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第5章 夢から覚めない
2・泥濘に咲く花
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もちろん、江崎くんの名前で空気が凍ったなんていうのは錯覚で、実際ゆいちゃんは「へー、えざきん一緒だったんだ~」とにこやかな顔のままで「で、あとは?」とわたしに訊いてくる。
だけど、ちーちゃんはどうしてか顔を強張らせてしまった。
……どうしてか、なんて使おうとする自分が、すごく嫌いになる。
わかってる、ちーちゃんはわたしが江崎くんを取らないか、心配してるんだ。一応江崎くんと付き合っているのはちーちゃんだけど、わたしは彼の幼馴染で、お互いに昔のことを知っていて、それにどういうわけか、江崎くんはわたしのことを心配してくれているらしい。
たぶん、1年生の冬に「わたしがいなくなっても誰も困らない」なんて言ったからだと思う。
思わず口を突いて出てしまった言葉だったけど、あれは間違いなく本心だった。そして、江崎くんが言ってくれた言葉も、きっと彼の本心なんだと思う。
思い出すと、胸が熱くなる。
ふと横目でちーちゃんに見られているような気がしたから、顔はできるだけいつも通りを装うことにしたけど。
少なくとも、3人でいるときは普通でいたいじゃない? そういうわたしの気持ちがはたして報われているのかはわからないけど。わたしを見るちーちゃんの目が、たまにすごく険しいときがあるから。
険しいっていうか……不安げ?
時々感じるそんな視線でわかる。きっと、ちーちゃんは知っているんだ。わたしも江崎くんのこと好きだってこと。
でもね、ちーちゃん。
わたしはたぶん、江崎くんだからじゃないんだよ?
今まで会ってきた人みたいに、ただお金を払わずにセックスしたいだけだったり、日頃のストレスを吐き出す場所を探してるだけだったり、何でも言うことを聞く奴隷がほしいだけだったり、そういう気配のない人だったらきっと、優しくされた時点で好きになってしまう。
たまたま江崎くんのことは前から知ってて、それで親近感と好意を混同してる……それだけなんだよ?
たぶんね。
だから、ちーちゃん。
ちゃんと真面目に江崎くんのことが好きなちーちゃんが、そんなに不安がることなんてないんだよ。何度となく言いたくなったそんなことを口に出す資格は、きっとわたしにはないから。
その代わりにちーちゃんの不安だって消せるはずのその言葉を、今日も口には出さない。
見上げた先の花びらは空をひらひらと舞い降りて、最後には地面のぬかるみにぽちゃりと落ちて、みるみるうちに泥の色になっていく。
それを飲み込むと、お父さんは嬉しそうな顔をする。
「うんうんうんうん~、そうだよ、麻衣? どんな男のよりもね、お父さんが射精した精子の味が1番うまいんだ! だって、麻衣への愛情なら誰にも負けないからね」
そう嬉しそうにわけのわからないことをまくしたててから、まだろくに濡れてもいないのに、お父さんは構わず割り入ってくる。ほぼ無理やりな挿入が痛くて、視界が滲む。泣きそうなわたしを見ると満足そうに笑いかけてくるけど、その意味は分からない。
家に帰るたびに繰り返されてきたこのやり取りは、今年になって少しだけ勢いが増しているような気がした。
そして、散々欲望のままに行為を続けて、全部終わった後。
「うっ、うっ……」
「お父さん、服着ないと風邪ひくよ」
わたしの声なんて耳に入らないみたいに、お父さんは泣き崩れている。まぁ、何をしててもお父さんにはわたしの声なんて入ってないけど。
入ってたら、毎回泣いているわたしの声にも耳を傾けてくれるはずだから。
「ごめ、ごめん、ごめんなぁ、麻衣……っ、えっ、うっ、うぅぅぅ~っ」
「いいから、早く服着ないと。こないだみたいにお仕事行けなくなったら大変だよ?」
お父さんはわたしを犯した後、毎回のように泣いて謝る。もういいから、と言っても止まらない。
最初の頃は、そんな姿に憐れみを覚えていた。それで、わたし自身のいやな気持ちは残ったままだけど、どうにか耐えてきた。
でも、今は。
そんな姿を見るたびに、苛立ちが募る。
泣いて謝るなら、どうしてやめないの?
わたしは、許さなきゃいけないの?
