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第5章 魔王からの命令と、新たな責任
地図と人の間で
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山本の私室は、城の北棟の一角にある。石造りの部屋には飾り気がなく、夜の冷気が薄く漂っている。
窓は閉じられ、魔導灯の明かりだけが静かに灯っていた。
机の上には、魔導地図が広げられていた。
これはこの世界の特殊な道具で、魔力を流し込むと軍全体の地理配置や部隊移動、拠点間の連絡網まで視覚化される。
その上に、人員リスト、各部隊の構成表、過去の配置記録、離脱者や戦死者の報告書が何重にも重ねられている。
かつて会社の会議室で束ねていた書類とは比べものにならない、現実の“命の重さ”が宿る情報の山だった。
山本は椅子に腰を下ろし、地図の左上から順に視線を這わせていった。
第一遊撃隊。第二斥候部。第三補給中隊。魔術師団。歩兵本隊。黒槍騎士団。
そして、後方支援、医療班、訓練所、捕虜管理班、情報処理局。
配置が交差し、時には重複し、歪に繋がっている。
「……なるほど、これは確かに一人でやるには無茶だ」
思わず漏れた声に、苦笑が混ざる。
把握すべき部隊数は五十を超え、兵士は数千。
さらに階級ごと、部門ごとに重複する命令系統と指揮系譜が存在している。
しかも、各指揮官が自らの裁量で隊内の人事を握ってきた歴史がある。
形式的には“魔王直轄の人事顧問”である自分の命令も、実務レベルで受け入れられる保証はない。
だが。
山本は手元の書類をそっと一つ取り上げた。
それは、補給第三班の隊長が提出した改革後の報告だった。
物資誤配率、劇的減少。
兵士の負傷報告、減少。
精神的ストレス報告、明らかに改善。
これは、小さな配置変更ひとつで、現場の命運が左右されることを示す“証拠”だ。
「……誰もやらなかったから、こうなった」
山本はゆっくりと、机の縁に手を置いた。
人は、失敗を恐れる。
特に、組織が大きくなるほど、責任を取る者が少なくなる。
その結果、皆が“触らない”ことを選び、問題はいつしか構造に溶け込んでいく。
それが、この魔王軍という“巨大な職場”の実態だった。
だが、自分は――見てしまった。
倉庫の隅にいたゴブタが、配置ひとつで光を放った姿。
冷遇されていた補給兵が、笑いながら業務をこなすようになった現場。
配置とは、環境の最適化ではない。
それは“人に力を取り戻させる手段”だ。
「仕組みを変えれば、無駄な死は減らせる」
誰にも聞かせるわけではないその言葉が、空気を割って部屋に広がる。
魔導地図の上では、戦力アイコンが小さく光を点滅させていた。
それぞれが部隊を示し、それぞれが命の集合体だ。
今、自分はその全体に対して“責任”を預かっている。
戦略を動かすのは、将。
勝敗を決するのは、戦場。
だが、兵士たちがその場に“生きて届くかどうか”を決めるのは、人事の力だ。
その意義は、戦術よりも深く、時に剣より重い。
山本は手帳を開いた。
数日前から、使っている新しいページの最上段には、こう書かれている。
『誰もが居場所を持てる軍とは?』
その問いに、まだ答えはない。
だが、自分がここにいる理由は、その答えを探すことにある。
そう確信できるほどには、彼の中でこの世界が“他人事”ではなくなっていた。
静かに目を閉じる。
過去の職場で交わした会話。
定年の日に感じた虚無。
神に召喚されたあの漆黒の空間。
全部が、繋がっていた。
やがて山本は、ゆっくりと口を開いた。
「やる」
その声は、決して大きくはなかった。
だが、言い切るには十分な熱があった。
やるべきだと思ったのではない。
もう、自分がやらなければいけない場所に来ていると、自然に身体が知っていた。
魔導地図の光が、再び淡く明滅する。
その光のひとつひとつに、名前があり、人生がある。
