遠くて近い君へ

中岡 始

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第6章 隼人の復帰

1.隼人の復帰

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隼人が青海の宿に戻り、久しぶりにスタッフ一同と顔を合わせたとき、暖かい歓迎の雰囲気がフロントに広がった。出勤日初日ということもあり、スタッフたちは隼人の復帰を心待ちにしていたのだ。出迎える仲間の笑顔や「おかえりなさい」という声が飛び交う中、隼人は心の中で感謝と決意を新たにしていた。

「フィレンツェで学んだことをしっかり生かそう」

そう心に誓いながら、隼人は荷物を片付け、久しぶりのデスクに座った。研修を通じて多くのことを学んだ隼人は、以前とは違う自分を示すため、さまざまな新しいアプローチを試みる意気込みでいた。青海の宿で培った基礎と、フィレンツェでの経験を融合させた新しい接客スタイルが隼人の中で育ちつつあった。

久しぶりの隼人の出勤であったが、二人は自然と同じ業務に入り、再びコンビを組むことになった。待ち合わせたラウンジで翔が姿を現した瞬間、隼人の胸にかすかな緊張が走る。翔もまた、どこか緊張した様子で隼人の方へ歩いてきた。しばらく目を合わせると、お互いに微笑み合った。

「おかえり、隼人」

翔が先に声をかけ、柔らかな笑顔を見せた。その言葉には、隼人の帰還を待っていたという思いが込められているようで、隼人は自然と安心感を覚えた。

「ただいま、翔」

隼人は少し照れたように返事をし、二人の間に流れる空気に懐かしさを感じた。フィレンツェでの研修を経て、新たなスキルを身に着けた隼人ではあったが、翔の存在がどれだけ大きな支えだったかを改めて感じていた。そして、翔も隼人の変化を感じ取ったようで、少し感心したように頷いてみせた。

「フィレンツェでのこと、いろいろ聞かせてくれよ」

翔のその一言に、隼人は少しずつ研修中のエピソードを話し始めた。研修先のホテルで出会った人々のこと、学んだ接客スタイルや文化の違いなど、翔は興味深そうに聞き入り、時折質問を投げかけてくる。それに応じながら話すうちに、隼人は自分が成長していることを再確認し、自信を持って再び青海の宿で働けることを誇りに感じた。

業務が始まると、二人はまるで時間が巻き戻されたかのように、以前のペースで仕事をこなし始めた。フロント業務の進行やゲスト対応において、隼人と翔は言葉を交わさなくても自然と互いの動きを補完し合うような、見事な連携を見せる。久しぶりにコンビを組むことで、互いの存在が以前にも増して特別なものであることを実感した。

その日の終わり、隼人は改めてフィレンツェで学んだことを青海の宿で生かせる手応えを感じた。翔との再会がどれほど自分を支えているか、そして再び一緒に働ける喜びが、隼人の心を強くした。
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