魔王軍に転生した元人事部長、三十路ボディで職場改革します~おっさん、異世界で“人事改革”はじめました

中岡 始

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第1章 魔王軍へようこそ、地獄の職場へ

魔王軍会議室にて

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山本孝一は、案内されるままに、黒曜石の床を静かに踏みしめて歩いていた。

足音がやけに響く。靴底と石床の接触が、空間の静寂を際立たせていた。周囲にいる者たちは、彼の一挙手一投足を見逃すまいとしている。目には明らかな猜疑が込められていた。好奇でもなく、警戒だけでもない。その混ざり合った視線が、空気を粘つかせるように思えた。

魔王軍本城、軍議室。見上げれば天井は高く、黒い石材に埋め込まれた宝石のような魔石が仄かに光を放っている。壁には赤と黒の大きな紋章が掲げられており、中央には重厚な円卓が鎮座していた。その卓を囲むようにして、十数名の魔族たちが立っている。

それぞれが、異様な姿をしていた。

背に蝙蝠のような大きな羽を広げた者。漆黒の全身鎧をまとい、仮面で顔を隠している者。毛皮に覆われた半獣の男は、腰に斧を提げ、常に低いうなり声を漏らしている。ある者は長い尾を揺らしながら歩き、ある者は冷たい青白い肌に、氷のような装飾をまとっていた。

人間の社会では見かけない――というより、夢の中でさえ目にしないような、まさに“異形”たちの集団。

山本は、目の前に広がる光景に圧倒されることなく、落ち着いた様子を保ち続けていた。表面上は、だが。

内心では、次々と目に映るものを情報として記録していた。視線の動き、立ち位置、装備、言葉遣い、そして表情。そういった細かな部分が、無意識に頭の中に分類され、並べられていく。

「なるほど…派閥があるな」

心の中で、彼は呟いた。

円卓の左側には、重装備を身に着けた者たちが固まっていた。明らかに“軍部”という印象を持たせる集団だ。会話の端々に軍略用語が飛び交い、階級に従った呼びかけも見られた。

右側には、ローブや杖を携えた者たち。魔術師系統だろう。こちらはより静かで、常に何かを観察しているような目つきだった。会話のトーンは抑制されており、理知的というよりも、感情の温度を感じさせない冷たさがあった。

後方には、豪奢な衣装を着た者たちが並んでいた。政治部門か、行政官か。少なくとも、戦場ではなく書斎にいるべき風貌。彼らは言葉よりも視線で通じ合っているように見える。

そして、発言の頻度と影響力は、明らかに偏っていた。

「発言権の偏り、顕著だな。あの老将軍みたいなのが、ほとんどの話を主導してる」

山本は内心でメモを取るように思考する。表情を動かさず、ただ視線だけをさまよわせながら。

「しかも、あっちはまったく発言してない。あの若い魔術師…立場がないのか、それとも抑えられてるのか」

戦闘部門が主導し、魔術部門が脇に回り、行政部門は沈黙。対話というよりも、勝者の主張に他が従うだけの構造。それは、彼が過去に何度も見てきた、“古びた会社”と酷似していた。

組織内で強い者が黙っていられず、声を上げる。そして他の者は黙るか、影で愚痴る。それがどれほど組織の活力を削ぐかを、山本は嫌というほど経験してきた。

さらに気になるのは、部門間の距離だった。

円卓を囲む者たちの視線は、しばしば相手を正面から捉えず、斜め下から、または肩越しに見ることが多かった。それは、互いを信頼していない証拠だった。

「部門間の対立、か。情報共有もないな、これは」

思わずため息が出そうになった。だが、ぐっと飲み込む。今は観察する時間だ。改革のタイミングではない。

そして、もう一つ――山本自身への視線。

「人間、か…」

そう誰かが言ったのを耳にした瞬間、山本はすぐに視線の変化に気づいた。

彼らの目は、一様に冷ややかだった。好奇心の中にあるのは、軽蔑、あるいは侮蔑。遠い異世界から召喚された“人間”という種族に、彼らは明確な優越意識を持っていた。

それは差別に近かった。

だが、山本はそれに腹を立てることはなかった。むしろ、ほっとしたような気さえした。

「立ち位置が見えるのは、ありがたい」

どんな組織でも、自分がどう見られているかが最初に把握すべき情報だ。嫌われていようと、見下されていようと、それがはっきりしているなら対策は立てやすい。

山本は、再び円卓を一望した。

その中央には、一冊の古びた分厚い書物が置かれていた。魔王軍の記録書、あるいは作戦書だろうか。だが、誰もそれに手を触れようとはしない。存在しているだけで、情報が伝わらない。共有されない資料。

「目的共有の欠如、顕著だな」

彼はまた一つ、心の中の“問題リスト”にチェックを入れた。

かつて、人事部長として社内の矛盾に何度も対処してきた彼の目には、この軍議室はあまりにも既視感に満ちていた。異世界の姿かたちは異なっても、組織の病理は世界を越えて似通っているのだと、改めて実感させられる。

やれやれ、と心の中で呟く。

異世界の魔族たちに囲まれていようとも、彼がやるべきことは変わらない。

問題を見極め、優先順位をつけ、状況を整理し、関係者の信頼を得ること。最終的には、誰もが力を発揮できる環境を整えること。それが彼の“仕事”だった。

山本孝一は、心の奥で静かに決意を新たにした。

この場所もまた、変えられる。いや、変えるべき場所だ。そう感じさせるには、十分すぎる材料がすでに揃っていた。
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