遠くて近い君へ

中岡 始

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第1章 別れの時

3. 迫りくる別れの実感

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隼人の出発が近づくにつれ、翔はその実感を日に日に強めていた。まだ実際に離れるわけではないということを頭では分かっているものの、隼人がいなくなるという事実が胸に重くのしかかる。
翔は、隼人とともに過ごしてきた日々を思い返していた。入社した頃からお互いを支え合い、成長してきたこと。隼人が冷静な判断で状況を乗り越える姿に何度も助けられ、自分もその背中を追うように努力してきた。二人の間に築かれた信頼関係は、言葉にしなくても分かり合えるほど深いものになっていた。

だが、隼人が不在になる日がもうすぐそこまで来ている。そのことを考えると、翔の胸にはぽっかりと穴が空いたような感覚が広がった。フロント業務を一緒に担ってきた隼人がいなくなれば、何か大切なものが失われてしまうような気がしてならなかった。

「大丈夫だって、翔。俺がいなくてもお前ならしっかりやっていけるさ」

ある日、隼人が軽い調子でそう言ったとき、翔は笑顔を作って応えたが、内心ではその言葉がずっと引っかかっていた。本当に隼人がいなくても大丈夫なのだろうか。隼人がいるからこそ自分は安心して仕事ができていたのではないかと、不安が募るばかりだった。

隼人の出発前の最後の夜、翔は彼と共にフロントの仕事を終えた後、ラウンジの片隅に座った。しばらく無言のままコーヒーを飲んでいたが、ふと隼人が笑いかけてきた。

「翔、お前が青海の宿を守ってくれると信じてるよ」

その言葉に、翔は胸がいっぱいになった。隼人が自分を信じてくれているのだという思いが嬉しかったし、その期待に応えなければならないと感じた。しかし同時に、隼人がいなくなることへの寂しさが消えるわけではなかった。

「隼人、頑張ってこいよ。俺もお前に負けないように、ここでしっかりやっていくから」

そう言って翔は、隼人に笑顔を返した。だがその目の奥には、不安と期待が交錯していた。隼人のいない青海の宿で、自分はどれだけのことができるのか。その答えは、隼人が旅立って初めて分かるだろう。

翔は、隼人の不在を補うだけの強さを身に付ける必要があると決意する一方で、やはり隼人がそばにいてくれたことの大きさを改めて実感していた。
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