遠くて近い君へ

中岡 始

文字の大きさ
上 下
11 / 37
第2章 新たな環境

4. 翔への想いが浮かぶ

しおりを挟む
2月のフィレンツェは、冷たい風が頬をかすめるものの、時折射し込む日差しが冬の終わりを告げていた。隼人はホテル・ベルフィオーレのガーデンにあるベンチに座り、ふと視線を遠くの丘に向けた。オリーブの木々が風に揺れ、街の向こうには大聖堂が見える。そんな風景を眺める中で、翔のことが思い出された。

「あいつなら、きっとこの風景をどう感じるだろうか」

ふと胸に浮かんだその問いに、隼人は少し戸惑いを覚えた。忙しい研修の日々の中でも、心の片隅で翔のことを思い出す瞬間が増えていた。フィレンツェの街並みを歩くと、まるで翔と一緒に新しい場所を探検しているかのような気持ちになることがあった。

「翔と一緒にこの場所を訪れたら、どんな会話をするだろう」

そんなことを考える自分に驚きつつも、その想いは決して消えることがなかった。

ガーデンのベンチでひとり物思いにふける隼人のもとに、アレッサンドロが歩み寄ってきた。彼は隼人の隣に腰を下ろし、柔らかな笑顔を浮かべた。

「隼人、最近少し元気がないように見えるけど、どうしたんだ?」

アレッサンドロは、フレンドリーな口調で問いかけたが、その視線には深い洞察力が宿っていた。隼人は一瞬、何と答えるべきか迷ったが、アレッサンドロの優しい眼差しに誘われるように、口を開いた。

「……最近、日本の同僚のことを思い出すんです。彼とはずっと一緒に仕事をしてきて、たくさんの時間を共有していました。ここに来てから、彼と一緒に経験したことや会話が、ふと頭に浮かんでしまって」

隼人は、自分の言葉に少し戸惑いながらも、心の奥底にしまいこんでいた感情をアレッサンドロに打ち明けた。アレッサンドロは静かに頷き、少し考え込むように目を細めた。

「それは、きっと大切な存在なんだろうね。時には自分が抱えている気持ちに正直になることも大切だ。隼人、君は彼に対してどんな気持ちを抱いているのか、自分でもはっきりと分かっているかい?」

アレッサンドロの問いかけに、隼人は言葉を詰まらせた。「どんな気持ちか」と問われると、簡単には答えられなかった。翔に対する想いはただの友人としての親しみ以上のものなのか、それとも自分が感じているのは、もっと特別な何かなのか。その曖昧な感情に、自分でもどう向き合えばいいのかが分からなかった。

「分からないんです。ただ、彼のことを思い出すと心が落ち着くというか、安心するというか……。でも、それが何を意味するのかは、自分でもよく分からなくて」

隼人の正直な言葉に、アレッサンドロはゆっくりと頷き、さらに続けた。

「愛にはいろんな形がある。友情もその一つだし、もっと深いものに変わることもある。大事なのは、君がその人とどうありたいかだ。自分に嘘をつかずに、心の声に耳を傾けるんだよ」

アレッサンドロの言葉は、隼人の胸の奥に深く響いた。彼はただの同僚や友人ではなく、心から信頼し、特別な存在と感じている翔のことを、もう一度しっかりと見つめ直す必要があると悟った。

ガーデンに吹く冷たい風が、隼人の頬をかすめる。その風はどこか優しく、隼人の迷いを少しだけ吹き払ってくれた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隼人と翔の休日

中岡 始
BL
三条美玲の炎上事件によって、隼人の心には深い傷が残った。恋愛に対する不安やためらいを抱き、穏やかな表情の裏には重苦しい影が漂っている。自信を失い、心を閉ざしつつあった隼人に、さりげなく支えの手を差し伸べたのは同期入社の翔だった。「いつでも話していいから」とかけられた一言が、彼の心を救うきっかけとなる。 そんな二人に、松永総支配人から3日間の休暇が与えられ、山間の秘湯「深緑の宿」で心を癒す旅が始まる。紅葉に包まれた静かな温泉旅館での時間が、隼人の心を少しずつ解きほぐし、彼の中に眠っていた翔への特別な感情を浮かび上がらせる。そして、女将・山崎美沙子との対話が、隼人をさらに自分の本当の気持ちへと導いていく。 旅の終わり、二人が展望台で見つめ合ったその瞬間――言葉にしなくても通じる想いが二人の間に流れ、彼らの関係は新たな段階に踏み出そうとしている。この旅が、隼人と翔をどこへ導くのか。心の傷が癒されるとともに、二人の絆が深まるストーリーが今、静かに幕を開ける。 ※「三条美玲の炎上」のスピンオフ小説となります。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/560205036/618916300 ↑三条美玲の炎上

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

【道徳心】【恐怖心】を覚えた悪役の俺はガクブルの毎日を生きています。

はるか
BL
優しき人々が生きる国で恨まれていた極悪非道なグレン。 彼は幼少の頃に頭を強く打ち、頭のネジが抜けた事により【道徳心】と【恐怖心】が抜け落ちてしまった為に悪役街道をまっしぐらに進み優しい人々を苦しめていた。 ある時、その恨みが最高潮に達して人々はグレンを呪った。 呪いによって、幼少の頃無くした【道徳心】と【恐怖心】を覚えたグレンは生まれて初めて覚える恐怖に怖れ戦き動揺する。だってこれから恐ろしい報復が絶対に待ってる。そんなの怖い! 何とかして回避できないかと、足掻き苦しむ元悪役宰相グレン(27才)の物語です。 主人公が結構クズのままです。 最初はグレンの事が大嫌いな国の最強兵器である騎士のディラン(20才)が今まで隙の無かったグレンの様子がおかしい事に気付いて、観察したり、ちょっかい出したりする内にグレンが気になる存在になっていき最後は結ばれる物語です。 年下人間兵器騎士(金髪碧眼イケメン)×年上宰相(黒髪黒目イケメン)(固定CP) ※設定が緩いのはこの世界が優しい人々しか居なかった為で決して作者のせいではありません。 ※突っ込みは全て「優しい人々しか居ない世界だったので」でお返ししたいと思います。 ※途中、顔文字が出てきます。苦手な方はご注意下さい。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

愛おしいほど狂う愛

ゆうな
BL
ある二人が愛し合うお話。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

処理中です...