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第5章 夢から覚めない
10・夢から覚めない
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そのまま季節は過ぎて、冬。
それでも、暖房がつけられているリビングはとても暖かい。わたしの身体が温かい理由は、その他にもあるけど。目の前で、17年間見慣れてきた影が切なげに揺れている。
「はっ、はっ、はっ……! はぁ、は、ぁぁっ、はぁっ」
お父さんが今みたいになって、よかったことがある。
家にいるとわたしの気持ちなんて何も関係なく犯される代わりに、それ以外にわたしに干渉してくることがなくなった。一応親としての務めを果たそうと思ってるのか、「学校はどうだ?」とか「友達とうまくいってるか?」とか形ばかりの質問はしてくるけど、詳しく知ろうとはしない、そんな感じ。
質問したら、すぐに服を脱ぎ始めるから。
答えようとしても、きっと聞きそうにない血走った眼をしているから。
学校で友達とうまくいってたら、今頃不登校になんかなってないよ。
今頃、お父さんとこうして脂汗まみれのセックスなんてしてないよ。
そんな皮肉めいた答えは、もちろん胸の中に収めたまま。わたしは今日も、お父さんの欲望の捌け口になって、終わったらまた、泣いて謝るお父さんを宥めるんだ。心の底から軽蔑しながら。
そういう日常が、そろそろ2週間くらい。
朝起きてからコンビニで適当にお弁当を買って、それからSNSで適当なことを言って、反応してくるクズみたいな人を内心では見下しながらとにかくその気にさせて。上げて上げて落として。それから帰って来たお父さんのお人形になって。
そんな毎日。
惨めだけど、わたしが優位でいられる日々。
みんなが離れてしまっても、寂しくなくなるように。
それで、よかったのに。
今日は違った。
「なぁ、麻衣。友達とうまくいってないんだって?」
今日の言葉は、いつもと違った。
「今日な、たまたま仕事帰りに会ったんだよ……、えっと、智景さんだったかな。智景さんな、麻衣のこと心配してたぞ? 学校に来ないし、かといって連絡もできないし、って」
何で。
何で、そこでちーちゃんの名前が出てくるの。
「そっか、言われたんだ。でさ、今日はどうするの? 上になろっか? それとも、」
「そういう話をしてるんじゃないんだよ、麻衣」
どうして。
そんな悲しそうな目しないでよ。
いつもはお父さんの方からわたしを求めてくるくせに。
「お父さんな、反省したんだ。麻衣のこと全然かまってあげられてなかった、って。間違ってたよ、麻衣。ごめんな、だから……、話し合お、」
「うるさい、黙れ!!」
やめてよ。
今更親みたいなことしないでよ。
そんなのが聞きたいんじゃない。
優しいお父さんでいてほしくない。
浅ましくて、穢らわしい人でいてよ。
じゃなきゃ、1番汚いのはわたしじゃない。
「麻衣、」
「もう散々だよ! みんなみんなみんなみんな、わたしが汚いって責めるんだ! 先生のことも、江崎くんのことも、わたしの気持ちなんて誰も聞いてくれないくせに、わたしがどういう気持ちでしてたかなんて全然興味ないくせに、わたしがしたことだけ見て責めて、嗤って、弄んで……っ!! みんな嫌い、みんな消えればいいのに! いなくなればいいのに!」
もう、こんな家にはいたくない。
わたしの価値がないこんな世界には。
「麻衣!」
背中に向かって投げかけられた声も、どうでもいい。
お父さんが誰かに言ったのかな、スマホにかかってくるいくつもの通知も、もうどうでもいい。
もしかしたらわたしじゃなくてマイ宛てかも知れないけど、そんなの知らない。
どうせみんな、わたしがいなくなったら体裁が悪いだけなんだから……!
あとのことは、どうだっていいに決まってるんだから……!!
