遠くて近い君へ

中岡 始

文字の大きさ
上 下
13 / 37
第3章 新たな学び

1.研修生活の深まり

しおりを挟む
三月のフィレンツェは、春の訪れを感じさせる穏やかな陽気に包まれていた。ホテル・ベルフィオーレでの研修も二か月を超え、隼人は少しずつイタリアの接客文化に慣れ始めていた。日本とは異なる仕事の流れやゲストへの対応に最初は戸惑うこともあったが、次第にその違いを楽しむ余裕が生まれてきた。

フィレンツェの高級ホテルで働くスタッフたちは、ゲストとの距離感を大切にしながらも、親しみやすさと気軽さを兼ね備えていた。たとえば、隼人がゲストと挨拶を交わした際、すぐに彼らとの間に打ち解けた雰囲気が生まれ、軽い冗談を交えることも少なくなかった。日本では、接客はどちらかというと丁寧で控えめな態度を重視するが、ここではもっと人間味のあるコミュニケーションが求められているように感じた。

最初はその親しさに戸惑いを感じた隼人だったが、アレッサンドロの指導を通じて、「ゲストの心を開かせるのが私たちの仕事なんだ」と教えられた。イタリアでは、相手の表情や仕草から感情を読み取り、それに対して自然に応じることが重要視されている。隼人もそのスタイルを少しずつ自分の中に取り入れ、ただ形式的に接するだけでなく、ゲストの気持ちに寄り添った対応を意識するようになった。

ある日、隼人はチェックイン手続きを担当していると、一人の年配の男性ゲストがやって来た。隼人は、イタリア語での挨拶と共に笑顔を見せると、男性は満面の笑みで返し、

「初めてのフィレンツェですか?」

と尋ねてきた。普段ならば形式的なやり取りで終わっていたはずの会話が、この一言によって一気に親しみを増したものになり、隼人もそれに応じて、

「はい。研修でここに来ており、毎日新しい発見を楽しんでいます」

と答えた。

その後の会話も、まるで友人同士のように和やかに続いた。隼人は、このようにゲストと自然なコミュニケーションを取ることで、距離を縮める喜びを感じた。日本ではあまり体験することのなかった接客の形が、隼人にとって新鮮で、そして刺激的だった。

研修の日々を重ねる中で、隼人は自分の接客スタイルが少しずつ変わっていくのを実感した。ゲストとの距離感を大切にしつつも、親しみやすさを加えることで、より柔軟な対応ができるようになってきたのだ。その変化を自分でも楽しみながら、隼人は成長の手応えを感じていた。

フィレンツェでの日常は忙しくも充実していたが、その一方で、ふとした瞬間に翔のことを思い出すことがあった。新たな経験や学びを翔と共有したいという気持ちが、隼人の心の中に徐々に大きくなっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隼人と翔の休日

中岡 始
BL
三条美玲の炎上事件によって、隼人の心には深い傷が残った。恋愛に対する不安やためらいを抱き、穏やかな表情の裏には重苦しい影が漂っている。自信を失い、心を閉ざしつつあった隼人に、さりげなく支えの手を差し伸べたのは同期入社の翔だった。「いつでも話していいから」とかけられた一言が、彼の心を救うきっかけとなる。 そんな二人に、松永総支配人から3日間の休暇が与えられ、山間の秘湯「深緑の宿」で心を癒す旅が始まる。紅葉に包まれた静かな温泉旅館での時間が、隼人の心を少しずつ解きほぐし、彼の中に眠っていた翔への特別な感情を浮かび上がらせる。そして、女将・山崎美沙子との対話が、隼人をさらに自分の本当の気持ちへと導いていく。 旅の終わり、二人が展望台で見つめ合ったその瞬間――言葉にしなくても通じる想いが二人の間に流れ、彼らの関係は新たな段階に踏み出そうとしている。この旅が、隼人と翔をどこへ導くのか。心の傷が癒されるとともに、二人の絆が深まるストーリーが今、静かに幕を開ける。 ※「三条美玲の炎上」のスピンオフ小説となります。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/560205036/618916300 ↑三条美玲の炎上

迷える子羊少年と自称王様少年

ユー
BL
「その素晴らしい力オレの側にふさわしい、オレの家来になれ!」 「いや絶対嫌だから!」 的なやり取りから始まる 超能力が存在するSF(すこしふしぎ)な世界で普通になりたいと願う平凡志望の卑屈少年と 自分大好き唯我独尊王様気質の美少年との 出会いから始まるボーイミーツボーイ的な青春BL小説になってればいいなって思って書きました。 この作品は後々そういう関係になっていくのを前提として書いてはいますが、なんというかブロマンス?的な少年達の青春ものみたいなノリで読んで頂けるとありがたいです。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

獣血の刻印

hoshiho
BL
大学二年生の田中悠真(タナカ ハルマ)は双子の弟である悠希(ユキ)と共に地面に引き摺り込まれた。 気がついた場所は女神と竜が対立する異世界だった。 悠希は女神の代行者として召喚され、悠真の転移は事故だったらしい。 しかし、悠真は竜の禍と忌避される『赫物(ケモノ)』という存在になってしまい、追われることに……。 悠希と一緒に日本に帰りたい。 悠真はその一心で、西の果てにあるヴェルムテラ国へ向かうことを決意する。 逃亡を手助けしてくれた男が言うには、その国には赫物になった原因を取り除く術があるという。 男もまた赫物であった。 二人は赫物であることを隠しつつ、ヴェルムテラ国を目指すのだった。 ・全33話の予定です。※不定期更新。 ・年齢指定の話には*マークがつきます。 ・気楽にお付き合いいただけましたら幸いです。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

ヤンキーDKの献身

ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。 ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。 性描写があるものには、タイトルに★をつけています。 行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。

処理中です...