遠くて近い君へ

中岡 始

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第4章 近況報告

3.隼人の心の葛藤

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隼人は、翔からのメッセージを読み終えた後、スマートフォンを握りしめたまましばらく目を閉じた。翔が自分のいない間も健一の指導を通じて成長し、前向きに過ごしていることを知って安心した。けれども、心の奥底に広がる物足りなさをどうすることもできなかった。

「翔はちゃんとやってるんだな」

自分がフィレンツェに来てから、どれだけ翔のことを考えていただろうか。新しい環境で忙しい日々を過ごす中でも、ふとした瞬間に彼のことが頭をよぎる。特に夜になると、ホテルの仕事が一段落して静まり返った自室で、青海の宿で翔と過ごした日々が蘇ってくる。あの時の何気ない会話や一緒に笑った瞬間が、今の自分にとってどれほど大切なものだったのかを痛感する。

翔への想いが単なる友情や信頼を超えていることに、隼人はようやく確信し始めていた。しかし、それをどう伝えるべきかが分からなかった。自分の気持ちを打ち明ければ、今の関係が変わってしまうかもしれない。しかも、翔は自分にとって大切な存在だが、彼が同じように感じているかは分からない。

「まだ今は…早いかもしれない」

隼人はため息をつき、スマートフォンに目を戻すと、再びメッセージを打ち始めた。翔に自分の気持ちを伝える代わりに、イタリアでの生活や日常の出来事を伝え、当たり障りのない会話を続けることにした。

「そうか、健一君も頑張ってるんだな。君がしっかりサポートしてるからこそだよ。フィレンツェは相変わらず美しい街だよ。街並みが歴史そのもので、本当に毎日が新しい発見だ。最近は仕事の合間に、少しずつ観光も楽しむようにしてる」

メッセージを送り終えても、胸の中にある翔への想いは消えなかった。むしろ、その想いはさらに強くなっているように感じられた。隼人は、自分の気持ちがいつか伝わる時が来るのかを思いながら、今はただ、フィレンツェでの生活を続けるしかないと自分に言い聞かせた。
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