遠くて近い君へ

中岡 始

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第3章 新たな学び

1.研修生活の深まり

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三月のフィレンツェは、春の訪れを感じさせる穏やかな陽気に包まれていた。ホテル・ベルフィオーレでの研修も二か月を超え、隼人は少しずつイタリアの接客文化に慣れ始めていた。日本とは異なる仕事の流れやゲストへの対応に最初は戸惑うこともあったが、次第にその違いを楽しむ余裕が生まれてきた。

フィレンツェの高級ホテルで働くスタッフたちは、ゲストとの距離感を大切にしながらも、親しみやすさと気軽さを兼ね備えていた。たとえば、隼人がゲストと挨拶を交わした際、すぐに彼らとの間に打ち解けた雰囲気が生まれ、軽い冗談を交えることも少なくなかった。日本では、接客はどちらかというと丁寧で控えめな態度を重視するが、ここではもっと人間味のあるコミュニケーションが求められているように感じた。

最初はその親しさに戸惑いを感じた隼人だったが、アレッサンドロの指導を通じて、「ゲストの心を開かせるのが私たちの仕事なんだ」と教えられた。イタリアでは、相手の表情や仕草から感情を読み取り、それに対して自然に応じることが重要視されている。隼人もそのスタイルを少しずつ自分の中に取り入れ、ただ形式的に接するだけでなく、ゲストの気持ちに寄り添った対応を意識するようになった。

ある日、隼人はチェックイン手続きを担当していると、一人の年配の男性ゲストがやって来た。隼人は、イタリア語での挨拶と共に笑顔を見せると、男性は満面の笑みで返し、

「初めてのフィレンツェですか?」

と尋ねてきた。普段ならば形式的なやり取りで終わっていたはずの会話が、この一言によって一気に親しみを増したものになり、隼人もそれに応じて、

「はい。研修でここに来ており、毎日新しい発見を楽しんでいます」

と答えた。

その後の会話も、まるで友人同士のように和やかに続いた。隼人は、このようにゲストと自然なコミュニケーションを取ることで、距離を縮める喜びを感じた。日本ではあまり体験することのなかった接客の形が、隼人にとって新鮮で、そして刺激的だった。

研修の日々を重ねる中で、隼人は自分の接客スタイルが少しずつ変わっていくのを実感した。ゲストとの距離感を大切にしつつも、親しみやすさを加えることで、より柔軟な対応ができるようになってきたのだ。その変化を自分でも楽しみながら、隼人は成長の手応えを感じていた。

フィレンツェでの日常は忙しくも充実していたが、その一方で、ふとした瞬間に翔のことを思い出すことがあった。新たな経験や学びを翔と共有したいという気持ちが、隼人の心の中に徐々に大きくなっていった。
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