遠くて近い君へ

中岡 始

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第2章 新たな環境

1. フィレンツェ到着

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隼人が「ホテル・ベルフィオーレ」に到着したのは、夕暮れ時のことだった。丘の上に佇むその豪奢なホテルは、19世紀に建てられたヴィラを改装した建物で、クラシックな風格とモダンなデザインが見事に融合していた。エントランスを抜けると、ロビーにはヴィンテージ調の家具や美術品が並び、フィレンツェらしい洗練された雰囲気が漂っている。暖かみのある色調と天然素材を多用した内装が、隼人にとって新鮮でありながらどこか落ち着ける空間を作り出していた。

「ようこそ、ホテル・ベルフィオーレへ」

研修を担当するアレッサンドロ・バルディーニが出迎え、隼人に笑顔を向けた。35歳の彼はゲストリレーションのベテランスタッフで、柔和な表情と同時に落ち着いた風格を感じさせる人物だ。隼人にとって、これがイタリアでの最初の本格的な経験であり、緊張と期待が入り混じった気持ちを抱えながら、アレッサンドロの案内でホテル内を見学することとなった。

「このホテルは、トスカーナ地方の伝統的な要素を多く取り入れているんだ」と、アレッサンドロが説明を始める。「暖かみのある色使いや天然素材の利用はもちろん、内装や家具の配置にもこだわっている。ここに滞在するゲストがフィレンツェの歴史と自然の美しさを感じられるようにね」

隼人は、彼の言葉に耳を傾けながらも、目の前に広がる景色に心を奪われていた。ロビーを抜けると、広々とした庭園が広がっており、オリーブの木々やラベンダーの香りが漂ってくる。プールサイドやテラスからは、フィレンツェ市街を見渡すことができ、遠くに見える大聖堂の尖塔が夕日に照らされて黄金色に輝いていた。

客室はすべてスイートルーム仕様で、それぞれの部屋からフィレンツェ市街やトスカーナの田園風景が楽しめるよう設計されている。隼人が案内された部屋も例外ではなく、豪華な大理石のバスルームや高級ブランドのアメニティが揃っていた。日本でのホテル勤務とは異なるラグジュアリーな環境に、彼は驚きとともに新たな学びの場に身を置く喜びを感じていた。

研修初日、隼人はさっそくゲストリレーションの基本業務から学び始めることになった。ホテル・ベルフィオーレでは、専任のスタッフがゲストの要望に細かく対応し、その滞在を最高のものにするために尽力している。アレッサンドロの指導の下、隼人は各業務の細かい手順や、ゲストとの距離感の取り方を学びながら、サービスの質を高める方法を探っていた。

「ここでの接客は、日本とは少し異なる部分があるかもしれない。例えば、ゲストとの距離感だ。イタリアでは、お客様に対して適度な親しみを示しながらも、しっかりとプロフェッショナルであることが求められるんだ」

アレッサンドロの言葉に、隼人は頷いた。確かに日本の接客文化では、控えめで丁寧な態度が基本とされている。しかし、このホテルではゲストに対してよりパーソナルなサービスが求められるようだ。イタリアならではの温かみのある接客と、隼人自身が持つ日本的な気配りをどのように調和させるかが、彼にとって大きな課題となるだろう。

それでも隼人は、新しい視点やアプローチを積極的に学んでいこうと決意していた。彼が日本を離れてこの地にやって来たのは、自分を成長させるための挑戦をするためだった。そして、その挑戦が始まったばかりであることを、彼は改めて実感するのだった。
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