BLオカマの異世界『推し事』日記~推しを成り上がらせる魔女の物語~

指圧童子

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第20話 ハイスペックイケメンわんこ系男子??

(まずは、あなたを知らないとね)

 おおまかに話してくれたが、ヒビキの事をもっと知る必要がある。ただでさえ精神崩壊寸前で腹が満たされて落ち着いたとはいえ、リオの経験上ヒビキには不眠症の症状も出ている。悪夢を見たり、それが原因でまたうなされて心が崩れかけたりする。せっかく異世界で初めて見つけた推し。追放された冒険者が復讐を成し遂げるのを間近で見届けたいだけのオカマ根性を剝き出しにして、夜のホロレルの街を歩いていく。万が一ヒビキにバレたりしても誤魔化す方法はあるが、リオはそんな心配をしていなかった。
 殺気や視線を気取られない様に自分の存在を無にして標的を追跡するスキルは生前の技。たとえ怪しい仮面を着けていても、周囲に溶け込んで気づかれなくする技法は0課の同僚『猟犬』から学んだ術だった。
 暗殺と追跡を行う者は優れた戦術家であるとされる。周囲の人や環境、物を利用して存在を隠し、問題が起きてもスムーズかつ穏便に済ませる能力が求められる。静かに、証拠を残さず、敵を追いかけて一撃で仕留める。身近にある物を武器に変え、敵の急所を一撃で突く。暗殺者や追跡者とは、粘り強い我慢と強靭な精神力。そして周囲を利用する適応力が無ければ価値が薄れてしまう。

「ねぇねぇ!。今朝の記事見た!? 『紅の竜爪』のケイヤさんがまた危険な魔物を倒したんだって!」
「やっぱりケイヤ様ってすごいよね~!。かっこいいし、強いし!」

 リオとすれ違う女性冒険者の二人組がそんな話を口にした。その時、ヒビキが突然こちらを向いた。殺したいほど憎んでいる相手を称賛する言葉が聞こえて本能が察知したのだろう。ドス黒く染まった瞳を向けながら、歩く速度を上げて人混みを抜けていく。
 そのまま5分ぐらいが経過した。さすがは異世界。すれ違う人々は様々な人種と種族に分かれている。仕事終わりに一杯飲んでから帰宅する者がいれば、元気に声を挙げて集客に勤しむアルバイトも活気があって夜の東京を思い出す。客引き行為は日本では禁止されているが、この世界では店の前に立っている5人に1人は客引き担当をやっている。露出の多い服を着て小遣いをせびる妖艶な美女も目に付くが、リオの好みは『頑張る男の子』。ガン無視して前を通ると、ふいに背中の方から違和感を感じた。

(………この感じ…。まさか、尾行…?)

 リオと同じ方向に脚を進める異世界人は数えられないほどいる。まるでパレードの行進がぶつかりあう密集地帯の中で、警戒心が跳ね上がる不穏な視線を感じた。狙われているような、殺気を隠している誰かが後ろにいる感じ。しかしリオに対してではない。怪しい違和感はリオの後ろにあるが、動きが単調で追跡に必死になっている慌ただしい雰囲気。試しに柱に隠れたり、露店を品定めするフリをして立ち止まってみるが単調な動きの気配は変わらない。つまり、狙いはリオではなくリオの先を歩いている人物。

(ヒビキちゃんを尾けている人間が…アタシ以外にもいるのかしら…。でも気配の消し方が雑ね。殺意は無いけど、追いかけるのに必死で隠形が出来てないわね…)

 相手は追跡技術があっても気配遮断が出来ないビギナークラスの追跡者。恐らくリオもヒビキを追跡していることに気付いていない。異世界ファンタジーの世界にいる『追跡者』を想像すると、どうしてもリオの脳内では【主君に絶対忠誠を誓っているハイスペックイケメンわんこ系男子】を思い浮かべてしまい、自然とニヤける。追跡の未熟さから、きっと厳しい従者の家系に生まれて幼い頃から主人の為に命懸けで影の仕事を全うする儚い人生を歩まされる年若い孤高の美少年。な、気がする。
 当然リオの大好物だ。なら人目のつかない場所までダブル追跡デートと洒落こんでから顔合わせしようと、姿を景色に溶かしながら後を追う。紅の竜爪のワードが聞こえると煌々と深く燃える黒い瞳で睨みつけるヒビキの瞳に漢女心がぶるりと震える。

