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第129話 気付いた恐怖

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ガイン達の乗った馬車は森を抜けて夕日に照らされたサリドルの街を視界に捉えていた。

「ここは素敵な森・・・素敵な森・・・素敵な森・・・ここは素敵な森・・ここは・・」

リーゲルト達は疲労困憊で森を抜けてからも何やらぶつぶつと1人言を呟いていた。そして今まで森の中の草木の匂いに慣れた鼻腔に森を抜けた事を知らせるように澄んだ空気がリーゲルト達の鼻腔を擽った。

「はっ!・・・も、森を抜けた・・・か、身体が軽い・・・うぅ・・・無事に・・無事に・・・助かったぁぁぁ・・・」

リーゲルト達は安堵し肩の力を抜くと緊張の糸が切れて涙する者もいた。

「お、お前達!サリドルの街だ!・・よく頑張ったな!!やっとゆっくり出来るぞ!」

「ゔぅぅ・・・助かった・・・助かったんだ・・・」

「こ、怖かった・・・ゔぅぅ・・森はもう・・・」



「ふう。本当に馬鹿ねぇ・・・誰かを傷付けようとしなければ良いだけなのにね・・」

馬車の窓から男達の安堵する姿を眺めながらアンリルが呆れたように呟く。

「そうだな。だが少なくともあいつらは少しは分かっただろうな。」

目を閉じて寝ていたと思っていたガインが口を開いた。

「まあ、そうであって欲しいですね。それよりもうすぐサリドルの街です。私がいた頃と変わっていなければ、あまり治安の良い街ではないので気を付けてください。」

(まぁ・・・気を付けるのは相手の方か・・・)

”気を付けて”と口には出してみたものの苦笑いに変わるサリアだった。



「兄貴!凄い馬車が来ますぜ!!頭に報告して来やす!!」

「待てっ!!あれは良いんだ・・・頭も知っている。命が惜しかったら絶対にアレに手を出すな。」

白髪混じりの厳つい男が若い男の腕を掴み引き戻す。

「兄貴!?何でですか?!アレは良い稼ぎになりやすぜ!!」

厳つい男は若い男の頭をガッチリ掴んで鋭い眼光で睨み付けドスの効いた声で口を開く。

「おい!てめぇ!!何俺に口答えしてんだ?!俺が手を出すなって言ったら出すんじゃねぇ!!分かったか?!おぉぅ?!」

「へ、へい・・・べ、便所行って来やす・・」

「おう。」

若い男は渋々返事をするが納得はしてなかった。どこへ行っても素行が悪いと爪弾きにされ行き場を失っていた時にザルド山賊団の噂を聞き必死にここまで辿り着き志願してまでザルド山賊団に入ったのだ。

(くそっ・・・みすみす見逃すのか・・・?俺にはもうここしかねぇんだ。ここで成り上がるしか道はねぇんだ・・・やってやる・・皆の度肝を抜かしてやるぜ!)

男はそのまま新入りの集まる部屋へ急ぎ扉を開けた。中には32人の男達が談笑しており入ってきた男に振り向いた。

「おい!お前ら!今からここをゴツい馬車が通る!護衛は10人だ!ここで名を上げたい奴は俺について来い!!どうだ?!」

「ん?誰かと思えばマルクじゃねーか。ふん!その話が本当ならなんで頭達が動かねぇーんだ?」

2年目のジークが無精髭を撫でながらマルクを見る。

「分からねぇーんだよ。ローバン兄貴も手を出すなの一点張りなんだ。

「はーん。なるほどそう言う事か・・・悪い事は言わねーからやめとけ。多分その馬車にはメルト村の奴等が乗ってるんだ。お前は新入りだから知らんだろうがあの村の奴等は異常なんだ。ここいらの山賊や盗賊もこっ酷くやられてあの村の前を通る時は皆んな笑顔で通るくらいだ。お前が100人行った所で近付く事も出来ずに糞尿垂れ流して帰ってくるだけだ。やめとけ。」

ジークは掌をパタパタと振ると座り直してジョッキを煽る。
しかしマルクは馬鹿にされたと思い顔を真っ赤にして叫ぶ。

「こ、この腰抜けが!!いくら強いからって馬車に乗ってるのはせいぜい3、4人だろう?!俺達が全員で行けばやれるだろう!!名を上げるチャンスだぞ!!そんなにそいつらが怖いのか?!ザルド山賊団が聞いて呆れるぜ!!!」

どばーん!!

ジークがジョッキをテーブルに叩きつけてこめかみを引き攣らせてマルクに詰め寄った。
そして胸ぐらを掴み壁に押し付ける。

「おい・・・てめぇ・・新入りの癖に生意気言ってんじゃねーぞ?!何も知らねぇ癖に好き勝手言いやがって・・奴等はあのドルビナ帝国騎士団300人をたった28秒で全滅させた化け物集団だぞ?!わざわざドラゴンの口の中へ飛び込む馬鹿がどこにいるんだぁ?!死にたきゃお前一人で行け!メルト村の奴らの恐ろしさをその身体で味わって来い!!アホが!!!」

