遠くて近い君へ

中岡 始

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第2章 新たな環境

2.研修の開始

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アレッサンドロは、フレンドリーで開放的な性格の持ち主であり、隼人にとって初対面ながらもすぐに打ち解けることができる相手だった。隼人がホテルの業務について基本的なことを学んでいると、アレッサンドロはその都度丁寧に説明を加えながら、イタリアの文化やホテル・ベルフィオーレの歴史についても軽やかに話してくれた。

「隼人、このベルフィオーレが建てられたのは19世紀半ばのことだ。もとは貴族のヴィラで、ここにはかつてフィレンツェの名だたる貴族たちが集まっては、音楽会や舞踏会を楽しんでいたんだよ」

彼が語る歴史のエピソードには、イタリア人らしい情熱と誇りが滲んでいた。隼人はアレッサンドロの軽快な語り口に耳を傾けつつ、ホテルの壮大な歴史に思いを馳せた。日本のリゾートホテルでの日常とはまったく異なる環境に、改めて自分が新しい世界に足を踏み入れたのだと感じさせられる。

「それにしても、イタリアの接客は日本とずいぶん違うね」

隼人がそうこぼすと、アレッサンドロは微笑みながら首を縦に振った。

「確かにそうだね。でも、基本的なところは同じだと思うよ。大切なのは、ゲストがここでどれだけ特別な時間を過ごせるかってことさ。そのためには、ゲストに寄り添いながらも、必要な距離感を保つことが重要なんだ」

アレッサンドロはそう言いながら、ホテルのエントランスホールに目をやった。ゲストが到着するたびに、彼は自信に満ちた歩き方でさっと迎えに行き、軽やかに会話を交わしていた。その姿はまさに「プロフェッショナル」でありながら、ゲストに親しみを感じさせる温かさを持ち合わせていた。

「隼人も遠慮せずに、どんどんゲストと話してみるといい。イタリアではお互いの存在を感じ合うことが大切だからね。こちらが心を開けば、ゲストも自然とリラックスしてくれるものさ」

そう言って、アレッサンドロは肩をすくめて笑った。彼の言葉は、隼人にとって励みになったと同時に、挑戦のようにも感じられた。イタリア特有の人間関係の距離感やコミュニケーションの取り方を学ぶことが、この研修の大きなテーマの一つになりそうだ。

「それから、隼人。フィレンツェはただの観光都市じゃない。ここには何百年もの歴史が詰まっていて、町の建物一つひとつに物語があるんだ。せっかくだから、週末には街を散策してみるといい。仕事で疲れても、カフェでエスプレッソを一杯飲めば、すぐに元気になるからさ」

アレッサンドロの冗談交じりのアドバイスに、隼人は思わず笑みを浮かべた。彼の開放的な態度に隼人も心がほぐれ、少しずつイタリアの空気に馴染んでいくのを感じた。
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