(ナイスよ、ヒビキちゃん。今の殺意に塗れた瞳、興奮しちゃうわ♡)

 ときに隠れ、ときに近づき追跡を続ける。そこからはまた10分ぐらい歩き続け、窮屈な人込みを抜けて灯りがぽつぽつと減ると、ヒビキはいきなり壁沿いのT字路を曲がって姿を消した。人で埋め尽くされる大通りの狭い道を曲がってみると、一気に人の出入りは少なくなった。そこは王都の黒い部分とでも言うのか。いわゆるスラム街だった。
 黒猫が鳴き、食材の残飯がちりばめられる汚い路地を進んでいけば、小汚い衣服を纏う路上生活者と酒に溺れた堕落者が寝転がる悪夢の路地裏へと到達する。その最奥にあるのは明かりを付けもしない廃れた宿屋であり、歓迎を知らせる入り口のボードには蜘蛛の巣が張っている。窓は埃だらけで手入れはされておらず、コンクリート仕立ての壁は年季が入って所々にヒビが入っている有様。おまけに宿泊料金はさっき食べたデビルシープの角スープの半分にも満たない超激安価格で、宿屋の品質を物語っている。

「おぉ、お帰りヒビキ」
「あぁ…」

 宿屋への入り口の前で居座る小汚い老人が声をかけ、ヒビキは不愛想に返事をして宿の扉を開けて入っていく。真っ黒だった一階の端の部屋の光が小さく灯り、濁った窓をぼんやり寂しく照らした。それを見届けたリオは宿の雰囲気からして、ヒビキがいかに日の当たらない生活をしているのかを思い知った。きっとリオも他人ごとではない。もしどこかに所属して、オカマだからとかありきたりな理由で追放されでもしたらこうなる可能性も十分にある。だからこそヒビキの辛さを理解し、寄り添わなければ心を開いてもらえないだろう。
 ベッドの質も悪く、隙間風が入り、寝起きは最悪。朝食なんて用意してもらえるかも分からない。壁だって薄そうだし、住んでいるのはガラの悪い浮浪者連中ばかりでおちおち休めもしない。

(……さて、そろそろ良いわね)

 拠点が分かったリオは、漢女心を燻ってくれる本命と顔合わせをするべく上半身のストレッチを始める。追いかけるだけの数分だったが、リオほどの経験者になると逆に『追いかけられている』のも察知できる。酒場を出てから、誰かに尾されていた。それも気配の消し方がかなり雑な人間に。理由は不明。もしかすると【聖廟の守護者】を名乗る偵察兵とも考えた。
 冒険者に狙われる筋合いはなく、心当たりは図書館の本を盗んだ一件のみ。なら直接話を聞いた方がいいだろう。ハイスペックイケメンわんこ系男子……。どんな美しさと儚さを持ってくれているのか、胸が高鳴って仕方ない。

「さぁ~て、アタシも帰りま」

 呑気に体を伸ばしたフリをして植木鉢の破片を素早く手に取り、一気に振り返って投擲の構えを完成させる。

「しょっ!」

 死角の物陰に身を潜める誰かに向けて破片を投げつけると、不意を突かれた追跡者の悲痛なうめき声が飛び出した。

「きゃあ!?」
(女ぁ!?)

 影から聞こえた鈍い女の声に怒り交じりで待ったをかけず、リオは一瞬で距離を詰めて声の位置を瞬時に把握。腹部と思われる場所に前蹴りを入れると、うめき声はさらに太くなる。壁に叩きつけられた追跡者は背中に大きな衝撃が加わり、そのままリオの方へと跳ね返る。すかさずリオは足に伝わった感触から軽い相手だと確信するとしなやかに伸ばした両腕で容赦無く袖を引き、奥襟を変則的に鷲掴みにして右足で払いあげる。