ジークはマルクを扉の方に突き飛ばした。

「はは、マルクよ!ジークはお前のために言ってるんだぞ!!やめとけ、やめとけ!」

「そうだぞ!奴等には関わるなよ!お前一人のために俺達まで巻き添えになるかも知れないんだからな!!」

しかしこの時マルクはジークや仲間の言葉に意地を張ってしまった・・・

「けっ!こ、腰抜け共が!!俺1人でもやってやるぜ!!分前なんざやらねぇからな!!」

「お、おい!!待てっ!!!」

マルクはジークの止める声を振り切りそのまま部屋を後にしてしまった。

「くそっ!・・・あの馬鹿・・・取り敢えずローバン兄貴の所へ行って来るぜ。」


そしてローバンに胸ぐらを掴まれジークはなす術もなくカックン、カックン前後に揺れていた。

「何だとぉぉ!!何故止めなかったぁぁぁ!!!!まずいぞ・・・あいつがザルド山賊団の一員だとバレたら・・・お、俺達まで・・・ペチャンコだぞ・・・追うんだ!!奴を早く追えぇぇ!!」



「腰抜け共め!!俺は違うぞ!やってやる!
奴等をアッと言わせてやる!!」

マルクはやけくそで馬を飛ばして馬車を追いかけた。すると突然重低音の声が頭の中に響いた。

「おい・・貴様。メルト村の村長様が乗っている馬車と知っての狼藉か?」

「な、なんだ?!だ、誰だ?!そんなもん知った事か!!邪魔するな・・・ぐげっ!!」

マルクは一瞬で走る馬から巨大な岩の手に掴まれた。馬はマルクが居なくても何事も無かったようにそのまま走り去って行った。

「ぐがぁぁ!!は、離せ!!」

「我が止めなくてもお前ごとき近づく事すら出来きんがエントばかりに良いカッコをさせる訳には行かぬのでな・・・」

ベヒモスは徐々に力を入れてマルクを締め上げる・・・。

みしっ・・びきっ・・ぱきっ・・・

「うぎゃぁぁぁぁぁ!!!な、何を訳の分かねぇ事言ってやがる!!!離しやがれぇぇ!!」

ベヒモスが問答無用で更に締め上げる・・・

バキッ!ベキキッ!!ボキッ!!

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!だ、だすげで!!じ、じぬ・・・ぐほっ・・・」

ベヒモスはマルクのプライドごとへし折るとこの程度かと落胆し手の中の虫の息のマルクを眺めていた。
するとマルクが来た方角から更に五人の気配が近付き視界に捉えた。

「ふむ・・・悪意は無いな・・・」


「お、おい・・な、何だ・・アレは・・・」

ローバン達は身体のサイズからはアンバランスな手に人間らしきものを掴んでこちらを見ている男を唖然として見ていた。

「あっ!!兄貴!あいつが握っているのは・・・マルクじゃないですか?!」

「お、おう・・そ、そうだな・・・」

「野郎!!マルクを離しやがれ!!」

「待て!!落ち着け!!いいか?マルクを拘束しているって事は・・・あいつもメルト村の関係者って事だ・・・下手に敵意を見せれば・・俺達は・・・死ぬぞ・・・よし・・俺が行って来る。」

ローバンは手下を宥めて馬を降りるとゆっくりと呼吸を整えてベヒモスに向かって行った。

「な、なあ。俺はローバンだ。あんた名を教えてくれねぇか?」

「ふむ。我はベヒモス。我が主の住まう村を護りし精霊である。先程、村長様の乗る馬車を狙う者を捉えたが此奴はお前の仲間か?」

ベヒモスは力を込めてローバンを睨んだ。

くっ・・やはりメルト村の奴か・・・それも精霊だと?!・・・駄目だ・・もう訳が分からん・・・

「ざ、残念ながらその通りだ・・・お、俺はそいつの保護者だ・・先走ったそいつを止めようと追って来たんだ・・・」

ローバンは素直に答えるしか無かった。

「ふむ。そうか・・・お前が此奴の親か・・親の前で子を殺すのは酷だな・・・ふんっ・・・」

ベヒモスは肩の力を抜き手に魔力を集中させるとマルクが蒼白い光に包まれ呼吸が安定する。そしてマルクをローバンに向かって放り投げた。

「そらっ!」
「おうっ!?」

「さっさと連れて帰れ!今回はお前に免じて見逃してやる。だが次は問答無用で大地に引き摺り込んで森の養分になってもらうぞ?!しっかりと教育する事だ。」

そう言い残してベヒモスは大地に消えて行った・・・

ローバンはマルクを抱えたまま唖然として暫く立ち尽くしていたがベヒモスの言葉を思い出し無意識に全身が震え出した・・・

「あ・・あ・・わ、分かったぞ・・・や、奴等は・・・な、なんてこった・・・メルト村・・・こ、怖えぇ・・」

ローバンは地面に視線を落とし力が抜けて抱えていたマルクを地面に落とした。

どさっ・・・

ローバンは気付いてしまったのだ・・300人のドルビナ帝国騎士団が消えた理由を・・・
メルト村にちょっかいを出した奴等の末路を・・・

ローバンは森を見上げ辺りを見回すと背中に寒気を感じた。そしてそそくさとその場を立ち去るのであった。



ガイン達はサリドルの街に着き馬車を降りる。背伸びをしながらガインが森の方角を見て何気なく口を開いた。

「そう言えばこんな豪華な馬車で移動してたのに山賊や盗賊が襲って来なかったな・・」

「それは私達が乗ってると分かってたんじゃない?ここら辺でわざわざぶっ飛ばされに来る馬鹿はいないわよ。襲って来る馬鹿はせいぜい何も知らない勢いだけの若い跳ねっ返りぐらいよ。」

アンリルも背伸びをしながら森の方角を眺めると肩をすくめながら街の入口へと向かうのであった。
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