事は、ここまでサイたちは容易に来れると言う事だ。そう考えると必然的にこの付近が決闘の場所となる筈だ」

 決闘の場所はここだとしても、どうやって落とし穴までサイを誘導するつもりなのか。続けて小田は仁に質問した。
 それに仁は皆を手招きして周りに集め、説明を始めた。

 決闘が始まった瞬間、十分な距離を取りながら付かず離れずの距離で走って逃げる。その時、逃げる方向は落とし穴へ向けてだが、さすがに飛び越えられる大きさではない。
 その為、落とし穴の横を通り過ぎたらサイとの対角線上に落とし穴が来るように、今度は左右どちらかに走って位置の調整をする。

「それで、誰がその走り・・・決闘するんですか?」
 真那が今回の決闘で一番重要となる部分に触れた。

「原田に頼もうと思ってる」
「え!?」
 原田が驚きの声を上げた。品質管理課は男性が6名在籍しているが、原田はその中でも一番の若手で入社2年目である。大学時代は運動部であったと仁は聞いていた。
 ちなみにだが、仁と原田を除く4名の内、2名は仁の部下に当たるが年齢は仁より年上であるし、残りの2名も走れるような体系には見えない。

「よく工場にも走ってもらってるし、この中じゃ一番早いんじゃないか?」
 仁は笑顔で原田を見てそう答えた。
 確かに単純な駆けっこなら品質管理課で原田が一番早かった。
 本来なら羽曽部食品の従業員298名の中でもっとも早く走れる人間を選ぶべきだが、他の部署は快く協力をしてくれるかわからない。このサイの件に関しては当事者ではないからだ。
 サイの群れを見て、直にこの件を体験している品質管理課で対応するのが一番勝率が高いのではと仁は予測していた。

「それにサイはあの体系だ。そんなに早くは走れないだろうしな。原田、やれるか?」
「はっ、はい!俺やってみます!」
 原田は若さゆえにやる気を出すように返事をした。
 ここで皆の期待に応え、この問題を解決できれば入社間もない自分でも一目置かれる。そして、憧れの岡宮主任も自分を特別な目で見てくれるのではないかと原田は考えていた。


 こうして、決闘に備え対策を立てた品質管理課であったが、仁の予想は一つだけ間違っていたのだ。

 サイは大きな体を持ち得ながらも時速30~50kmで走る事が出来る。それに対し、人の男性平均速度は時速12km程と言われている。

 ここでもう少し慎重になり調べていれば、サイの事が記載されている本が会社の資料室にあったかもしれない。そうすればサイの生態について知り得た可能性だってある。だが、インターネットの無い異世界で調べるという行為そのものが、インターネットを使う事に慣れ親しんだ仁たちにとって疎かになってしまったのだ。

 皆は慣れない肉体労働で心身ともに疲れ果てていた。サイの問題を解決したとしても、その後は水路作りの遅れを取り戻さなくてはならない。目の前の問題よりも先の事を考えてしまっていた。

「よし!みんな帰ろう!今日はぐっすり寝るぞ!」
 仁は品質管理課の心持を底上げするかのように元気に掛け声をした。
 それでも品質管理課面々の足取りはどこか重く、ゆっくりと本社棟に向けて連なって歩みを進めた。
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