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第4章 わたしは誰?
5・伸ばした手の先に
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「は? どうしたんだよ急に」
江崎くんは、わかりやすいくらい動揺している。そんな様子がどことなく可愛らしくて、それは大人の男の人みたいになった見た目と何だかギャップがあるような気がして、思わず笑ってしまう。
「な、何だよ?」
「んー? 何かさ、江崎くんって可愛いな、って」
「ていうか、ほんとどうしたんだよ。遊び足りないならみんなと二次会行けばよかったんじゃねぇの? たぶん都築とかなら喜びそうだけどな」
「んー、そういうんじゃないんだよね」
別にみんなといたかったわけじゃない。
確かに、ゆいちゃんだったら『おー、麻衣も来てくれるんだー!』とか言って喜んでくれそうな気がする。夏休みの時みたいに一緒に歌ったりとかしても楽しいだろうし、そのあとお話をしてるだけでも、とっても楽しい。
でも、今日はそんな気持ちにはなれなかった。
理由はわかりきってる。
打ち上げの途中で恋話が始まってから、何となく聞いているのが辛くなっていた。恋人……。わたしにも、恋人と呼べる人がいないわけじゃない。もちろん、マイとして会っている人のような体だけの関係じゃなくて、その他のことも一緒にするような人。
夏休み中に学校近くで落とし物を探してもらったのがきっかけで出会った、近所の予備校生だ。
優しい人だし、わたしのことを好きだと言ってくれるし、いい人だ。
だけど、たぶん彼とは本気になれない。
彼も、きっとわたしには本気じゃない。
お互いに、恋人ごっこをしてるだけ。
どんなにデートっぽいことをしても、どんなに言葉で愛し合っても、どんなにキスをしても、どんなにセックスしても、どうしても満たされない。たぶん、わたしも彼のことを満たしてあげられていない。
そんな、どうしようもない関係。
たぶんお互い、似たものの気配を感じていて、それでお互いが求めたことに答えらえる関係だから続いてる――そんな感じだった。そのわたしに、みんなが話す前向きな――それにお互いの愛情が滲んで窺えるような恋話は、あまりにも重かった。
だから…………。
「今日はね、別にみんなといなくても平気なの」
でも、ひとりは寂しい。
ひとりになって、あの家には帰りたくない。
「だめ?」
「あー、あのさ。それはやっぱりまずいって。たぶんうちの親とかは大丈夫だろうけどさ、でも、俺だって一応は男だし、そういうのは期待するっていうか……、あっ、今のナシ!」
「別にいいけど」
「い、いや駄目だろ。ていうかどうしたんだし」
わかりやすいくらい慌てた声で返してくる江崎くんの顔を見ると、まだ少し夏の気配が残る空気のせいか、額から汗が垂れていて、目はあちこちに泳いでいる。普段あんまり慌てたりしない江崎くんの貴重な姿を、今は見放題だ。
結局、しばらく話してから、別々に帰った。
江崎くんは、わたしの気が済むまで――と言ってしばらく一緒にいてくれた。下らない話をしたり、反応に困るような話をしてしまったり。大事なことはほとんど言わなかったけど、もしかしたら色々知られちゃったかな。
『何かあったら、相談してくれよ。できることなら何とかしたいから』
本気で心配してくれていそうな言葉だった。
きっと、本気で言ってくれていたに違いない。
だけどどこか無責任なその言葉は、頼りなくて。
伸ばしたこの手は、もしかしたらどこにも届かないのかな――電車の窓から見える、明かりのついた家々が少しだけ目に沁みた。
江崎くんは、わかりやすいくらい動揺している。そんな様子がどことなく可愛らしくて、それは大人の男の人みたいになった見た目と何だかギャップがあるような気がして、思わず笑ってしまう。
「な、何だよ?」
「んー? 何かさ、江崎くんって可愛いな、って」
「ていうか、ほんとどうしたんだよ。遊び足りないならみんなと二次会行けばよかったんじゃねぇの? たぶん都築とかなら喜びそうだけどな」
「んー、そういうんじゃないんだよね」
別にみんなといたかったわけじゃない。
確かに、ゆいちゃんだったら『おー、麻衣も来てくれるんだー!』とか言って喜んでくれそうな気がする。夏休みの時みたいに一緒に歌ったりとかしても楽しいだろうし、そのあとお話をしてるだけでも、とっても楽しい。
でも、今日はそんな気持ちにはなれなかった。
理由はわかりきってる。
打ち上げの途中で恋話が始まってから、何となく聞いているのが辛くなっていた。恋人……。わたしにも、恋人と呼べる人がいないわけじゃない。もちろん、マイとして会っている人のような体だけの関係じゃなくて、その他のことも一緒にするような人。
夏休み中に学校近くで落とし物を探してもらったのがきっかけで出会った、近所の予備校生だ。
優しい人だし、わたしのことを好きだと言ってくれるし、いい人だ。
だけど、たぶん彼とは本気になれない。
彼も、きっとわたしには本気じゃない。
お互いに、恋人ごっこをしてるだけ。
どんなにデートっぽいことをしても、どんなに言葉で愛し合っても、どんなにキスをしても、どんなにセックスしても、どうしても満たされない。たぶん、わたしも彼のことを満たしてあげられていない。
そんな、どうしようもない関係。
たぶんお互い、似たものの気配を感じていて、それでお互いが求めたことに答えらえる関係だから続いてる――そんな感じだった。そのわたしに、みんなが話す前向きな――それにお互いの愛情が滲んで窺えるような恋話は、あまりにも重かった。
だから…………。
「今日はね、別にみんなといなくても平気なの」
でも、ひとりは寂しい。
ひとりになって、あの家には帰りたくない。
「だめ?」
「あー、あのさ。それはやっぱりまずいって。たぶんうちの親とかは大丈夫だろうけどさ、でも、俺だって一応は男だし、そういうのは期待するっていうか……、あっ、今のナシ!」
「別にいいけど」
「い、いや駄目だろ。ていうかどうしたんだし」
わかりやすいくらい慌てた声で返してくる江崎くんの顔を見ると、まだ少し夏の気配が残る空気のせいか、額から汗が垂れていて、目はあちこちに泳いでいる。普段あんまり慌てたりしない江崎くんの貴重な姿を、今は見放題だ。
結局、しばらく話してから、別々に帰った。
江崎くんは、わたしの気が済むまで――と言ってしばらく一緒にいてくれた。下らない話をしたり、反応に困るような話をしてしまったり。大事なことはほとんど言わなかったけど、もしかしたら色々知られちゃったかな。
『何かあったら、相談してくれよ。できることなら何とかしたいから』
本気で心配してくれていそうな言葉だった。
きっと、本気で言ってくれていたに違いない。
だけどどこか無責任なその言葉は、頼りなくて。
伸ばしたこの手は、もしかしたらどこにも届かないのかな――電車の窓から見える、明かりのついた家々が少しだけ目に沁みた。
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