遠くて近い君へ

中岡 始

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第2章 新たな環境

5.翔の成長と悩み

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一方その頃。
青海の宿では、研修に出た隼人の代わりに派遣された若手スタッフ、中村健一の成長を見守りながら、翔は慌ただしい日々を過ごしていた。健一は25歳と若く、やる気は十分にあったが、経験不足からくるミスが絶えず、翔はそのフォローに追われていた。

ある日の夕方、フロントでの勤務を終えた翔は、業務報告書をまとめながら健一の姿に目を向けた。健一はカウンターの一角で、先ほどのミスを振り返りながら何度もメモを見返している様子だった。今日は、重要なゲストの予約内容を誤って処理してしまい、翔が対応に追われたばかりだった。

「中村君、大丈夫か?」

翔が声をかけると、健一は少し疲れた表情で顔を上げた。

「はい……すみません、今日もご迷惑をおかけしました」

健一は悔しそうに言葉を絞り出し、深々と頭を下げた。その姿に、翔はかつて自分が新人だった頃のことを思い出した。当時は隼人がそばにいて、何度もミスをフォローしてくれた。あの頃の自分と今の健一は重なるところがあると感じ、翔は一瞬、言葉を飲み込んだ。

「ミスを反省するのも大事だけど、それ以上に次にどう改善するかが大事だよ。さっきのことも、もう一度手順を確認してみたらどうだ?」

健一は、翔の冷静で優しい言葉に励まされた様子で、真剣に頷いた。

「はい、次は必ず気をつけます」

その後も、健一は繰り返し自分のミスを振り返り、業務の手順を確認していた。翔はそんな健一の姿を見て、自分もまた同じように成長しなければならないと感じた。隼人がいた頃は、隼人に頼ることが多かったが、今は指導する立場として、自分が責任を持って健一を育てなければならない。

「俺ももっとしっかりしなければならないな」

心の中でそう呟くと、翔は再び業務に目を向け、書類にペンを走らせた。健一の成長を見守ることが、自分の成長にもつながる。翔は、自分が指導者として成長するためのプレッシャーを感じながらも、その重みを少しずつ受け入れるようになっていた。
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