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本音

本当は・・・

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 椿の話を聞いて僕は下を向いた。椿は言ったことは本当だろう。僕も見たことがあった。
 
 僕は一回だけ真夜中に目を覚ましたことがあった。何か飲みたくて真夜中だしお父さんも寝ているから大丈夫だと思ってリビングに向かった。安易な考えだったのかリビングの明かりが付いていて部屋に戻ろうと思ったが僕は扉の隙間から覗いていた。そこにはお父さんが頭を抱えて椅子に座っていた。そしてポツリポツリと何かを言っていて聞き取れた言葉は『ごめん』だった。僕に対して謝っている訳じゃないって分かっていたけどどうしてもあの言葉が寂しく感じた。僕は、足音を鳴らさずに部屋に駆け足で戻ってベットに蹲った。
 「どうして・・どうしてお父さんが・・・」
 そう呟いていた。
 
 そんなことがあったから・・嘘は付いていない・・でもそう簡単には信じたくない。

 「椿・・もしそれが本当だとしても、もうお父さんも僕もいない。椿は死なないで桜を見れば良かった。僕の後を追って死なないで桜を見れば良かったじゃないか・・・もうこの世界に桜はない。あったとしても僕は椿と見ないよ。」
 「お兄ちゃん・・私はただ・・お父さんの本音を・・」
 「お父さんの本音って何?椿は僕に何を聞かせたいの?今更お父さんの本音を聞いたところで『あぁそうだったの。じゃあ、一緒に旅に出よう』ってなるとでも思った?浅はかだよ。」
 「・・・お兄ちゃん!お兄ちゃん・・・お兄ちゃんは・・・お父さんが嫌い?」
 「・・・・・ッ。・・・嫌いだよ。」
 僕は椿から視線を逸らして言う。
 「・・・お母さんは?」
 「・・・・・・・」
 「お兄ちゃん・・・・・お兄ちゃんは大好きなんだね。お父さんとお母さんのこと・・」
 「な、何を・・・根拠に・・・」
 「・・・・お兄ちゃん・・・・私のこと許さなくても良いから・・・見捨てても良いから・・私を・・・お兄ちゃんの側に居させて・・・・お願い・・・私、一人になりたくない。もう一人ぼっちでいたくない。十年間頑張った。大事な人に会えるって言われてたからずっと楽しみにして・・お兄ちゃんじゃないかもって思ったけど・・ずっと待ってた。お兄ちゃんかもって・・・」
 椿はスカートの裾を握る。目からは涙がポロポロ出て来る。
 「・・・・・・」
 「・・・キク?」
 何も言わない僕にサクラが心配そうに言う。
 「・・・・・・僕は・・・・」
 「お兄ちゃん・・・・・・お兄ちゃん。私の名前の『椿』の由来知ってる?」
 「・・・『愛らしさ』」
 「うん・・『愛らしく良い子になる様に』って意味らしいの。私、一回お兄ちゃんみたいに悪い方の花言葉を聞いてみたの。お父さんは言ってた。
   『椿は他に『罪を犯す女』って意味があるけど・・お父さんはちゃんと良い意味の方をとってるから椿は罪を犯す女じゃないよ。それだけは分かっていてね。お兄ちゃんも泉華もちゃんと良い意味を取ってるから・・』って。・・・・お兄ちゃん・・・ごめんね。私のせいでお兄ちゃんとお母さんの幸せ奪っちゃって・・私が産まれたから・・・・・・・・え?・・・・お兄ちゃん?」
 僕は無意識で・・・いや、本心で椿を抱きしめた。僕は今日、初めて本心で見て、聞いて、話している。今まで見る事も話す事も聞く事もちゃんと本心でして来なかった。
 「・・・・椿。ごめんね。椿が産まれたせいじゃないよ。お母さんの自殺・・本当は止めることが出来たんだ。でも僕は・・止めなかった。お母さんは・・僕よりも酷い暴力を受けて来た。だから・・お母さんは楽になった方が良いと思った。だから・・だから僕はお母さんを止めなかった。ごめんね。ごめんね。僕のせいでお母さんに会えなくてごめんね。僕のせいだから・・・お父さんと椿が桜を見に行っていて・・羨ましかった。・・・ごめんね。椿・・。」
 椿は最初、びっくりしていたが僕の背中に手を置いて抱きしめた。
「・・・・うんん。お兄ちゃんのせいじゃないよ。うんん。・・・大丈夫・・・大丈夫だよ・・・良かった。良かった。」
 「・・・・ふぅ~。・・・・これで良かったのでしょうか?」

 キクが目を擦って立ち上がって椿の目の前に手を差し出した。椿はキクを見上げてからニッコリと笑みを作ってから手を取った。椿の手を引っ張って立ち上がらせた。キクはサクラの方を見て
 「・・サクラ・・迷惑かけた。ごめん。」
 「あ、い、いいえ。あ、謝らないで・・私が事情も知らないで勝手にしちゃったから・・私のせいでもある。」
 「うんん。サクラのせいじゃないよ。・・ありがとう。サクラが椿をここに連れてきてくれたから・・・僕はお父さんの気持ちもそうだし椿とも本心で話せた。だからありがとう。サクラ。」
 「・・・・良かったです。」
 サクラは優しく微笑んで言った。


 私達は椿さんの小屋で一泊だけ休んでから旅に行くことになった。
 
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