走ってる最中に、ふと潮の香りが漂ってきて。
「……、――、――」
息が切れて、胸が痛くて、喉から血の味がして。
休む場所はもう、決まったようなものだった。
それでも、暖房がつけられているリビングはとても暖かい。わたしの身体が温かい理由は、その他にもあるけど。目の前で、17年間見慣れてきた影が切なげに揺れている。
「はっ、はっ、はっ……! はぁ、は、ぁぁっ、はぁっ」
お父さんが今みたいになって、よかったことがある。
家にいるとわたしの気持ちなんて何も関係なく犯される代わりに、それ以外にわたしに干渉してくることがなくなった。一応親としての務めを果たそうと思ってるのか、「学校はどうだ?」とか「友達とうまくいってるか?」とか形ばかりの質問はしてくるけど、詳しく知ろうとはしない、そんな感じ。
質問したら、すぐに服を脱ぎ始めるから。
答えようとしても、きっと聞きそうにない血走った眼をしているから。
学校で友達とうまくいってたら、今頃不登校になんかなってないよ。
今頃、お父さんとこうして脂汗まみれのセックスなんてしてないよ。
そんな皮肉めいた答えは、もちろん胸の中に収めたまま。わたしは今日も、お父さんの欲望の捌け口になって、終わったらまた、泣いて謝るお父さんを宥めるんだ。心の底から軽蔑しながら。
そういう日常が、そろそろ2週間くらい。
朝起きてからコンビニで適当にお弁当を買って、それからSNSで適当なことを言って、反応してくるクズみたいな人を内心では見下しながらとにかくその気にさせて。上げて上げて落として。それから帰って来たお父さんのお人形になって。
そんな毎日。
惨めだけど、わたしが優位でいられる日々。
みんなが離れてしまっても、寂しくなくなるように。
それで、よかったのに。
今日は違った。
「なぁ、麻衣。友達とうまくいってないんだって?」
今日の言葉は、いつもと違った。
「今日な、たまたま仕事帰りに会ったんだよ……、えっと、智景さんだったかな。智景さんな、麻衣のこと心配してたぞ? 学校に来ないし、かといって連絡もできないし、って」
何で。
何で、そこでちーちゃんの名前が出てくるの。
「そっか、言われたんだ。でさ、今日はどうするの? 上になろっか? それとも、」
「そういう話をしてるんじゃないんだよ、麻衣」
どうして。
そんな悲しそうな目しないでよ。
いつもはお父さんの方からわたしを求めてくるくせに。
「お父さんな、反省したんだ。麻衣のこと全然かまってあげられてなかった、って。間違ってたよ、麻衣。ごめんな、だから……、話し合お、」
「うるさい、黙れ!!」
やめてよ。
今更親みたいなことしないでよ。
そんなのが聞きたいんじゃない。
優しいお父さんでいてほしくない。
浅ましくて、穢らわしい人でいてよ。
じゃなきゃ、1番汚いのはわたしじゃない。
「麻衣、」
「もう散々だよ! みんなみんなみんなみんな、わたしが汚いって責めるんだ! 先生のことも、江崎くんのことも、わたしの気持ちなんて誰も聞いてくれないくせに、わたしがどういう気持ちでしてたかなんて全然興味ないくせに、わたしがしたことだけ見て責めて、嗤って、弄んで……っ!! みんな嫌い、みんな消えればいいのに! いなくなればいいのに!」
もう、こんな家にはいたくない。
わたしの価値がないこんな世界には。
「麻衣!」
背中に向かって投げかけられた声も、どうでもいい。
お父さんが誰かに言ったのかな、スマホにかかってくるいくつもの通知も、もうどうでもいい。
もしかしたらわたしじゃなくてマイ宛てかも知れないけど、そんなの知らない。
どうせみんな、わたしがいなくなったら体裁が悪いだけなんだから……!
あとのことは、どうだっていいに決まってるんだから……!!
走ってる最中に、ふと潮の香りが漂ってきて。
「……、――、――」
息が切れて、胸が痛くて、喉から血の味がして。
休む場所はもう、決まったようなものだった。
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