魔王軍に転生した元人事部長、三十路ボディで職場改革します~おっさん、異世界で“人事改革”はじめました

中岡 始

文字の大きさ
28 / 91
第6章 全軍改革、始動

積み上がる紙の山

しおりを挟む
魔王軍本城の一角、人事局が入る軍政庁の建物は、他の戦闘部署とは異なり静まり返っていた。  
外観こそ黒曜石と重厚な金属装飾で重々しいが、中に足を踏み入れると途端に埃っぽい紙の匂いと、澱んだ空気が迎えてくる。

山本はその中央にそびえる書庫室に足を踏み入れた瞬間、思わず息を詰めた。

広い空間の中央に、背の高い書架が十列以上並び、壁一面には古びた巻物や冊子が積み重なっている。床の上にも、分類されきれなかったらしい紙束が紐でくくられ、山のように転がっていた。照明は魔導灯で灯されているが、その光さえも紙埃の中でくぐもって見える。

リリシアは何も言わず、足音ひとつ立てずに進み、部屋の奥にある金属製の保管棚の前で立ち止まった。

「ここが全軍人事記録の主幹保管庫。配置記録、階級査定、離脱・殉職報告、戦歴履歴、通報記録まで、すべて“ある”にはあるわ」

山本は思わず口元をしかめた。

「なるほど……“ある”ことと、“使える”ことは別だな」

棚を開けると、鉄の引き出しから黄ばんだ紙がごっそりと現れる。そのひとつを取り出してみると、手書きの文字はかすれ、魔法の印が押されているはずの場所が滲んで読めない。

別の資料に目を移すと、そこには表紙に『第九補給隊・人員変動記録』と記されていたが、ページを開いた瞬間、山本の眉がひそまった。

「これは……前任者の記録だけで、更新が止まってる。半年分空白か。しかも、転属理由も“適正により”とだけ。誰の判断かも書かれていない」

「形式上の報告だけを優先して、中身を省いたのね」

リリシアは無感情に言いながら、別の巻物を引き出した。今度は斥候部隊の人員配置表。開いた瞬間、紙が風化したようにぱりっと裂けた。

「こっちは……同じ兵が二箇所の部隊に同時所属している記録になってる。つまり、誰もチェックしていない」

山本は片膝をついて、束ねられた紙の山を少しずつ崩すようにして手に取っていく。

「この報告書……名前だけあるが、評価欄がすべて空白。戦歴も、適性欄も記入なし」

リリシアは腕を組み、淡々とした口調で言った。

「文書で管理した気になって、誰も“内容”を見ていない。それが現状よ」

その言葉が、山本の胸にずしりと響いた。

彼はゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。  
見上げれば天井まで届く紙の塔。  
棚という棚に詰め込まれた、見る者のいない記録たち。  
兵たちの人生の断片が、こんな形で放置されている。

「なるほど……“組織病”の典型だ」

その言葉には、怒りではなく、静かな諦念が混じっていた。

「紙の上だけの管理。報告のための報告。形骸化した評価制度。現場を見ずに記号化された人間。  
これはもう、情報の墓場だ」

リリシアが僅かに頷いた。

「改革の初期段階でここを訪れると決めた理由が、わかった気がするわ。あなたは、“まず見る人”なのね」

「現場の資料を扱う以上、それが何を意味しているかを知らなければならない」

山本は深く息を吐いた。

「これを整理するところから始めるのは、非効率だが――必要だ。  
現場を動かすには、まず“事実”がなければならない。  
その土台が腐っているなら、どれだけ適性を見抜いても、正しい配置はできない」

彼は視線を落とし、散乱する書類の中から一枚を手に取った。  
若い兵士の評価記録だった。  
読み進めると、その兵は戦場での報告精度が高く、斥候向きとあった。  
だが、その次の転属記録では“魔術訓練班”へと回されている。

「誰が、なぜ、この判断をしたんだろうな」

呟いたその声には、過去の職場で何度も同じ疑問を口にしてきた、あの頃の山本の声が重なっていた。

評価されない者。間違って配置された者。  
声を上げられずに埋もれた力。

そして、それを誰も“見なかった”ことへの責任。

「俺は、同じことを繰り返すためにここに来たわけじゃない」

山本は小さく口元を引き結び、そっと紙束を棚に戻した。

「まずは、この記録群を読み解く“目”と“手”を育てる必要がある。  
仕組みそのものを整理する人材と、現場との橋渡しができる人材。どちらも揃えないと、動かせない」

「候補は?」

「少し思い当たる節がある。だが、まずは現場を回ろう。見ない限り、机上の空論にしかならない」

リリシアが片眉を上げた。

「全軍を?」

「必要なら全軍でも回るよ。変えるためには、まず自分が動くしかない」

二人の影が、書庫の灯に長く伸びた。

動かすべきは、書類ではない。  
その奥に潜む、“見ないふりをした構造”そのものだ。

山本は手帳を開き、端に一行だけ記した。

『書類に魂を取り戻すこと。それが、改革の第一歩だ』
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

eggy
ファンタジー
 もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。  村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。  ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。  しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。  まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。  幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...