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第176話 王子三兄弟の後悔

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ミハエル達はスレイド王国王都を出て三日が経った。出発前にスレイド王から王子三兄弟を実戦経験と報告役として連れて行って欲しいと懇願された。スレイド王はクラインド王国第一王子リベルトの姿を見て羨ましく思ったのだ。最近の息子達の傲慢さが眼に付いていた。この機会にリベルトのようにミハエルの側に付いて学べば少しは変わってくれるかと期待しているのだった。王子三兄弟は“俺達が先頭で指揮を取る!“と息巻いて出発したのだが今は大人しく脂汗をかきながら最後尾をついて来ている。

二日前・・・

馬車から数百メートル前方で意気揚々と好き勝手走るアザルト、レザルト、ミザルトの姿があった。まるで自分達が部下を引き連れ戦場に赴くような気分に浸っていた。

「ふん!!ここは我スレイド王国領だ!!あんなガキの言う事なんか聞けるか!!」

「そうだ!!俺達がリーダーならこんな森すぐにでも抜けるぜ!!」

「俺達三人が揃っているんだ!どんな魔物が出ても怖い事はない!!」

調子付く三兄弟の会話を側から聞くとまるで悪ガキ三人の会話であった。三人の緊張感のない態度に眉間に皺を寄せたリベルトが背後から追いつく。

「おい!お前ら!遊びにに来てるんじゃないぞ!!あまり離れるな!もうすぐ森の居住区を越えるぞ!そこから先は魔物の巣窟だぞ!気を引き締めろ!それにレザルト!お前は体験しただろう!? 」

「う、うるさい!!あ、あれはたまたま調子が悪かっただけだ!!俺達三人が揃えばあんな奴瞬殺だぜ!!」

レザルトが鼻に皺を寄せて吐き捨てる。

(くっ・・こいつの頭は失敗した経験を忘れるように出来てるのか?学習能力を何処かに忘れて来たのか?!スレイド王も頭を抱える訳だ・・・)

すると諦め顔のリベルトの後ろに乗るイグが肩口からひょっこり顔を出す。

(はうっ・・)

「ふっ・・リベルト殿。此奴らはスレイド王が言っていたように実戦経験をしたいのでしょう。自分の力量を知るのも良いのでは?」

(はふぅ・・柔らかいものが・・せ、背中に・・吐息が耳に・・・ふはぁ・・はっ!いかん!!)

「・・そ、そ、そうだな・・・こ、これも経験だな・・それではお手並み拝見と行こうか。」

リベルトはイグに腰に手を回され緩みそうになる表情を堪えて馬車の方に戻って行った。

「リベルトさん。あの三人はあんなに離れて大丈夫かなぁ?」

ミハエルが馬車の窓から顔を出して遥か先ではしゃぐ三兄弟を心配する。

「お、おう・・言っても聞かなかったからな。こ、これも経験だ。また死ぬ思いでもすれば大人しくなるだろう。」

「ん?リベルトさん大丈夫?顔が赤いよ?」

ミハエルが目が泳ぎ動揺するリベルトに首を傾げる。

「・・だ、大丈夫だ・・・何でもない・・」

背中の感触に緊張しながら背筋が伸びるリベルトであった。



森の中を丸一日走り村が点在する居住区を抜ける。すると注意を促す立札が等間隔に立てられていた。


         警告
『ここより住民は立ち入り禁止。強力な魔物が出現します。立ち入る場合は冒険者ギルドへ依頼する事。無断で立ち入り事故があった場合は一切責任を負いかねます。』

       ギルドマスター ベルグレア


「あいつら・・・ここで馬を休ませて休憩すると言ったのに・・調子に乗って先に行ったみたいだな・・・」

リベルトが立札の前で馬を降りて三兄弟の気配を探るように森の中を見渡す。しかし既に気配はなく相当先に行ってしまったようだ。もしこのまま自分達が休憩している最中に王子三兄弟に何かあれば面倒な事になるのだ。

「全く・・・大馬鹿三兄弟が・・・」

リベルトが頭を掻きながらため息を付いていると馬車の中で索敵を展開していたミハエルが馬車の窓から顔を出す。

「リベルトさん!あの三人・・まずいよ!危険な状態だよ!!!」

「あちゃぁ・・・やっぱりか・・・あの大馬鹿三兄弟め・・世話を焼かせやがって・・」

すると馬車の扉が開きさっきまで居眠りをしていたライナードが飛び出て来る!

