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第191話 我らの時間

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「ま、待て!待ってくれ・・・」

ドルゲルは壁に張り付きじわじわと入口に移動する。イグもそれに合わせてにじり寄っていく。すると背後から魔力が膨れ上がるのを感じた。振り向けばアグニシアが目尻を震わせて魔力を滲ませていた。

「お前達!!使徒様の前で騒ぐでない!!どうしてもと言うなら外でやるが良い!!使徒様のお付きの者だと大目に見ておれば調子に乗りおって!!」

「くっ・・・」

イグはアグニシアの迫力に押され不意に視線を戻すとそこにはドルゲルの姿が既になかった・・・

「なっ!あいつ!!逃げた!?卑怯な!!許さん!!」

イグはミハエルに振り返る。

「ミハエル殿・・・失礼する。」

イグは首を垂れ返事も聞かずにドルゲルを追い部屋を出て行った。

「ふん。騒がしい奴等ね・・・それとあまりここを壊されては困るわね・・・)

アグニシアがパチンと指を鳴らすとアグニシアを中心に目に見えない空間が広がって行く。

(ふっ・・これで使徒様以外は魔力は使えない・・・)

そしてアグニシアは床にへたり込むレオガルド達を見下ろす。

「・・ふん。我らは世界の護り手。地上の一種族の一個人の言いなりになる事など決して無い。それにお前ら獣人の願いなど聞かずともたかが知れている。過去の人間族による獣人迫害の恨みであろう。」

「なっ・・・」

レオガルドの表情が曇る。

「ふん。図星か・・・過去に囚われ今の世界から目を逸らす愚か者共よ!!過去の遺恨を振り払い獣人と人間が手を取り合っている今の世界を見よ!!貴様等は今の世界を破壊し過去の間違いを繰り返すのか?!そんな事はこの我等が許さん!!」

気付けば古龍四柱が魔力を滲ませレオガルド達を睨み動きを止めていた。

「な、なんと・・・ならば我らの・・我らのして来た事は・・・何だったのだ・・・我らの時間は・・・」

「無駄じゃ無いと思うよ。」

不意にミハエルが口走るとレオガルドが弾かれたように顔を上げる。

「な、何を・・・」

ミハエルは続ける。

「ねえ。おじさん達はアグニシアさんと会って話をする為にここに来たんだよね?」

「う、うむ・・だが・・・」

「なら無駄じゃ無いよ。崇めるアグニシアさんに会ってその意思を聞けたんだよ。何もしなければ其れすら聞けなかった。おじさん達は頑張ったからここへ来れたと思う。よく考えて。普通、崇める雲の上の存在にそんな簡単に会えないよ。おじさん達の長い時間がそれを叶えたんだよ。だからおじさん達の時間は無駄じゃ無いよ。これからアグニシアさんの意思を受けてやり直しても遅くはないと思うよ。それに僕達人間と獣人さん。仲良く出来ると嬉しいな。」

ミハエルはレオガルドの前に立ち手を出した。

(さすが使徒様・・・ここで争いの目を摘もうとしておられる。)

「・・お前達。この方は我らを束ねる創造神ゼムビウス様の使徒様です。使徒様の言は我らの言!創造神様の言と心得よ!!それに背けば神罰が降るであろう!使徒様が今一度機会を与えようとされているのだ!心して受けるが良い!」

気付けばミハエルの背後に古龍四柱が並び跪いていた。

レオガルドはその光景に圧倒され息を飲んだ。目の前に居るミハエルの背後に四体の龍を模った魔力が立ち昇っていた。

「こ、これが・・・神の意思・・これまでの時間は神に会う為の時間・・・何故だろうか・・・肩の荷が降りたように気持ちが軽くなった・・・我は今まで人間族への恨みで目が曇っていたようだ・・・」

レオガルドの顔は憑き物が落ちたように柔らかな表情になっていた。そしてミハエルの手を取った。

「ミラジリアよ。聞いた通りだ。私は使徒様の手を取りお言葉に従おうと思う。お前はついて来てくれるか?」

「レオガルド様・・・私はどこまでも付いて参ります。私も使徒様のお言葉に従います。」

ミラジリアも進み出て手を出すと跪くとレオガルドの手に重ねた。他の部下達も跪き頭を下げていた。

「使徒様。我等は貴方様に従います。早速戻り皆に今日の事を伝えに参ります。そして使徒様の石像を御神体とし祀る事をお約束致します!!それでは!!」

「ええっ?!い、今なんて?!」

レオガルド達はミハエルの言葉を聞く前に急ぎ小走りで部屋を出て行くのだった。

「ご、御神体?石像・・・?」

ミハエルがどうしようと皆を見ると吹き出すのを堪えたライナードとカリンと目が合う・・セイルとリベルトも口角を上げて笑っていたのであった・・・



(今だ!!!)

ドルゲルはイグの気が逸れた隙に入口に滑り込んで置いてあった赤い箱を抱えて階段を駆け上がる!

(よし!このまま逃げ切って・・・)

ドルゲルがチラリと後ろを振り返るとギョッとする。それは半人半蛇イグが身体をうねりながらすぐそこまで迫っていたのだ。

「逃がさない!!神界での屈辱晴らさずにおくべきか!!」

「げげっ!!速っ!!」

(くそっ!!何故だ?!さっきから魔力が使えん!!)

ドルゲルは階段を登り切って飛び上がり風を纏おうとするが魔力が霧散してそのまま地面に着地する。

(げげっ!やっぱり魔法が使えん!!アグニシアの仕業か!ちっ!て事はここを出ないと転移魔法も使えないってことか!!)

ドルゲルは苦虫を噛み潰したような顔で一目散に元来たトンネルをめざして一目散に駆け出す。しかしドルゲルが躊躇して立ち止まったその一瞬を逃さず後ろまで迫っていたイグが鋭く毒々しい爪を振り上げる!!

「ふん!魔法が使えないようね!!これでも喰らえ!!」

「うおっ!!あぶねぇ!!」

咄嗟に身を捩ると振り下ろした爪はドルゲルの背中の服を切り裂き背中に薄らと赤く爪痕を残す。

「痛っ・・・くそっ!!魔法が使えれば!」

ドルゲルはそのまま後ろを振り返る事なく走り出す。必死にレオガルド達が掘り進めた穴が目の前に来た瞬間ドルゲルの視界が揺れる。

「んあっ?!か、身体が重い・・・な、なんだ・・・」

ドルゲルの身体が思う通りに動かず脚がふらつき立ち止まる。すると背後から不適な表情でイグが迫って来る。

「ふっふっふ・・・ドルゲル・・・毒が回って来たようね・・・私の爪には神界の毒が宿っているのよ・・・ほら掠っただけでも・・・この通りよ。」

ドルゲルは立っていられず膝を付いてしまう。

(くっ・・し、神界の毒・・・やばいぞ・・・このままじゃ・・・って・・ま、待てよ・・・)

イグは黙って膝を付いたまま項垂れるドルゲルの背後に立つと尾を立ち上げ狙いを定めるのであった。
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