山本はペンを取り、ひとつずつ、兵士の記録に目を通し始めた。
この戦いに、剣も魔法も要らない。
必要なのは、眼差しと判断と、覚悟だけだ。
窓は閉じられ、魔導灯の明かりだけが静かに灯っていた。
机の上には、魔導地図が広げられていた。
これはこの世界の特殊な道具で、魔力を流し込むと軍全体の地理配置や部隊移動、拠点間の連絡網まで視覚化される。
その上に、人員リスト、各部隊の構成表、過去の配置記録、離脱者や戦死者の報告書が何重にも重ねられている。
かつて会社の会議室で束ねていた書類とは比べものにならない、現実の“命の重さ”が宿る情報の山だった。
山本は椅子に腰を下ろし、地図の左上から順に視線を這わせていった。
第一遊撃隊。第二斥候部。第三補給中隊。魔術師団。歩兵本隊。黒槍騎士団。
そして、後方支援、医療班、訓練所、捕虜管理班、情報処理局。
配置が交差し、時には重複し、歪に繋がっている。
「……なるほど、これは確かに一人でやるには無茶だ」
思わず漏れた声に、苦笑が混ざる。
把握すべき部隊数は五十を超え、兵士は数千。
さらに階級ごと、部門ごとに重複する命令系統と指揮系譜が存在している。
しかも、各指揮官が自らの裁量で隊内の人事を握ってきた歴史がある。
形式的には“魔王直轄の人事顧問”である自分の命令も、実務レベルで受け入れられる保証はない。
だが。
山本は手元の書類をそっと一つ取り上げた。
それは、補給第三班の隊長が提出した改革後の報告だった。
物資誤配率、劇的減少。
兵士の負傷報告、減少。
精神的ストレス報告、明らかに改善。
これは、小さな配置変更ひとつで、現場の命運が左右されることを示す“証拠”だ。
「……誰もやらなかったから、こうなった」
山本はゆっくりと、机の縁に手を置いた。
人は、失敗を恐れる。
特に、組織が大きくなるほど、責任を取る者が少なくなる。
その結果、皆が“触らない”ことを選び、問題はいつしか構造に溶け込んでいく。
それが、この魔王軍という“巨大な職場”の実態だった。
だが、自分は――見てしまった。
倉庫の隅にいたゴブタが、配置ひとつで光を放った姿。
冷遇されていた補給兵が、笑いながら業務をこなすようになった現場。
配置とは、環境の最適化ではない。
それは“人に力を取り戻させる手段”だ。
「仕組みを変えれば、無駄な死は減らせる」
誰にも聞かせるわけではないその言葉が、空気を割って部屋に広がる。
魔導地図の上では、戦力アイコンが小さく光を点滅させていた。
それぞれが部隊を示し、それぞれが命の集合体だ。
今、自分はその全体に対して“責任”を預かっている。
戦略を動かすのは、将。
勝敗を決するのは、戦場。
だが、兵士たちがその場に“生きて届くかどうか”を決めるのは、人事の力だ。
その意義は、戦術よりも深く、時に剣より重い。
山本は手帳を開いた。
数日前から、使っている新しいページの最上段には、こう書かれている。
『誰もが居場所を持てる軍とは?』
その問いに、まだ答えはない。
だが、自分がここにいる理由は、その答えを探すことにある。
そう確信できるほどには、彼の中でこの世界が“他人事”ではなくなっていた。
静かに目を閉じる。
過去の職場で交わした会話。
定年の日に感じた虚無。
神に召喚されたあの漆黒の空間。
全部が、繋がっていた。
やがて山本は、ゆっくりと口を開いた。
「やる」
その声は、決して大きくはなかった。
だが、言い切るには十分な熱があった。
やるべきだと思ったのではない。
もう、自分がやらなければいけない場所に来ていると、自然に身体が知っていた。
魔導地図の光が、再び淡く明滅する。
その光のひとつひとつに、名前があり、人生がある。
山本はペンを取り、ひとつずつ、兵士の記録に目を通し始めた。
この戦いに、剣も魔法も要らない。
必要なのは、眼差しと判断と、覚悟だけだ。
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