「よっと!それならまた俺の出番だな!馬車の中で退屈してた所だから運動ついでに行って来るぜ!!ミハエル達はここで休憩しててくれ!」

「もちろん私も行くわよ!」

馬車からカリンも降りてくる。

「悪いね・・・助かるよ。」

「あぁ。いいさ!・・・〈疾風迅雷〉!!」

「行って来まーす!〈シャドールーク〉!」

ライナードとカリンはミハエルに笑顔を向けるとまるでデジャヴのように森の木々を風圧で激しく靡かせ大馬鹿三兄弟の所へと向かうのであった。


王子三兄弟は森の中の少し開けた場所で馬を休ませる為に休憩を取っていた。三兄弟は城の料理人に作らせた厚切り肉を挟んだサンドイッチを頬張っていた。

「ほむ、はむ・・全く鈍間な奴等だ!奴等に足並み揃えてたら間に合わないぜ!」

レザルトが走って来た方向を眺めながら悪態をつく。

「はむ・・まぁ、俺達が速すぎるんだ仕方ないだろう。だけど魔物の巣窟という割には全然魔物を見ていないな・・・」

アザルトが静けさが漂う森の中を見回す。

「はむ、ほむ、はむ・・・ふん!俺達を恐れて出て来れないんじゃないなかな?」

「ふふん!!ミザルトの言う通りかもな!はーっはっはっはっ!!!」

レザルトがわざとらしく声を上げて笑っていると突然背後の草むらが揺れる。

がささっ・・・

「は、はうっ!!!な、な、何だ?!」

レザルトは反射的立ち上がり持っていたサンドイッチを落とし草むらに向かって剣を向ける!アザルトとミザルトも遅れて立ち上がり剣を構える。

がさっ・・・がささっ・・

「な、何だ・・・き、来てみやがれ・・・」

(で、出来れば来るな・・・)

がさっ!!

「うきゃ?」

「はうわっっ!!!・・・って・・・な、何だコイツは・・・」

三兄弟が肩を跳ね上げる。しかしレザルト達の目の前に現れたのは目がくりっと大きく黒い毛並みがまだ生え揃わない頭の真ん中の毛が赤い人間に似た魔物であった。

(・・ん?あれは・・エイプか・・・この森にただのエイプが・・・?)

アザルトは目を細めて二本足で跳ねながら近付いて来る魔物を観察しながら考え込んだ。するとその魔物はアザルト達が落としたサンドイッチの前でしきりに匂いを嗅ぐと両手で持ち上げ、これを食べても良いかと聞くようにレザルトを見上げて首を傾げた。

「うきゃう?」

しかしレザルトはそんな魔物の仕草を何とも思わずに睨み付けていた。

(こ、こいつ・・・この俺をビビらせやがって・・・)

レザルトは構えを解くと小さく精一杯の可愛さを振り撒く魔物の前に立った。

「ふん!お前みたいな矮小な生き物にくれてやるのはこれだぁぁぁ!!」

レザルトは声を上げると振り子のように持った剣を後ろに振りその勢いで可愛らしい魔物の脇腹から逆袈裟に切り上げた!

ずばぁぁぁ!!

「ゔきゃぁあぁあわあわあわあわ!!!」

レザルトの剣撃に小さな身体は切り裂かれ森の中へと消えて行った・・・魔物の悲鳴がアザルトの耳を掠め顔を上げるとそこには赤毛の魔物はいなかった。

(んっ?!・・レザルトの奴!ちっ!後先考えずに行動するなと言っているのに・・・)

「ふん!ザマァ見やがれ!!」

「はん!皆んな大袈裟に言っているけど所詮魔物と言ってもあの程度の魔物しか出ないのでしょう。ふん!たかが知れてる!さあ!アザルト兄様!先を急ぎま・・・しょ・・っ?!」

ミザルトが振り向き息を飲む・・視界の淵に幾つもの赤い光を捉えたのだ。ゆっくりと見上げると木々の上から頭の赤毛を揺らし淡く光らせこちらを睨む魔物の群があった・・・

「あ、あ、あ、あれは・・・」

ミザルトがゆっくりと後退る。

「おい!ミザルト!どうした?そんな情け無い顔を・・・して・・・なっ!?!?」

レザルトはミザルトの視線を追いまた息を飲む・・・大きな木々には幾つもの赤く揺らめく灯りが灯り言われずとも分かる怒りの感情がひしひしと伝わって来る・・・

「ア、アザルト兄様・・・」

ミザルトが震える声でアザルトに声を掛けるがアザルトは下を向き顎に手を添えて先程の魔物が気になり記憶の糸を辿っていた。

(・・あのエイプ・・何処かで・・そ、そうだ・・あの赤毛・・・赤毛のエイプ・・・あっ!ギ、ギルドの特A依頼書にあった!!確か・・レッドエビルエイプ!!まずい!!)

