Aegis～裏切りに報いる影の正義

中岡　始

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第１幕

初回カウンセリング

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木村麻衣が穏やかに「どうぞ、ゆっくりお話を聞かせてください」と促すと、優子は一瞬言葉に詰まりながらも、心の奥底に押し込めてきた想いを引き出すように話し始めた。これまでずっと抱えていた大谷への想いや期待、それが裏切られた時の衝撃と失望感が、ひとつひとつ言葉になって彼女の口からこぼれ落ちていく。

「大谷さんと出会ったのは、マッチングアプリでした」

その出会いの瞬間を思い出しながら、優子の表情には懐かしさと切なさが入り交じっていた。大谷がアプリで見せた穏やかな笑顔と、誠実そうなプロフィールに惹かれたこと、初めてメッセージを交わしたときの胸の高鳴り、彼から真剣に交際を望む言葉をかけられたときの喜び――すべてが優子にとって大切な思い出だった。

「最初は、こんなにうまくいくなんて夢のようで……。彼も『結婚を真剣に考えている』って言ってくれて、私もようやく心を開くことができたんです」

彼女の瞳は微かに揺れ、記憶の中の幸福な瞬間が、今では手の届かない場所にあることを感じさせた。優子がゆっくりと語るその言葉に、木村は静かに頷きながら耳を傾けていた。その姿は、優子の心の痛みに共感しつつも、冷静さを失わないカウンセラーとしての信頼感を漂わせていた。

やがて、優子は少しずつ大谷との関係が変わっていったこと、彼の態度が徐々に曖昧になり始めたことについても話し始めた。

「最初のうちは、彼もマメに連絡をくれて、毎日のように将来のことを語り合っていました。でも、ある日から彼が急に忙しくなったと言い出して、なかなか会えなくなったんです」

優子はそのときの疑念や不安、そして「忙しいだけだ」という自分の心の言い訳を振り返りながら、話を続けた。その頃から、彼女の中で「本当に彼は自分を大切に思ってくれているのだろうか」という疑念が芽生え始めていた。しかし、彼の穏やかな言葉や将来を語る態度に安心しようとする気持ちが、優子を支配していた。

「彼が何度か、事業に一時的に資金が必要だと言ってきたときも、私には疑いの気持ちはほとんどありませんでした。だって……将来一緒になりたいと思っていたから」

その瞬間、優子は瞳を伏せた。彼女の声には微かに震えが混じり、これまで抑え込んでいた感情が表に出始めていた。木村はその表情を見逃さず、優子が自分のペースで話せるよう、優しい視線を向けていた。

優子は静かな息を吸い、続ける。

「最初は200万円、次に300万円……。彼が『すぐに返す』と言ってくれたことを信じて、私も貯金を崩して渡しました。彼が事業で成功すれば、二人で安定した生活が送れると思っていたんです」

優子が自分の言葉を振り返るたび、胸の奥で後悔と怒りが膨れ上がっていく。自分の信頼を裏切られたこと、そしてそのことを信じてしまった自分への苛立ちが、彼女を押しつぶしそうだった。

「でも、彼がその後、急に連絡を絶って……。メッセージを送っても既読がつかなくなって、電話も一切繋がらなくなったんです」

優子の声は次第に小さくなり、しかしその静かなトーンの中に、深い怒りと悲しみが潜んでいた。彼女はまるでその時の瞬間を再現するかのように、携帯を握りしめていた手を見つめた。何度も何度も彼に連絡を試みたものの、無情にも応答のない日々が続いたあの日々を、彼女の体はまだ覚えていたのだ。

木村は優子の吐露する思いを一つひとつ丁寧に受け止めていた。その表情には深い共感が漂い、優子が語る苦しみや裏切りの痛みを理解していることが感じ取れた。それでも木村は冷静な姿勢を崩さず、優子が話し続けやすいよう、ただ頷きながら彼女に寄り添い続けていた。

「それは、とても辛い経験でしたね」

木村が静かにそう声をかけると、優子の目から涙が溢れ出した。ずっと溜め込んできた感情が、ようやく誰かに理解された気がして、彼女は涙を止めることができなかった。

「信じていたんです……。ようやく私を支えてくれる人に出会えたと思ったのに……」

涙がこぼれ落ちる中、優子は自分の弱さと愚かさを吐露しながら、これまで隠し続けてきた本当の気持ちを初めて言葉にした。信じた結果、大切なものを失った悔しさと、それでもどこかで彼を信じたかったという思いが、彼女の胸を締め付けていた。

木村は、優子の話を最後まで聞き終えると、深くうなずいた。そして、彼女の手が届く場所にそっとティッシュを差し出しながら、優しい声で言葉をかけた。

「藤沢さん、ここに来てくださってありがとうございます。これまで辛い思いを一人で抱えてこられたこと、本当に大変だったと思います。でも、ここではその重荷を一緒に少しずつ下ろしていけると思います。どうぞ、私たちに頼ってください」

その言葉に、優子は再び涙を流しながらも、どこか救われた気持ちを感じていた。木村の真摯な態度に、ようやく自分が信頼できる存在に出会えたような安堵が、彼女の心にじんわりと広がっていった。

優子は、ここでなら自分の気持ちをすべて話してもいいのだという安心感を抱き、木村に向かって静かに微笑んだ。

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