「ああああああぁい!!」

 宙に体が浮いた追跡者は何も抵抗できず、声も出せないまま地面へと叩きつけられた。急所を突いてからの柔道技。現代ではほとんど目にしない必殺技『山嵐』を決められた追跡者は痙攣しながら倒れ伏し、息を吸おうと懸命に口をパクパクさせていた。無力化して外見を凝視すると、ぱっと見の服装は路上生活者とあまり変わらないボロボロな布切れ。しかしよく見ると闇夜に溶け込みやすいカラーを使った迷彩柄のポンチョを羽織って偽装しており、靴も機動性重視の樹脂素材を使った値の張りそうなブーツを履いている。すなわち、路上生活者に扮した何者かだった。見てくれは完全なアサシンだが、にしては気配の消し方が雑すぎる。

「やぁねぇ。いくらアタシが可愛いからってストーカーなんてよくないわぁ。推せないわぁ。…んで、あんた誰?」
「~~~…っ」

 追跡者の目的をなんとなく把握していたが、リオはわざととぼけてみせる。が、相手はそれに気付く余裕が無いのか、はたまた痛みでそれどころではないだけなのか、ただひたすらに呼吸を繰り返していた。それを見てつまらなさそうにため息をつくと、懐からナイフを取り出して目の寸前でチラつかせた。

「力が入らないでしょ?。正直に答えてくれないとおめめに厨二病眼帯を装着して一生過ごさないといけない素敵な人生をプレゼントしちゃうわよぉ? ってあらま」

 髪の毛を掴んで顔を引き上げると、リオはマヌケな声を上げた。てっきりどんな凛々しい暗殺者なのかと期待していたが、追跡者の顔はまるで中学生みたいな幼さの残る子供らしいベビーフェイスの少女だった。痛みや衝撃やらで苦痛に歪んでいるのでお世辞にも大人に見えないが、オレンジ色のくりくりとした丸い瞳は活発的な印象を与え、体形もかなり小柄。ツインテールの長い髪の毛からはちゃんと手入れされた柑橘系の初めて嗅ぐ優しい匂いもする。受け身も全く取れていなかったし、防御も出来ていない完全な半端者だった。

(どーりで気づく訳だわ。ストーカーの癖にこんないい匂いさせちゃって…)
「ま、かっ、まっへ…っ!」

 呆れながらに観察したが、ファンタジー世界の追跡者にしてはかなり抜け目の多そうな少女だ。殺意なんかとは無縁そうな子供らしい見た目とオーラがあり、蹴りを入れた時にも不自然な軽さがあった。体重をズラして衝撃を緩和したのかと思ったが、純粋に一撃が入った時の重みが少女の全体重だったのだろう。期待したハイスペックイケメンわんこ系男子とは程遠く、失意と悲しみが胸を覆う。
 少女はリオの言葉を聞いて震え上がり、必死で首を振った。

「ぃ…いうっ、いう、か、ら…っ!」
「いい子ねぇ、でもアタシのお尻を追いかける悪い子だからやっぱりエグっちゃおうかしらぁ」

 涙ながらに許しを請う少女を前に、リオは微笑みながらもその手に持ったナイフを眼球に突き立てようと刃先を近づけていく。瞳から流れる涙が恐怖による物なのか、はたまた生理的な反応によるものなのか、それは本人にしかわからない。だが、どちらにせよこれだけはハッキリしていた。

ーーーこいつは本気だ。

 そう確信し、少女は思わず叫んでいた。まるで命乞いをする様に。


「わたしっ、あ、あーぼー…っ!!」
「あーほー?。すっごーい、あーたこんな状況でオカマに喧嘩売るなんて肝が据わりすぎて坐骨神経痛になるわよ?。粉末状になる?」

 もしかしたらハイスペックイケメンわんこ系男子でとある崇高な使命の為に恋に落ちるかもと期待していたリオは勝手な高望みで勝手に失望し、腹いせに恐怖を与えるべくナイフの刃先を口の中につきこんだ。口内が傷つかない様に雑に見えて慎重に突き入れ、歯に当ててみたり舌に押し当てて前後させてみたりする。
 一見すると単純な脅しだが、実はかなり有効的な手段でもある。人間は外部からの攻撃や衝撃には力を入れたり、回避しようとしたりとアクションを起こせるが、病気や内臓の痛みといった「内側から」の痛みや苦しみには事前の抵抗策を持たない。いつ起こるか分からない恐怖と、起きた時の痛みや苦しみは耐えるしかない。だからこそ、口に異物を入れられたりした時の拒絶反応や嫌悪感。不快感はかなり強く、命の危機に瀕しているときにそれをやられたらかなりショックが大きい。ナイフで脅して相手の動きを封じるのにもってこいの方法だ。
 少なくともリオが無力化したこの少女はナイフに対する対抗心や、恐怖に打ち勝つ度胸は無い。刃先をチラつかせた時の反応でそれを見抜いた。