「おい!!お前ら!あのエイプに手を出すな・・・よ・・た、大変な・・・事に・・」

魔物の正体を思い出したアザルトが顔をあげてレザルト達に注意をしようとしたがレザルトとミザルトの絶望と言っても良い表情を目の当たりにして息を飲む・・そしてゆっくりと二人の視線を追った・・・

「なっ・・・何だこれは・・・お、おい・・レザルト・・まさか・・さっきのエイプに何をした?!」

「・・・つ、つい・・け、剣で・・・き、斬り殺した・・・」

「な、何だと?!あれはレッドエビルエイプの子供だぞ?!奴等は知能も高くて常に群れで行動するんだ!い、以前居住区に迷い込んだレッドエビルエイプ1匹にAランク冒険者パーティー2組みでやっと追い払ったんだぞ?!」

「兄上!!それならもっと早く言ってくれ!!今更遅いんだよぉぉぉ!!!」

レザルトがアザルトの胸ぐらを掴む!!それに負けじとアザルトも胸ぐらを掴み返す!!

「な、何だと?!お前がいつも考え無しに行動するから・・・ん?・・な、何だこの音は・・・」

ずしぃぃん・・・
ずしぃぃん・・・
ずしぃぃん・・・

ガサガサガサガサッッバキバキバキィィ!!

「ひ、ひぃぃぃ!!!あ、あ、あう・・・た、助けて・・・」

ミザルトは草むらから現れたものを見て腰を抜かし股間を濡らす!

アザルトとレザルトは胸ぐらを掴み合ったまま大きな影に覆われミザルトの様子を見て同時に生唾を飲み込む・・・二人は怒りと殺気という名の視線をひしひしと感じながらゆっくりとミザルトの視線を辿った・・・そこには漆黒の毛皮に覆われ首の可動域を限界まで見上げるほどの大きさの怪物が頭の赤毛を獄炎のように揺らし立っていた。そしてその巨大な手のひらにはレザルトが先程切り捨てたレッドエビルエイプの子供が薬草で治療され虫の息で横たわっていた・・・

ウグルゥゥゥゥゥゥゥ・・・

「あ、あ、うぅ・・な、何だコイツは・・・み、見た事も・・き、聞いた事もない・・・た、頼む・・・だ、誰か・・助けて・・・」

アザルトは長男であり弟達に長男である威厳を見せ付ける為に振舞って来た。しかしこの時ばかりは股間が緩みとめどなくある溢れる熱いものが股間を濡らし続ける。そしてレザルトに至っては虚な目で下半身から全てを垂れ流していた・・・そして・・・三兄弟は同時にリベルトの言葉を思い出し後悔する・・

『そこから先は魔物の巣窟だぞ!気を引き締めろ!』

(あの時言う事を聞いていれば・・・)

(お、お願いだ!!リベルト!これからお前の言う事は何でも聞く!!だから・・・だから・・今だけは・・た、助けて・・・)

(リベルト様!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!た、助けて!!お願いしますぅぅぅぅぅぅ!!!)

しかしそんな三兄弟の願いは届かず絶望の瞬間が訪れる・・・三兄弟の前に現れたキングレッドエビルエイプが感情のままに雄叫びをあげた・・・

「ゔぅぅぅぅぎゃぎゃぎゃぎゃぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!!!!」

その号令と共に数百のレッドエビルエイプが三兄弟に飛び掛かり襲い掛かる!!攻撃体制に入ったレッドエビルエイプは口元が裂け無数の尖った歯を剥き出しにし両手の指から伸びる鋭い爪は腕よりも長く鋭かった。

「く、来るなぁぁぁぁ!!お、俺が悪かったからぁぁぁぁ!!!助けてぇぇぇ・・・・うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

レザルトは剣を振り回しながら逃げようとするが問答無用で数体のレッドエビルエイプに喰らい付かれ鋭い爪で貫かれる!!

ざざしゅっっ!!

ぶちぶちぶちっっ!!!

レザルトの両腕両脚は食いちぎられ吐き捨てられると敢えて首から上は襲わずに苦痛を与えるように身体のあちこちの肉を削り取る!

「あ・・・うぅ・・こ、殺せ・・いっその事・・・こ、殺してくれ・・・ぐぶっ・・・」

レザルトは口から止めどなく血を垂れ流しながら虚な目を開けるとアザルトとミザルトも無惨な状態で横たわっていた。

(お、俺が・・俺が・・悪かった・・・だ、だから・・・こ、これから心を・・入れ替えるから・・・だ、誰か・・・)

レザルトは遠退く意識の中で心の底から懺悔するのであった・・・
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