遠くて近い君へ

中岡 始

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第3章 新たな学び

5.健一の成長とミス

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その頃。
青海の宿では、健一がやる気を見せて仕事に取り組んでいた。彼は翔の指導のもと、フロント業務の基本を学びながら、少しずつ自分のペースをつかもうとしていた。しかし、やる気が空回りし、焦りが出ることも多かった。

ある日、健一は重要なゲストの予約を誤ってダブルブッキングしてしまう。予約表を確認せずに、新たに部屋を割り当ててしまったのだ。結果的に、同じ部屋に二組のゲストがチェックインするという混乱を招いてしまう。

「中村君、どういうことだ?予約の確認は済んでたのか?」

翔は健一に問いかけるが、健一は顔を真っ青にして、言葉が出ない様子だった。事態の深刻さを悟った翔は、すぐに他のスタッフに連絡し、緊急対応を指示した。

「お客様にはラウンジでお待ちいただいてください。すぐに別の部屋を手配します」

フロントには緊張感が漂い、翔は迅速に指示を出しながらも内心では焦りを感じていた。隼人がいた頃なら、こんな事態でももっと冷静に対処できたはずだと、自分の未熟さを痛感する。

健一も、自分のミスでフロント全体に迷惑をかけてしまったことに強い罪悪感を覚えていた。翔の指示のもと、他のスタッフたちが素早く対応してくれたおかげで、最終的にはゲストの満足を損ねることなく問題は解決したが、健一は落ち着かない様子でその場を去った。

その後、バックオフィスで翔は健一に声をかけた。

「中村君、今日は本当に大変だったな。でも、ミスを恐れずに次からは気をつければいい。何より大事なのは、今回の経験をどう生かすかだ」

健一はうなだれたまま答えた。

「すみません、田中さん。自分のせいで…」

翔は健一の肩を軽く叩いて言った。

「誰にでもミスはあるさ。大事なのは、ミスを繰り返さないこと。それに、僕だってまだ成長中だよ。だから一緒に頑張ろう」

健一はその言葉に少し元気を取り戻したように見えたが、翔の心にはまだ自分の指導力に対する不安が残っていた。隼人がいれば、もっとスムーズに対処できたかもしれない。そんな思いが、翔の胸中にずっしりと重くのしかかっていた。
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