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第4章 わたしは誰?
8・月明かりは白々しく
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ここ最近では珍しい、大雪が降った次の日。
ゆいちゃんはわたしの隣でげんなりした顔で「あ~、明日なんて来なきゃいいのに」と頻りに言っている。明日は、3学期の期末テストだ。1年間の締めくくりということで、1学期から習ったほぼ全範囲から問題が出るらしい――というのを松永先輩から聞いている。
「え~、でもゆいちゃんはけっこう勉強できるんだからいいじゃない。それよりわたしだよ……」
せいぜい平均くらいの点数をとるのが精一杯のわたしの方が、よっぽどこういう試験については不安を覚えるところのはずなのに。
「いや、麻衣。それは違うでしょ~、うちの場合はあれだから、高いやつは高くて低いやつはとことん低い型だから~。古文とかせっかく麻衣とちーが色々教えてくれても全然わかんないしね」
万遍なく平均よりちょい上くらいとれる麻衣が羨ましいよ~、と項垂れているゆいちゃん。
いつも元気だけど、こういうときに弱りやすい面もあることも、この1年で知った。そもそも1年前は彼女のことを知りもしなかった。
あのときは、ただ辛かった。
今でも時々夢に見る。
教科書とかの物はなくなったし、コラージュ写真を消して回らなくちゃいけなかったし、陰で笑われて、帰ろうとしてもいつもカメラとかマイクを持った誰かが待ち伏せていたし、家に帰っても逃げ場はなかったし。
『よかったね、人気者だよ? ビッチの三好ちゃん』
悪意しかない言葉が風に乗って冷たく耳に入り込んできたような気がして、思わず振り返ってしまう。
もちろん、そこには誰もいないけど。
「んー……」
ふと、隣でゆいちゃんがわたしを覗き込んでいるのに気付いた。
「ん?」
「麻衣ってさ、時々そうやって後ろとか振り返るよね」
「え、そう?」
「うん」
何気ない調子で言われた言葉が、少しだけ胸に重くのしかかる。
そんなわたしに、ゆいちゃんはずっとどんなことを思ってたんだろう。ちょっとだけ間をおいてから、意を決したように元気そうな口調で言ってくれた。
「まっ、何かいやなことあったら相談しなよ?」
その言葉にどう答えられたか、ちょっと思い出せない。
「ありがと」
「ほんとに相談してよ?」
「うん」
でもね、もう大丈夫なんだよ、ゆいちゃん。
「んちゅ、ぷ、ふぅ、……っ、何か今日積極的じゃない、マイちゃん?」
「ん――っ、いやですか?」
「いや? むしろ好きだけどね。ただビックリしてるだけさ」
汗でヌルヌル濡れて、毛むくじゃらで熱い腕がわたしの身体をなぞるように行き来する。気持ち悪い、でも身体の感覚はそんな泣きたくなりそうな嫌悪感なんて全然関係ない。
「後ろ向いて」
「はい……、――っ」
剃られていない髭が刺さるような痛みと、ぴちゃ、という水音。背筋を濡れた舌でなぞられる。身体が震えて、膝から力が抜けそうになって。
「危ない危ない。お風呂場で転んだら怪我しちゃうよ?」
抱き留められた姿勢のまま、今度は前をまさぐられて。
嫌なのに、段々濡れてくる。
頭がぐちゃぐちゃになって。
でも、これがわたしの選んだものだから。
相談するよりもこうした方が、よっぽど楽になれる。
よっぽど楽に、いろんなものから逃げられるから。
おじさんが侵入ってくる感触に身震いしながら、滲む視界を拭った。
ゆいちゃんはわたしの隣でげんなりした顔で「あ~、明日なんて来なきゃいいのに」と頻りに言っている。明日は、3学期の期末テストだ。1年間の締めくくりということで、1学期から習ったほぼ全範囲から問題が出るらしい――というのを松永先輩から聞いている。
「え~、でもゆいちゃんはけっこう勉強できるんだからいいじゃない。それよりわたしだよ……」
せいぜい平均くらいの点数をとるのが精一杯のわたしの方が、よっぽどこういう試験については不安を覚えるところのはずなのに。
「いや、麻衣。それは違うでしょ~、うちの場合はあれだから、高いやつは高くて低いやつはとことん低い型だから~。古文とかせっかく麻衣とちーが色々教えてくれても全然わかんないしね」
万遍なく平均よりちょい上くらいとれる麻衣が羨ましいよ~、と項垂れているゆいちゃん。
いつも元気だけど、こういうときに弱りやすい面もあることも、この1年で知った。そもそも1年前は彼女のことを知りもしなかった。
あのときは、ただ辛かった。
今でも時々夢に見る。
教科書とかの物はなくなったし、コラージュ写真を消して回らなくちゃいけなかったし、陰で笑われて、帰ろうとしてもいつもカメラとかマイクを持った誰かが待ち伏せていたし、家に帰っても逃げ場はなかったし。
『よかったね、人気者だよ? ビッチの三好ちゃん』
悪意しかない言葉が風に乗って冷たく耳に入り込んできたような気がして、思わず振り返ってしまう。
もちろん、そこには誰もいないけど。
「んー……」
ふと、隣でゆいちゃんがわたしを覗き込んでいるのに気付いた。
「ん?」
「麻衣ってさ、時々そうやって後ろとか振り返るよね」
「え、そう?」
「うん」
何気ない調子で言われた言葉が、少しだけ胸に重くのしかかる。
そんなわたしに、ゆいちゃんはずっとどんなことを思ってたんだろう。ちょっとだけ間をおいてから、意を決したように元気そうな口調で言ってくれた。
「まっ、何かいやなことあったら相談しなよ?」
その言葉にどう答えられたか、ちょっと思い出せない。
「ありがと」
「ほんとに相談してよ?」
「うん」
でもね、もう大丈夫なんだよ、ゆいちゃん。
「んちゅ、ぷ、ふぅ、……っ、何か今日積極的じゃない、マイちゃん?」
「ん――っ、いやですか?」
「いや? むしろ好きだけどね。ただビックリしてるだけさ」
汗でヌルヌル濡れて、毛むくじゃらで熱い腕がわたしの身体をなぞるように行き来する。気持ち悪い、でも身体の感覚はそんな泣きたくなりそうな嫌悪感なんて全然関係ない。
「後ろ向いて」
「はい……、――っ」
剃られていない髭が刺さるような痛みと、ぴちゃ、という水音。背筋を濡れた舌でなぞられる。身体が震えて、膝から力が抜けそうになって。
「危ない危ない。お風呂場で転んだら怪我しちゃうよ?」
抱き留められた姿勢のまま、今度は前をまさぐられて。
嫌なのに、段々濡れてくる。
頭がぐちゃぐちゃになって。
でも、これがわたしの選んだものだから。
相談するよりもこうした方が、よっぽど楽になれる。
よっぽど楽に、いろんなものから逃げられるから。
おじさんが侵入ってくる感触に身震いしながら、滲む視界を拭った。
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