もう、いなくなっちゃえばいいのに。
「お風呂入ってくるから」
そう言い残して出た居間からは、しばらくお父さんの嗚咽が聞こえた。
だけど、ちーちゃんはどうしてか顔を強張らせてしまった。
……どうしてか、なんて使おうとする自分が、すごく嫌いになる。
わかってる、ちーちゃんはわたしが江崎くんを取らないか、心配してるんだ。一応江崎くんと付き合っているのはちーちゃんだけど、わたしは彼の幼馴染で、お互いに昔のことを知っていて、それにどういうわけか、江崎くんはわたしのことを心配してくれているらしい。
たぶん、1年生の冬に「わたしがいなくなっても誰も困らない」なんて言ったからだと思う。
思わず口を突いて出てしまった言葉だったけど、あれは間違いなく本心だった。そして、江崎くんが言ってくれた言葉も、きっと彼の本心なんだと思う。
思い出すと、胸が熱くなる。
ふと横目でちーちゃんに見られているような気がしたから、顔はできるだけいつも通りを装うことにしたけど。
少なくとも、3人でいるときは普通でいたいじゃない? そういうわたしの気持ちがはたして報われているのかはわからないけど。わたしを見るちーちゃんの目が、たまにすごく険しいときがあるから。
険しいっていうか……不安げ?
時々感じるそんな視線でわかる。きっと、ちーちゃんは知っているんだ。わたしも江崎くんのこと好きだってこと。
でもね、ちーちゃん。
わたしはたぶん、江崎くんだからじゃないんだよ?
今まで会ってきた人みたいに、ただお金を払わずにセックスしたいだけだったり、日頃のストレスを吐き出す場所を探してるだけだったり、何でも言うことを聞く奴隷がほしいだけだったり、そういう気配のない人だったらきっと、優しくされた時点で好きになってしまう。
たまたま江崎くんのことは前から知ってて、それで親近感と好意を混同してる……それだけなんだよ?
たぶんね。
だから、ちーちゃん。
ちゃんと真面目に江崎くんのことが好きなちーちゃんが、そんなに不安がることなんてないんだよ。何度となく言いたくなったそんなことを口に出す資格は、きっとわたしにはないから。
その代わりにちーちゃんの不安だって消せるはずのその言葉を、今日も口には出さない。
見上げた先の花びらは空をひらひらと舞い降りて、最後には地面のぬかるみにぽちゃりと落ちて、みるみるうちに泥の色になっていく。
それを飲み込むと、お父さんは嬉しそうな顔をする。
「うんうんうんうん~、そうだよ、麻衣? どんな男のよりもね、お父さんが射精した精子の味が1番うまいんだ! だって、麻衣への愛情なら誰にも負けないからね」
そう嬉しそうにわけのわからないことをまくしたててから、まだろくに濡れてもいないのに、お父さんは構わず割り入ってくる。ほぼ無理やりな挿入が痛くて、視界が滲む。泣きそうなわたしを見ると満足そうに笑いかけてくるけど、その意味は分からない。
家に帰るたびに繰り返されてきたこのやり取りは、今年になって少しだけ勢いが増しているような気がした。
そして、散々欲望のままに行為を続けて、全部終わった後。
「うっ、うっ……」
「お父さん、服着ないと風邪ひくよ」
わたしの声なんて耳に入らないみたいに、お父さんは泣き崩れている。まぁ、何をしててもお父さんにはわたしの声なんて入ってないけど。
入ってたら、毎回泣いているわたしの声にも耳を傾けてくれるはずだから。
「ごめ、ごめん、ごめんなぁ、麻衣……っ、えっ、うっ、うぅぅぅ~っ」
「いいから、早く服着ないと。こないだみたいにお仕事行けなくなったら大変だよ?」
お父さんはわたしを犯した後、毎回のように泣いて謝る。もういいから、と言っても止まらない。
最初の頃は、そんな姿に憐れみを覚えていた。それで、わたし自身のいやな気持ちは残ったままだけど、どうにか耐えてきた。
でも、今は。
そんな姿を見るたびに、苛立ちが募る。
泣いて謝るなら、どうしてやめないの?
わたしは、許さなきゃいけないの?
もう、いなくなっちゃえばいいのに。
「お風呂入ってくるから」
そう言い残して出た居間からは、しばらくお父さんの嗚咽が聞こえた。
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