「イケメンの毒なら喜んで受けるわ。可愛い男の子の暴力もまぁ受けましょう。推しの嫌味もご褒美よ。でもね、アホのストーカーには容赦しないわよぉん?」
「ちがっ、あーぼーっ…。ちょ、調査員っ」
「調査員?」

ようやく聞き取れたリオは首を傾げる。何の調査なのか?と。

「アタシのスリーサイズを知りたいならあの世への片道切符と引き換えに教えてあげてもいいわよ?」
「違う…っ。わたしが、追ってたの、ササキヒビキの、方だから…っ」
「あら、どして?」
「……」

 問い詰められた少女は沈黙で答える。それはまるで、何か悪いことをした子供が親を目の前にして必死に言い訳を考えているかのような雰囲気だった。推しへの不穏な影に現役時代のスイッチが入ったリオに怒りのオーラが滲む。既に限界まで追い詰められ、精神を病み、人とのかかわりを避けながらしか生きられない少年の何を調べようというのか。そもそも転生者と口外したヒビキをなんらかの目的で利用しようと考えている人間がいるならば、それはリオの敵にもなる。
 LP稼ぎはあくまで二の次。本命はヒビキの幸せ、推しの幸せだ。転落した異世界人生を成り上がる為に助力を申し出た以上は、不穏分子は排除したい。

「こんなお仕事してるんだもの。死んでも文句ないわよねぇ」
「ま、待って…。やだぁ…」
「アタシは平凡なオカマよ。ただのオカマ。純粋なる漢女。推しの為に命を懸けて、推しの為に愛を尊ぶ聖なるタイプのオカマ…。お邪魔虫はゴートゥーヘルよ」
「いっ!?」

 手始めに少女の頬に一本線の傷をつけた。開いた傷口から血が滴り落ち、痛みよりも驚きの方が大きかった少女は瞳孔を開いたまま固まる。

「まずお名前を教えてちょうだい。嘘ついたら傷跡で猫ちゃんヒゲ作るわよ」
「…メギナ」
「よろしくね、メギナちゃん。で、アーボウって何?」

 震えながら涙を流す少女は、逆に質問をした。

「アーボウを、知らない、の?」
(しまった)

 ミスを犯したのを言われて気付いた。恐らくアーボウとは冒険者界隈では有名な職業の通称で、馴染み深い概念の可能性が高い。それを知らないとなると、リオがこの世界に疎い人間であり、転生者なのではないかと疑われてしまう。

「あのねぇ。こっちは普段森に住んでるのよ?。人間様が勝手につけた渾名なんて知ると思う?」
「……森って、まさか…アルギリスの森?」
「質問してるのはアタシよ?。死にたいの?」
「ひっ」

 殺意を滲ませて再度ナイフを押し付ける。不安要素を排除しようと殺害の二文字が浮かんだが、当然リオには出来ない。もしこのメギナが転生者で殺してしまった場合、リオはルール違反により問答無用で消滅してしまう。小柄な体形に肌の色からして顔つきも日本人っぽいが、一回疑ってしまうと迂闊に手が出せない。

(参ったわねぇ。アタシの方が不利じゃない、これ)

 本当にラノベ通りには行かない世界だ。転生者でないとしても、殺人を犯して善悪の色が黒に染まれば死んだ時点であの世行き。前世みたいに殺して隠蔽して何喰わない顔をするのは無理がある。それのリオは知っている。こういう人気のない路地裏にこそ、人の眼はあったりするものだと。

「仕方ないわね。とりあえず、行きましょうか」
「ど、どこに…?」
「決まってるでしょ。ご本人の所によ」

 少女を無力化して担ぎ上げたリオは、いつ倒壊してもおかしくない宿のフロントに数枚の金貨を置いて進み、灯りのついた部屋をノックした。

「ヒビキちゃ~ん。美少女のお届け物で~す♡」
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