上 下
4 / 20
夢見鳥(ゆめみどり)

献身(1)

しおりを挟む
 何か恐ろしいことが起きる。
 うつらうつらしてしかかってくる大男のせいだけでなく、座り込んだまま動けない。

 舳先へさきの方向から、どよめきが聞こえた。

「おい小娘!」

 戸惑う男たちをけた女性が早足でやってきて、苛立ちもあらわに大男を引きはがす。

「なあ、こりゃどういうこった」

 片膝をついた女性に差し出されたのは──たまごだった。

「え……」

 卵。
 真っ白な殻の、Lサイズくらいの、インペリアルイースターエッグのような豪華な装飾もない、ごくふつうの卵──に見える。
 宝箱の中にあったのは、だった、らしい。

 まさかの結果に呆然とすると、平手打ちを食らった。少年が受けた暴力に比べれば、よっぽど手加減されたものだった。

「すっとぼけてんじゃねえよ、クソアマが」

 今度は逆の頬を打たれた。

「船にいたのはおまえ、鍵を持ってたのはおまえ。じゃあ、この卵を仕込んだのもおまえじゃねえのか」
「し、知らない」

 わざわざ宝箱に卵を入れるようなことを、いったい誰がするのか。

「本物の宝はどこに隠した? 言え!」
「隠してない……!」

 女性が荒々しく立ち上がる。
 顔に衝撃。次に、ひたいから垂れ落ちる、ぬちゃっとした感覚。
 女性に卵をぶつけられたのだと、遅れて気づいた。
 髪を引っぱられ、投げ倒される。顔にべたつく生卵が、床までよごす。鼻先で斧のが床板を割った。女性を目で追うと、斧を放置して、眼帯の男から少年の短剣を奪い取っているところだった。

「お、お頭、これ以上はやばいって」
「文句あンのか」
「あるに決まってる。アンタ、この女をブッ壊す気だろ?」
「かっさばくだけだ」
「同じことじゃねえか! 頼むからこらえてくれよ、売値が下がる!」
「腹ン中に宝を隠してるかもしれねえぜ?」
「……は?」
「女がなんか隠すなら、ここか──ここだろ」

 鳩尾みぞおちと下腹部を交互に踏まれた。靴裏の泥が、ワンピースにこびりついた。

「いや、でも……違ったら……」
「違わなかったら?」
「……よし。ひとまず、ゲロ吐かせるか」
「ハハハッ! そっちは譲ってやるよ」

 話はついたようだ。
 男の足取りは軽い。憂さ晴らしがしたいだけの口実に乗せられて、簡単なものだ。

 船が傾いている。波に揺られているのはもとより、T字になるよう突っ込まれたせいで浸水しているのかもしれない。殻のかけらと、つぶれた黄身と白身が、ひとかたまりになって床を流れていく。

 自分はこれから、むりやり嘔吐させられる。果たして、口の中に指を突っ込まれるのか。薬を飲まされるのか。腹を殴られるのか。
 さらには、スカートの中をまさぐられ、からすとやらに売り飛ばされるという。

 女性があくまで利益を選ぶなら、そこまでは命がある。だが、その先はどうか。
 人身売買の買い手が、に対して人道的な扱いをするとは思えない。強制労働や不同意性交、臓器摘出、エトセトラ。節税のため、寄付について調べた時に、それらが未だに行われていると知った。まさか自分が体験するとは。

 ──響也きょうやさん。
 大切な恋人。

 ──流花るか呉葉くれは
 大切な親友。

 ──おじいちゃん。
 大切な家族。

 ──また、会いたいよ。

 男に軽々と身を起こされ、両頬を片手で挟まれる。指か薬。唇を内側に巻き込むが、あごを引き下げる力のほうが強い。

「逆らうンじゃねえって。すぐ終わっから──」

 もう片方の手が伸びてくる。指。爪の中が真っ黒で、不潔だと、こんなものを口に入れるのはいやだと、思った。
 その時──。

 男の首筋に一本の牙が突き立てられた。

 少年が音もなく飛びかかり、ペンダントトップの牙で、男の首をんだのだ。

 あまりに深く食い込んで、血の一滴さえこぼれない。牙によって負った傷が、牙によって止血されている。

 男の体が傾き、手が離れていく。男が床に倒れるまで待つことなく、少年は女性のほうへと駆ける。空っぽの両手で、短剣を握る女性の手をつかみ、切っ先がその目に刺さるように押し上げる。女性が反射的にのけぞる。少年は女性の腹を蹴りつけ、その肘を押し下げて膝を崩させ、さらにその手首をねじって短剣を奪い返す。女性が体勢を立て直すより早く、少年がその脇腹を刺した。

「お頭!」
「小僧、てめえッ!」

 宝箱に卵という事態にまごついていた男たちが、女性の傷によって激昂する。

 少年はさらに深く刺そうとしたが、革の鎧か女性の筋肉のせいで、がそれより入っていかない。頭突きを警戒したのか、少年はすぐさま距離をとった。

「こ、こいつ! 首をねてやる!」
「今日という今日はブッ壊す!」
「手ぇ出すンじゃねえ‼︎」

 刃物で刺されたとは思えない大声で、女性が男たちを制止する。鎧の表面に血がにじむ様子はない。牙と同じく、短剣が栓として働いているのだろう。

「で、でもよ!」
「オレが駄犬ごときに負けるかよ!」

 女性は短剣を脇腹から抜かないままで、腰のベルトから吊り下げた長剣を抜いた。

「犬め……おまえ、なんでここまで奉仕する?」
かなきゃわからねえことか、それ?」
「いちいちムカつく言い方しやがって。女をおまえがズタズタにしちまって、捨値で売るハメになったこともあっただろうが。なんで急にトチ狂ってンだ?」
「てめえなんぞに言葉を尽くしてご説明さしあげるとでも?」
「……クソガキが。小娘に尻尾を振って、腹を見せて、何をオネダリした?」
「ハッ、色のことしか頭にねえのかよ。お気の毒に」

 少年は、女性の質問に答えを返さない。その横顔には、レバーのように固まった鼻血がこびりついている。それでもわらう。長い犬歯が見える。
 長剣の間合いの外から攻める機会をうかがっている。

 ──この子は、屈しない。

 きっと、それを証明しようとしているのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

処理中です...