遠くて近い君へ

中岡 始

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第5章 別れと再会

3.隼人の研修終了

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隼人が研修先のホテル・ベルフィオーレを去る日は、まるで特別な一日であるかのように感じられた。彼はホテルのロビーで最後の別れの挨拶をしていた。高級感あふれるヴィラの内装、歴史ある調度品の一つひとつに、これまでの数ヶ月間の思い出が宿っているかのようだった。イタリアの温かな陽射しがガラス越しに降り注ぎ、隼人の心の中で光と影を交差させた。 

研修で共に働いた仲間たちが次々と声をかけてくる。スパセラピストのカルラは

「またフィレンツェに来たら、絶対に立ち寄ってね」

と言い、優しい笑顔で隼人を送り出した。バーテンダーのマルコは

「君のことは絶対に忘れないよ。いつでもカクテルを作りに戻ってきてくれ」

と冗談めかして笑いながら手を振った。レストランマネージャーのダヴィデも

「日本での成功を祈っている。今度は本場のイタリアンを日本で広めてくれ」

と、隼人の肩を軽く叩きながら励ました。 

そんな中、アレッサンドロとリカルドの二人が最後に近づいてきた。アレッサンドロは穏やかな表情で隼人を見つめ、軽くため息をつくようにして言った。

「本当にもう帰っちゃうんだな、隼人。君がここに来たときは、ずいぶん緊張していたけど、今ではすっかり堂々としているよ」

隼人は少し照れくさそうに微笑み、アレッサンドロの言葉を聞きながら、フィレンツェでの最初の頃のことを思い返した。確かに、異文化の中での初めての研修に緊張し、不安を抱いていたあの日々が、今では遠い過去のように感じられる。アレッサンドロが続けた。

「忘れないでほしい、隼人。自分の気持ちに正直に生きることが何よりも大切だ。人にどう思われるかではなく、君自身がどう感じるかを大切にしてほしい。愛することも、仕事も、すべて同じだよ」

その言葉は、隼人にとってまさに心の支えとなるメッセージだった。隼人はアレッサンドロに深く感謝の気持ちを込めて

「ありがとう。君のおかげで、自分の気持ちに向き合うことができた」

と答えた。
リカルドも一歩前に出て、隼人に手を差し伸べた。 

「またフィレンツェに戻ってきたら、僕たちと一緒に食事をしよう。いつでも歓迎するよ」 

隼人はリカルドの手を握り、しっかりと頷いた。

「その時は、たくさんイタリア語で会話できるようにしておくよ」

と冗談交じりに言うと、リカルドも笑みを浮かべた。

最後の別れを告げた後、ホテルのスタッフたちが集まり、温かい拍手で隼人を見送った。隼人は皆の笑顔を見渡しながら「フィレンツェで過ごした日々を絶対に忘れない」と心に誓った。

空港への道中、車窓から見えるトスカーナの美しい景色が、隼人の心を穏やかにした。丘陵地帯に広がる緑の風景やオリーブの木々が、まるで彼を見守っているかのように映る。彼はフィレンツェでの経験が自分をどれほど成長させたかを思い出し、これからの新しい挑戦への決意を新たにした。

アレッサンドロから受けた「自分の気持ちに正直に生きる」というアドバイスが、隼人の胸に強く響いていた。隼人は飛行機が離陸する直前、深く息を吸い込み、日本に帰ったらまず翔に会って、自分の気持ちに向き合おうと静かに決意を固めた。
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